その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西口一希さんの『 顧客起点の経営 』です。

【はじめに】

顧客が見えなくなると、事業成長は止まる

 筆者は1990年からビジネスに携わり、P&Gとロート製薬でのマーケティング業務を経てロクシタン ジャポンで代表取締役、そしてスタートアップ企業であるスマートニュースの日本と米国のマーケティング担当執行役員を務めました。2019年からは、経営コンサルティングおよび投資業務を行うStrategy Partners を創立し、様々な企業の経営現場を支援・伴走しています。メーカー、通販、飲食店、温泉宿などの独立系・中小規模の企業から、BtoC、BtoBを含む上場前のスタートアップ企業、東証上場の大手企業や外資系企業の日本法人まで、2022年までの3年間に200を超える企業の経営者や事業責任者の相談をお受けし、現在は1業種1社の原則で25社と契約し経営コンサルティング実務と投資活動を行っています。

 多種多様な経営相談や投資相談をお受けしていると、当初は、それぞれの業界特性に応じた独自の課題があるように思えましたが、話し合いを重ね実務を進めていく中で、業界特性や企業特性を超えて根深く存在する共通の経営課題があると強く確信するに至りました。
 その課題とは、「経営から顧客が見えなくなっている」ことです。業種や業態が異なり、現場で起きている課題もそれぞれ異なっているように見えても、根本原因を追究すると、組織としての顧客理解が不十分であることに集約されました。多くの企業は商品力も強く潜在成長力もあるものの、経営の根幹である顧客理解がおろそかになっていたのです。
 各社とも、経営が考える事業成長への戦略はあるのですが、その中身はほとんどが総花的、もしくは教科書的で似通った定義でした。結果、具体的な施策に落とし込んでも競合と差がつかず、同質化競争になっていました。

 逆に、経営者が顧客をしっかり見つめ、現在の売上と利益は一体どのような方から頂戴しているのかを把握している企業は、この3年間でも、着実に事業を伸ばしています。経営が顧客の心理を把握し、自社の投資活動や組織活動を行うにあたって、常に顧客を理由に意志決定している企業だけが、成長しているのです。この経営のあり方を「顧客起点の経営」と名付けました。

 本書は、経営者向けの実務書です。どのようなビジネスであっても、今後も普遍的に有効な考え方を抽出し、経営層をはじめとして組織内で誰もが理解し共有できるように形式知化しました。経営に顧客理解を実装し、顧客起点の経営へと改革する、一連のフレームワークと活用方法を事例を交えて解説していきます。
 事例は過去のものだけでなく、現在進行形のケースやグローバルな事例の分析も盛り込みました。掲載の承諾をいただいた企業・事業としては、ユーザベースの経済情報プラットフォーム「SPEEDA」および顧客戦略プラットフォーム「FORCAS」、AI(人工知能)を駆使したデジタル部品調達サービスであるミスミの「meviy」、また、サイバーエージェントの「ABEMA」の責任者のインタビューを巻末に収録したほか、スタートアップのアソビュー、ライフイズテック、グロースXの事業を牽引している戦略と変遷を解説しています。また、過去事例としてコスメ事業、温泉宿などの事例を紹介し、グローバルな事例としてiPhone やAmazon の成長を顧客理解とその価値創造の観点で読み解きます。
 本書は特に、成長過程における経営の問題に取り組む中小企業の経営者、またスタートアップの方々に、今日から実践していただけるように構成しています。
 具体的には顧客の心理、多様性、変化を3つのフレームワークで把握し、経営に顧客理解を実装します。顧客を十把ひとからげに捉えず、また「今期は売上20%増!」などと企業視点のみの目標を闇雲に現場に押し付けて迷わせず、「どのような顧客に何が『価値』として受け入れていただけるのか」をすべての起点として、経営の打ち手を組み立てます。そして、顧客にとっての「価値」を起点に、事業成長を実現します。

 本書で紹介するフレームワークは前述のように、筆者が規模も事業内容もまったく異なる経営に携わる中で確立したものです。BtoB、BtoCを問わず、また業種や業態を問わず再現性のある考え方として、実際の業務において幅広く活用しています。

 経営から顧客が見えなくなっている状態を、少しひも解いてみます。悩みを抱える経営者の皆さんと話していると、自社のプロダクト(本書では、事業主が提供するすべての商品・サービス・事業をプロダクトと呼びます)が提供している「便益」と顧客との関係が見えなくなっていることに気付きます。便益とは、おいしい、便利だ、気持ちいい、何かが解決したといった、顧客が実際に受け取る利益や利便性を指します。
 便益と併せて、プロダクトには唯一無二の特徴であり代替の利かない「独自性」も必要です。特定の顧客に便益と独自性を提案し、顧客がそれらに価値を見いだして初めて、購買や利用が成立します。

