その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は國分良成さん、藤井彰夫さん、伊集院敦さん、日本経済研究センター(編著)の『 軋むアジア 揺れる米中関係と見えない新秩序 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
2026年春、世界経済の成長センターであるアジアは突如、新たな試練に直面した。米国・イスラエルのイラン攻撃に端を発した中東情勢の混乱は、エネルギー調達で中東依存度が高いアジアの経済を直撃し、石油備蓄が少ないフィリピンなどは非常事態宣言の発令に追い込まれた。エネルギー価格の高騰がサプライチェーンの混乱などにつながれば、アジアと密接な関係にある日本経済にも大きな影を落としかねない。
好調に見えていたアジア経済も、実は中東情勢が悪化する前から様々なリスクが増大していた。最たるものが地政学リスクだ。輸出主導で外需依存度が高いアジアの経済は、外部環境の影響を最も受けやすい。アジアの成長を支えていたのは、東西冷戦終結後のグローバル化だ。1990年代後半、アジアは金融危機という形でグローバル化による負の影響を経験することもあったが、それを克服し、再び成長軌道に乗せる土台となったのもグローバル化による「開かれた世界」だった。
ところが世界は一変した。中国の台頭や世界の分断で自由と民主主義、開かれた市場経済などをベースとするリベラル国際秩序が揺らぎ始めていたところに、「米国ファースト」を掲げる第2次トランプ政権が発足した。トランプ大統領は「力による平和」を掲げる一方、西半球を優先する「ドンロー主義」を打ち出し、国際秩序の溶解を一気に加速させた。一方的な関税政策によってルールに基づく多国間貿易体制が揺らぎ、世界経済の不確実性が高まった。
歴史的な変革の影響をもろに受けそうなのがロシア・ウクライナ戦争への対応で米国の関与低下が鮮明となった欧州で、アジアを中心とするインド太平洋地域の先行きにも不透明感が漂っている。2026年版の『外交青書』は国際情勢認識をめぐり、「かつての『ポスト冷戦期』といわれた比較的安定した時代は既に終焉を迎えた」と記した。
今後の国際社会のあり様に最も大きな影響を与えるのは、世界1、2位の大国である米国と中国の関係だろう。米中関係はこれまでも対立と協調の間で揺れ動いてきたが、ここ数年の動きは特に目まぐるしい。「ドンロー主義」は両国が協調して世界を主導・管理する「米中G2」や勢力圏の確立につながるのか、それとも米中が覇権を争う新たなグレートゲームの始まりとなるのか。大国間関係の先行きが見通せないなかで地域のガバナンスは不安定になり、域内各国はどのように対外関係を再構築するか、手探りを余儀なくされている。あちこちで軋みやひずみが生じているのが、今のアジアである。
公益社団法人日本経済研究センターは日本経済新聞社からの受託でアジア研究プロジェクトを継続的に実施しており、この地域の重要性に鑑み、2023年度に「インド太平洋地域のガバナンス」を統一テーマとする複数年の研究プロジェクトを立ち上げた。外部の専門家を交えた研究会を組織。地域における「中国ファクター」を調査分析した初年度、民主主義と権威主義のせめぎ合いが続く域内各国の体制比較に焦点を合わせた2年目に続き、2025年度は新たな展開を見せる米中関係の分析と域内各国の対外政策の動向把握に力点を置いた。
研究会の座長は過去2年に続き、現代中国政治研究の権威でアジアの国際関係に造詣が深い國分良成・元防衛大学校長(慶應義塾大学名誉教授)にお願いし、多くの点で指導を受けた。変化が速い国際社会の動きをフォローするため、米国通の藤井彰夫論説主幹ら日本経済新聞社で国際報道に携わるベテラン記者が研究メンバーに加わったのも今回のプロジェクトの特徴だ。2026年3月に『揺れる米中関係とインド太平洋地域』と題する報告書をまとめ、その後の情勢変化などを踏まえ、書籍用に加筆修正したのが本書である。研究会幹事の伊集院敦がデスクワークを担当し、國分座長、藤井主幹と意見交換を重ねながら編集作業を進めた。
2026年は、米国によるベネズエラ攻撃とマドゥロ大統領拘束という衝撃的なニュースで幕が開いた。世界各地で紛争が続く一方、将来をにらんだ話し合いも進められている。政府は年末に「国家安全保障戦略」など戦略3文書を改訂する方針で、日本の安全保障や経済成長を考えるうえで、日本を取り巻くアジアの情勢を正確に把握することがこれまで以上に求められる時代になっている。民間企業にとっても、今後の貿易・投資戦略や経済安全保障を検討するうえで地域情勢を把握することの重要性が一段と増している。そのような情勢下、本書が読者の皆様のご参考の一助になれば幸いである。
2026年5月
日本経済研究センター首席研究員 伊集院 敦
【目次】





