その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はボストン コンサルティング グループ(編)の『 全社デジタル戦略 失敗の本質 』です。

【はじめに】

 遠い昔から、ビジネスや経済に大きなインパクトを与える危機は往々にして起こっている。また、危機だ、危機だと騒いだわりに大事に至らなかったものもあれば、想定以上のインパクトを与えたものもある。

 近いところだけでもCOVID-19のパンデミック、世界的インフレ、ロシアのウクライナ侵攻、AIの発達による雇用喪失不安、直近では、トランプ米大統領の関税政策など、世界的に経済やビジネスに影響する大きな危機は常に起こっている。

 日本は少子高齢化や地方経済の衰退、円安と物価高に直面している。マクロ的な問題から派生するものとして、2024年は建設、医療、物流などの労働力が不足する「2024年問題」が大きく取り上げられていた。これらの問題は、2024年を過ぎると解決されて、2025年以降は問題がなくなる、ということではない。その問題の要因となる事象が深刻化し始めるのが2024年だったのだ。少子高齢化は進む一方であり、少しの出生率改善では解決しない。

 このような長期にわたる問題、あるいは問題になるであろうことのほうが、短期的な問題よりも本質的に解決が難しい。筆者はこうした長期的な問題に対して警笛を鳴らし、改革や改善が進むことによって、現実には危機が発生しないことを望んでいる。

 本書で取り上げたいことは、日本企業がシステム投資を行う際の生産性の問題だ。欧米企業の3倍の工数がかかるという非効率さである。その分、日本企業は無駄なシステム投資をしてしまっているのだ。この無駄を他の投資に回せるようにしたい。そういう思いで本書を企画した。

 ある大手企業の役員が言っていたことが忘れられない。

 「いろいろな危機が現れるが、個々の企業が対応や解決に向かって努力しても大したインパクトは出ない。大きな調整力によって、いつの間にかその危機は乗り越えられているから、何もしないほうがよいのだ」

 自助努力による改善を放棄し、周りの改善努力に便乗してしまえばいいのだ、と割り切る。自分が何もしなくても、他者のミクロな活動で調整が働き、マクロの問題が本当の危機になる前に解決されていく。ある意味一つの方法なのかもしれない。だが、このような発想が蔓延(まんえん)して、あらゆる企業が何もしなくなると、調整力は働かず、本当の危機に陥ってしまうだろう。

 本書の意図は、危機意識を高めて、多くの企業が改善に向かって動くことで、実質的な危機に直面するのを避けることである。

 2024年、経済産業省、デジタル庁の主導のもと、レガシーシステムからの脱却を促進することを目指したレガシーシステムモダン化委員会が発足した。筆者も委員として参画している。同委員会は、2018年に定義した「2025年の崖」というデジタル化の遅れとエンジニア不足による経済的インパクトに対して、産業別、技術内容別に詳細を分析し、対策を講じていくための組織と位置づけられている。

 その調査結果の詳細は本編で触れるが、継ぎはぎでシステムを作ったため複雑化してしまい、そこから脱却できず、新しいビジネスの足かせになっている企業がまだまだ多く残っていることがわかった。

 日本企業や日本の人々は、真面目に、規律正しく、品質にこだわり、決められた役割だけに縛られず人のためにも動く。このような文化を持っているのに、なぜ無駄なことをやってしまうのか。なぜすれ違っていくのか。なぜ生産性が低くなってしまうのか。

 まだ大きなシステム投資をしていない企業も、すでにしてしまった企業も、これからの投資が無駄にならないような取り組みにつなげてもらえたらと願う。

 IT・デジタル投資で、様々な業界の様々な企業が取り組みに失敗している。

 それは日本だけではないが、日本に多いのも事実である。デジタル投資の遅れや、遅れた分のしわ寄せがエンジニア不足による「2025年の崖」を生んでいる一つの要因だ。この崖を越えるために、人材育成を含め、国を挙げて対応しようという動きもある。

 一方、定型業務の自動化などにより、人員不足を生産性向上によって解消できるテクノロジーの活用も進展している。特に生成AIの登場は、コーディングの自動化などに大きく貢献している。

 そのような動きを横目に見ながらも、経営としてIT・デジタルを活用していくための心構えから、最適な投資についての考え方を、日本企業は早急に学ぶべきである。単なる正論や進め方を学ぶだけでは十分ではない。先人が失敗した内容、失敗の理由、失敗を回避するにはどうすべきなのかを理解し、投資の最適化を進めるべきである。つまり、失敗を学び失敗を減らす、ということだ。

 IT・デジタル投資に関して業務効率・コスト効率のみを求めるがゆえの悪循環が起こっている。低いレベルでの均衡を脱却し、すべての企業がIT・デジタルを自社内で自在に扱えるようにする「手の内化」を実現し、ビジネスの成長につなげられることを願っている。

 第1章では、IT・デジタル投資に関しての歴史的な経緯や環境、業界別の特徴などを解説する。特に、なぜ日本のIT投資は海外に比べて特異な動きになってしまったのか、諸外国の先進企業に追い付き追い越すためにどうすべきか、また、自社のみでは解決し得ない課題なども整理する。

