その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は國分良成さん、粕谷祐子さん、日本経済研究センター(編著)の『 戦場化するアジア政治 民主主義と権威主義のせめぎ合い 』。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
世界中で政治のあり方が問われている。次々に発する大統領令で内外に波紋を広げる第2次トランプ政権は一例にすぎない。自由と民主主義、開かれた市場経済などをベースとするリベラル国際秩序が揺らぎ、民主国家とされる国々の内部でも社会の分断やポピュリズムの台頭、偽情報の氾濫などで民主主義の有効性が疑問視されている。
民主主義の後退が指摘される一方で、公正な選挙や基本的人権への配慮を欠く権威主義が再び力を増しつつある。民主国家の代表格だった米国の大統領が、これまで長年にわたって築き上げてきた民主主義の土台を崩し、価値観をともにする同盟国・同志国との関係より独裁国家のリーダーとの取引を重視する姿勢を見せはじめたのだから当然だ。
ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ強権的なリーダーに率いられる権威主義国家が国際規範を無視し、対外活動で堂々と力を行使する場面が増えた。それらの国々の内側に目を向ければ、デジタル技術を駆使した監視や世論操作などによって統治手法はますます巧妙になっている。
2025年版の『外交青書』は昨今の国際情勢について「国際社会は再び歴史の大きな転換点にある」と分析した。今後の趨勢に大きな影響を与えるのは、アジアを中心とするインド太平洋地域の動向だろう。米国、中国、ロシアなどの大国間競争に目が行きがちだが、「グローバルサウス」と呼ばれる国々を含め、開発途上国・新興国の台頭によって国際社会の多様化が進んでいる。世界経済の成長センターで、様々なパワーが交錯するこの地域のガバナンスがどうなるかによって国際社会の質も大きく変わる可能性がある。
今この地域で起きているガバナンスをめぐる攻防は、資本主義陣営と社会主義陣営が真っ向から対立し熾烈な体制間競争が朝鮮戦争やベトナム戦争などの熱戦にまで発展した東西冷戦の時代と似て非なるものだ。
軍事力・経済力などのハードパワーや文化・価値観を源泉とするソフトパワーだけではない。軍民共用の先端技術や情報戦など様々な資源や手法を用い、より複雑な形で今後の秩序をめぐるせめぎ合いが展開されているのだ。
戦いの舞台となっているのは、外交、軍事、経済などの国際関係と基礎単位である各国の内政だ。その意味で、アジアの政治が戦場化していると言っても過言ではないだろう。
公益社団法人日本経済研究センターは日本経済新聞社からの受託でアジア研究プロジェクトを継続的に実施しており、この地域の重要性に鑑み、2023年度に「インド太平洋地域のガバナンス」を統一テーマとする複数年の研究プロジェクトを立ち上げた。外部の専門家を交えた研究会を組織し、初年度は中国の影響力にフォーカスを当て、2年目の2024年度は域内の国々の政治的・経済的状況とその体制モデルの動向把握に取り組んだ。それらを比較研究することによって、今後の対策に役立てる狙いだ。
研究会の座長は前年度に続いて、國分良成・前防衛大学校長(慶應義塾大学名誉教授)にお願いした。現代中国政治研究の権威でアジアの国際関係に造詣が深い國分座長からは、実に多くの点でご指導をいただいている。比較政治学や東南アジア政治が専門で、2025年7月に世界政治学会の会長に就任する粕谷祐子・慶應義塾大学法学部教授からは、体制比較の手法などの面で多くのご助言をいただいた。
毎回の研究会では、東南アジアや北東アジア、南アジアの関係国・地域の政治経済体制についてメンバーが議論を重ね、現地調査の結果なども踏まえて2025年3月に『インド太平洋地域の比較体制──民主主義と権威主義のせめぎ合い』と題する報告書をまとめた。その後の情勢変化なども踏まえ、書籍用に加筆修正したのが本書である。國分座長と粕谷教授が全体を監修し、研究会幹事の伊集院敦がデスクワークを担当した。
「選挙イヤー」といわれた2024年は、60カ国・地域以上で選挙が行われ、世界の人口の半分近くが投票したとされる。2025年も2月のドイツを皮切りに、4月にカナダ、5月にオーストラリアとシンガポールでそれぞれ総選挙が行われ、フィリピンでも統一国政・地方選挙(中間選挙)が実施された。与野党対立と社会の分断が深まった韓国では、非常戒厳を宣布した尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が弾劾、罷免され、任期の途中で大統領を選び直す事態となった。各国の内政は国際関係に影響を与え、混迷する国際情勢は今後さらに変化する可能性がある。
日本も今年は戦後80年の節目の年でもあり、夏には参議院議員選挙が行われる。世界が歴史的な転換期を迎えるなか、これからの日本の戦略を考えるうえでもアジアをはじめとする各国の政治情勢を正確に把握することが求められよう。そのような情勢下、本書が読者の皆様のご参考の一助になれば幸いである。
2025年5月
日本経済研究センター首席研究員 伊集院 敦
【目次】