 便益とは、言い換えると「顧客が買う理由」です。独自性は「顧客が他のプロダクトを買わない理由」です。継続的に自社の商品・サービスを購入されている方、あるいはサブスクリプションサービスにおいて長く継続されている方は、何らかの便益があるから購入し続けているはずです。そして、何らかの独自性を感じているから、他のプロダクトにスイッチしない、離脱しないわけです。
 売上や利益などの財務数字は、経営状態を示しますが、それだけではそもそも誰が購入しているのか、なぜ購入しているのかは把握できません。例えば、どんなニーズや特徴を持つ顧客が、どのような具体的な「便益」を得るために自社のプロダクトを購入しているのかは分かりません。顧客が評価する自社プロダクトの「独自性」は何か。競合プロダクトと違う独自性は何か。こういった、顧客とプロダクトの関係が理解できていないから、業績が良くても悪くても次の打ち手が見えず、収益の継続性が難しくなるのです。
 経営コンサルティングを通じて、組織の構造課題や人事採用の問題を扱うこともありますが、営業、開発、財務、製造、人事、マーケティングなど個別の部門のそれぞれに課題があるように見えても、それらの課題を突き詰めると、実はその多くは会社全体で問題視すべき「顧客の実態が見えなくなっている」ことに起因しています。本来、企業におけるあらゆる意志決定は顧客への価値創造につながっているべきですが、一つの意志決定の理由をさかのぼっても、顧客に関係のない商習慣や社内事情でしかないケースが多く見られます。それらは、すべてコストアップとなり、収益性の低下に結び付きます。
 成長企業を率いるオーナー経営者のように自ら現場に立ち、顧客との対話を継続している方には、顧客が見えていることが多いといえます。しかし、売上が拡大し、組織が100人を超えるあたりから、経営者も組織も顧客から遠ざかってしまうのです。

 なぜ、そうなってしまうのでしょうか。それは規模の拡大に伴って、組織構築、人事、財務管理、営業組織の拡大、対外的な交渉や調整などの多種多様な業務に時間も意識も取られてしまうからです。そして、これまでは目の前に見えていた、名前のある実在の顧客と自社プロダクトとの関係が見えなくなっていくのです。
 経営者は担当役員や現場からの調査報告や、財務数字の増減を通して顧客の行動を理解するようになり、それが“組織としての経営”だと割り切ってしまう。組織拡大の過程で多くの企業が直面する縦割り化や意志決定スピードの鈍化、いわゆる「大企業病」の始まりです。
 この背景には、日本が人口増のマーケットから人口減のマーケットに様変わりしていることもあります。人口減とは、すなわち潜在顧客の減少を意味します。そして、圧倒的なスピードで顧客の生活と価値観を変えているデジタル化の波が、数の少なくなった顧客をますます捉えにくくしています。
 したがって、こうした環境下で、自社プロダクトに価値を見いだす可能性の高い潜在顧客層を見付け、その層に正確にリーチし、顧客化の投資対効果を高める必要があります。自社プロダクトに高い価値を見いだしてくださる潜在顧客層は誰なのかを見極め、自社プロダクトの価値を高め続け、顧客満足を高め続けて、単価と購買頻度を高めなければならないのです。今、ほぼすべての企業がその必要に迫られていると考えます。継続的に収益を高めるには、深い顧客理解が不可欠なのです。
 それはBtoBでも同じです。なぜなら、BtoB事業の先をたどると、最終的に必ず“C”であるエンドユーザーがいるからです。自社のクライアントが見つめている顧客は何を価値と感じているのか、その顧客の顧客はどうなのか、と価値の連鎖をたどる必要があります。これもまた、顧客理解にほかなりません。

 では、その中で常に顧客を理解し事業成長を実現している企業は、何をしているのでしょうか? どんな時代においても、売上を伸ばす企業に共通するのは、顧客が「価値」を見いだす自社プロダクトの便益と独自性を強化し続け、一方で、潜在顧客にとって新たな「価値」となる便益と独自性を提供するプロダクト開発を模索し続けていることです。
 顧客の心理と行動は固定ではなく、常に変化し続けています。経営は、その変化を常に捉え続けることが重要です。昨日の顧客は今日の顧客とは異なりますし、明日の顧客もまた変化していきます。目の前の顧客の心理と行動の理解を、どれだけ活かせるかが、経営のすべてなのです。
 前述の人口減、そして顧客の多様化は、もはや不可逆な潮流です。その中で顧客に価値を見いだし続けていただき、得た利益をさらなる価値の創造に結び付けるために、本書が役立てば幸いです。

本書の構成

 序章では、複数の観点から、経営から顧客の実態が見えなくなっていくメカニズムを解説します。
 第1章では、見えなくなっている顧客の心理、多様性、変化の重要性とともに、顧客起点の定義、そして顧客起点の経営を実現する3つのフレームワークと全体像を説明します。
 第2章では、顧客を経営の視界に捉える基盤として、第1のフレームワーク「顧客起点の経営構造」を解説します。
 第3章と第4章は、基礎編としました。基礎編は、事業規模やBtoC、BtoBなどの業種にかかわらず、どのような企業にも活用していただける内容をまとめています。第3章では、事業対象とするマーケット全体の顧客を5つの層(セグメント)に分類する「5 segs(ファイブセグズ)」を紹介し、5セグズをベースにした第2のフレームワーク「顧客戦略(WHO&WHAT)」を解説します。
 第4章では、マーケット全体の顧客を動態として把握し、顧客の変化を捉える第3のフレームワーク「5セグズ カスタマーダイナミクス」を解説します。
 第5章は応用編として、5分類をさらに9つに分類した「9 segs(ナインセグズ)」およびその顧客動態「9セグズ カスタマーダイナミクス」を紹介します。本書は、5分類に初めて着手される方を主に想定していますので、まずは序章から第4章の基礎編まで読んでいただいて、この応用編は飛ばして第6章に進んでいただいてもよいかと思います。
 第6章では、今日から実行できる3つのフレームワークの具体的な活用と目指すべきビジョンを解説します。
 第7章の最終章で、フレームワークを使いながら、経営学者として名高いピーター・ドラッカー氏の言葉の理解を深めます。
 巻末には、顧客起点の経営を実践する3社・3事業の責任者との対談を掲載しています。

【目次】

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