その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田村次朗さん、古山彰さんの『 リーダーシップのきほん 聴く 話す 決める 動かす(日経文庫) 』です。

【はじめに】

 私は、大学で法学を学び、大学院では「独占禁止法」を専攻しました。独占禁止法は、資本主義社会において必須の法律で、「経済憲法」とも言われています。
 実は、今から約40年前に独占禁止法の母国と言えるアメリカのハーバード大学ロー・スクールに留学して、もう一つの専門分野と出合いました。交渉学の泰斗・故ロジャー・フィッシャー教授の授業を受けたことがきっかけで、その後、「交渉学」の精緻化と成熟化の課程に参加するようになり、「交渉学」が専門分野に加わりました。こうして日本の教育に持ち込んだ交渉学は、リーダーシップ基礎教育へと発展していきました。
 2009年から2019年にかけて、「慶應義塾大学創立150周年記念事業」の一環として「福澤諭吉記念文明塾」で、「先導者」育成のためのプログラムを実施しました。いわば、「リーダーシップ・プログラム」です。この時以来、「リーダーシップ」が新たな専門分野として加わったので、現在は「三足の草鞋(わらじ)」を履いているということになります。

 実は「交渉学」と「リーダーシップ」は密接に関係しています。「リーダーシップ」にとって、交渉力は欠かせないからです。さらに言えば、本書で説明するように、「交渉力」には「傾聴力」と「対話力」が不可欠です。その3つが重なることによって「説得力」を発揮することができます。「傾聴力」「対話力」「交渉力」「説得力」というコミュニケーション能力は「リーダーシップの基礎」です【図1】。

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 私は、2015年以降、慶應義塾大学でリーダーシップ基礎教育を行っています。日吉キャンパスでは1、2年生向けの「リーダーシップ基礎」、三田キャンパスでは3、4年生向けの「交渉学」を担当してきました。
 多くの大学の授業は、いまだに座学が中心になっています。慶應義塾大学もその例外ではありません。しかし私の授業では、学生同士の模擬会議や、模擬交渉に多くの時間を割くようにしてきました。そのため、私の授業スタイルは異質と言えるかもしれません。しかし、ハーバード大学で取り入れられているリベラルアーツの教育を日本の学生にも受けてほしい、という思いでこれまで取り組んできました。
 実は、私の授業が学生のリーダーシップ力の向上に一翼を担っていることがわかっています。サンディエゴ大学の渡邊竜介先生と慶應義塾大学の渡邊理佐子先生とともに行った実証研究で、それが明らかになったのです。対面の授業ではなく、コロナ禍の際に行ったオンライン授業でも、その成果が出ているという結果もあります。
 今の大学生は、就職活動を経験することによって、リーダーシップ力を向上させているという指摘もあります。しかし、サーベイによると私の「リーダーシップ基礎」の授業は、学生のリーダーシップ力の向上に多少なりとも貢献していることは確かなようです。

 大学での私の授業では、その日の講義内容について簡単な解説を行ったあと、さまざまな課題を出します。学生たちはいくつかのグループに分かれて、課題について自分で考え、メンバーと話し合います。「傾聴」と「対話」が重要であることを学んでもらうためです。その後、どのような対話をしたかを何人かの学生に短い時間で発表してもらい、私からフィードバックをするという形で授業を進めています。「慶應リーダーシップセンター」のサイトには、毎回の講義内容が書かれているのでぜひ読んでみてください。
 高校生向けにも同じ授業を行っています。大学の講義よりも少ない全8回ほどの授業ですが、高校生たちは講義に真剣に耳を傾けてくれています。初回のグループワークでは戸惑う生徒もいますが、回を重ねるごとに活発な対話が行われている様子を見ることができます。
 さらに、社会人向けの講義も行っています。例えば、大学院大学至善館では、「リーダーシップと交渉学」(日本語クラス、英語クラス)を受け持っています。社会人が「リーダーシップ基礎」や「交渉学」を学ぶ機会はほとんどありませんが、至善館では、それらを学ぶことはもちろん、「リーダーシップ」の教育を取り入れたMBAが取得できるようになっているのです。ケースを使ったアクティブラーニングによる私の授業は共感を呼び、5年連続で、高い授業評価を得ることができています。

 リーダーシップ教育の内容は、時々刻々と進化しています。それは以前のリーダーシップ教育の内容が陳腐化して使い物にならなくなったという意味ではありません。新しい考え方が次々に生み出されて追加され、年々バージョンアップされているのです。
 新しいリーダーシップ(基礎)の考え方の多くは、欧米から発信されています。またリーダーシップ教育も欧米の研究成果に基づいたものになっています。それが悪いというわけでもありません。多くの学問分野で、欧米の先端的な研究成果をもとに専門教育が行われているからです。
 しかし、日本人が古来より持っている考え方や日本語の特徴など、欧米とは大きく異なるものもあります。そのため、欧米の研究成果をそのまま日本に持ち込んで、いわば「ヨコをタテ」に直すだけでは、十分に理解してもらえない場合もあります。
 本書は、リーダーシップについての欧米の最新の研究成果をもとに、私が日本で行っている「リーダーシップ基礎」の要素をちりばめながら、わかりやすくまとめています。本書が、日本の「リーダーシップ基礎教育」の一助となれればと切に願います。

 「リーダーシップ基礎」に関して、若い社会人や大学生、高校生に向けた私のメッセージはただ一つです。それは、リーダーにとって最も重要な能力は「コミュニケーション」だということです。「傾聴力」はコミュニケーションの基礎です。対話・交渉はまさに「コミュニケーション」です。相手を説得するにも「コミュニケーション」が欠かせません。最終的に、相手に納得してもらえるかどうかは、まさに「コミュニケーション力」にかかっているのです。
 本書は、このような私の教育を、広くビジネスパーソンの方々にも伝えて、実践してもらいたいと考え、筆をとったものです。
 本書の特徴は、大学教育や大学院教育におけるエッセンスをまとめたということに加えて、実際にどのようにそれを使っていくのかをケースとして紹介していることです。ケースの執筆は、古山彰さん(慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート〔KGRI〕客員所員)が担当しました。彼は、現役のビジネスパーソンです。数年前から私の大学教育を中心にサポートしてくれており、本書で紹介するエッセンスをすべて正確に理解しています。そのうえで、今回、ビジネスパーソンの実践を意識したケースを執筆してくれました。そもそも彼が、私の教育をビジネスパーソンにも広く浸透させたほうがいいと考え、本書の企画・提案をしてくれました。

 「学術研究(アカデミア)と実務(ビジネス)の融合」と言われて久しいですが、本書は学術研究を主とする田村と、実務を主とする古山さんが対話を重ねて、お互いの知見をまさに融合させて生まれたものとなっています。ぜひ真のリベラルアーツの一端を感じてみてください。

著者を代表して  田村 次朗


【目次】

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