 次のようなトピックを扱う。

  • 業界別のIT・デジタル投資の現状と課題
  • ホストコンピューターの登場から現在に至るまでのテクノロジーの進化
  • 日本企業のCIO・CDOの設置状況
  • ITベンダーの現状と課題
  • IT人材の不足の実態
  • レガシーシステム脱却に向けた国の取り組み

 これらの実態を踏まえてどうすべきなのかは、第2章以降で解説していく。実態や歴史的背景などを理解せずにとりあえずの対応をとるだけでは、十分な成果を出せずに終わってしまうことが多い。

 第2章では、特に、経営層がIT・デジタルに対して、他人事ではなく、自分事として動くためには何をすべきなのかを解説する。現代の経営環境においては、IT・デジタルを無視した経営は不可能だということは多くの経営層が理解している。経営層が誰かに任せておしまいではなく、どのように活用したいのか、どのような成果を生み出したいのかを発信していくことが重要だ。全社の方針としてIT・デジタルについて一定の方向性を指し示していかないと、機能単位、事業単位のサイロに陥ってしまう。また今後、生成AIの発展に応じて企業が自社で自動化できる範囲が広がることから、ベンダー企業との垣根も変わってくる。ベンダー任せのマインドは変化に取り残されるという危機感を持つことも重要だ。

 自身のマインドを変えることは相当難しい。しかし組織のマインドを変えるのはさらに難しいため、経営者から変わることで組織に伝播(でんぱ)させていくことが重要だ。第2章では、4つのマインドを示しながら、経営層としてのDo’s and Don’tsを示している。

 第3章では、ITプロジェクト実行に向けて、企画構想、要件定義など各フェーズでの「失敗ポイント」を解説する。

 大胆な改革は大規模なプロジェクトと同時進行になってしまうことが多い。言い換えると、企業も人も、危機感が生まれない限り動けないということだ。大規模プロジェクトには、事業の成長、グローバルでのガバナンス強化、M&Aによる規模拡大のような前向きな要素で仕組みを大きく変えなければならない場合もあれば、保守期限切れや使用しているパッケージのバージョンアップ、各国のビジネス規制など外的要素によって更新を迫られる場合もある。

 どんなプロジェクトでも、実行に向けては、企画構想、要件定義、基本設計、詳細設計、開発、テスト、移行とフェーズによって注意すべきポイントがある。特に意識すべきは、企画構想段階でどのような成果を目標とするのか、それが自社のビジネスモデルやガバナンスモデル、規模、成長状況などと合致しているのか、ということだ。これは、システムの専門家では判断できないものであり、経営側がどうとらえるかを決める必要がある。

 第4章では、失敗を乗り越え成功につなげるためのポイントを解説する。

 失敗の認識や状態にもよるが、システムがまったく使えないもの、動かないものになってしまうと手が付けられない。失敗のステータスを区別すると、

  • (1)システムとして完成していない
  • (2)システムとしては完成したが、業務として使えない
  • (3)一部の業務としては使えるが、データとしてのつながりが成立していない

 これらが本当に使えないパターンだ。これらのパターンは、企画構想段階でポリシーの策定に失敗し、要件定義段階での整理もできていないのにシステム開発をしてしまうような、普通ならありえないやり方をしない限りはまらないパターンである。

 しかし、特にホストコンピューターなどを、システムの保守期限などを理由に新しいシステムに移行する際に、中途半端な対応をすると実はよく起きるパターンである。

 一方、ビジネス的にもインパクトを与えてしまうのが、

  • (4)完成はしたが、本番稼働段階で問題が発生し、稼働停止となる

 というパターンだ。システム的な機能は一通りできているつもりが、データパターンを網羅できていない、あるいはデータ移行段階で既存データ構造との差異が発生し、システム上の認識と実態が乖離(かいり)してしまうことで、売上、調達、請求、在庫などに差異が発生し、何を出荷すべきか、どこに何が在庫としてあるのかといったデータとしての正確性が担保できず、身動きが取れなくなるケースである。

 ビジネスポリシーとデータポリシーに基づき、どのような無理と無駄が発生しているのか、本来やるべきことの何ができていないのかをデータ視点で評価することが必要だ。

 評価をした上で、何を補完すれば、もしくは捨てればビジネスポリシーとデータポリシーが守られるのかを整理する。またデータは単に見るものではなく、オペレーションによって作成されるものであり、作成されたデータに基づき、意思決定を行う。過去の情報として統計的に集約され、未来の意思決定の補助材料として使われる。そのため意思決定構造を同時に整理していくことも重要だ。

 第5章では、日本が国として、また日本企業全体が向かうべき方向について考察していく。ここでは、業界ごとの事情やバリューチェーンを考慮し、川上、川下企業との連携などを想定して、国や自治体がサポートすべき内容を考える。また、そのための枠組みとして共通システムの導入や、地域での新たな連携の仕組みなどを提案する。

 最後に、人材育成の観点にも触れる。「現実のビジネスの中では、古い技術や成熟した技術へのニーズが意外ながら一番大きい」ということを踏まえると、現在国が考えている若手人材育成やリカレント教育には課題もある。国がやるべきことや、ITベンダーが日本マーケットにおいてどのように対応すべきなのかを「新しいものは競争基盤」「成熟したものは社会基盤」という発想のもと、提言していきたい。

【目次】

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