その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は近岡裕さんの『 検証 トヨタグループ不正問題 技術者主導の悲劇と再生の条件 』です。

【はじめに ─世界に尊敬される日本企業の条件─】

 トヨタグループが世間を騒がせている。不正の連鎖が起きたからだ。トヨタ自動車による車検不正に始まり、日野自動車のエンジン不正、豊田自動織機のエンジン不正、ダイハツ工業の衝突試験不正、愛知製鋼の公差不正と、大手企業5社で立て続けに不正行為が見つかった。その後の調査で、いずれも当初の発表から不正の範囲や数が拡大し、問題の根深さが明るみに出た。

 そして、ついにはグループを牽引(けんいん)するトヨタ自動車で2度目の不正が発覚した。しかも本業である「クルマづくり」において、乗員保護試験不正やエンジン出力試験不正などに及んでいた事実が明らかになったのだ。2024年6月19日現在、同社による調査は続いており、不正が拡大する可能性もある。

 日本最大の企業であり、世界一の自動車メーカーであるトヨタ自動車。同社を含むグループ企業で次々に起こった事件にメディアは飛びつき、報道は過熱している。そして、世間には次のようなイメージを抱く人が出てきた。

「グループ企業で不正が相次ぐ理由は、トヨタ自動車が利益を優先して下請け叩(たた)きをしているからだ」
「不正を行っているから、トヨタ自動車はあれほど稼げるのだ」

 どの世界にもいわゆる「アンチ」はいる。その存在は人気の裏返しでもある。グループで不正の連鎖が起こり、それがトヨタ自動車にまで及んだことで、同社を不正の黒幕として断罪したい人はさぞかし溜飲(りゅういん)を下げたことだろう。

 だが、トヨタ自動車が利益を優先してグループ企業に不正を強要したという事実も、不正を知りながら見逃したという事実も見つかっていない。トヨタ自動車自身も、不正行為に及んだがその動機が利益の獲得にあると見るのは、さすがにうがち過ぎだ。

 むしろ、トヨタ自動車は、エンジンの開発プロセスに不正が起きにくい仕組みを織り込むなど、グループ企業にとって模範となり得るものづくりを展開していることが取材で分かった。

 歴史を振り返ると、これまでトヨタ自動車は顧客に乗用車を販売し、時には厳しいクレームを受けながらクルマづくりを鍛えて会社を成長させてきた。日本企業でESG(環境・社会・ガバナンス)が話題になる前から、そうした領域まで先取りしてカバーした経営上の信念や価値観として「トヨタウェイ」を世界中の社員に浸透させ、不正とは無縁の企業になるように努めてきた。

 一方で、グループ企業は本当の意味での「ウェイ」を根付かせることができず、トヨタ自動車ほど企業を成長させられなかった。つまり「普通の日本企業」にすぎないというわけだ。

 ところが、グループにおけるリーダーであり優等生だったはずのトヨタ自動車もまた、不正の誘惑には抗(あらが)えなかった。これにより、同社は一連の不正問題と無関係とは言えなくなった。トヨタグループをリードする企業として、自身の不正はもちろん、グループ企業の不正を許したことに対して、しかるべき責任を負わなければならない。グループ企業はトヨタ車やそれに搭載する部品も造っているからだ。トヨタ自動車が不正を行えば、当然自社の看板に傷が付く。一方で、グループ企業の不正を許した場合もまた、トヨタ自動車のブランドを著しく傷付ける恐れがある。法規を満たさない部品を組み込んだ製品を顧客に売ることになるためだ。

 一方で、世間には「大した問題ではない」という見方もある。ダイハツ工業が起こした不正に対し、国土交通省が法規(道路運送車両法)の定める基準への適合性を改めて検証したところ、問題は見つからなかった。「結局は車両の安全性などに問題はなかったのだから、メディアが騒いでいるだけ」という主張だ。

 だが、この見方は明らかに間違っている。まず、日野自動車と豊田自動織機のエンジンには、型式指定を取り消されて量産できない製品がある(2024年6月19日時点)。環境性能が法規を満たしていないからだ。ダイハツ工業にも型式指定を取り消された小型トラックがある(同年同月同日時点)。つまり、トヨタグループの不正の中には、今なお問題を抱えている製品が存在するということだ。

 企業として最も大切な顧客からの信頼を失う可能性もある。不正は国を欺き、顧客を裏切る行為だからだ。顧客は日本企業のクルマに高品質であることはもちろん、「安全・安心」であることも求める。にもかかわらず、少なくとも日野自動車と豊田自動織機、ダイハツ工業の3社は長年不正を継続し、隠蔽してきた。その分、製品および企業に対して顧客からの信頼を損なうのは当然だ。

 不正は正常な競争環境も破壊する。不正に手を染めた企業は、本来は必要な工程を省いて利益を手にしたということだ。その一方で、きちんと法規を満たすために、人・物・金といった経営リソースを十分に投じている競合企業があることを忘れてはならない。つまり、不正を許せば、法規を満たすべく真面目に取り組んだ企業がばかを見ることになり、国民の安全や環境を守るために作られた法規を順守しようとする企業が消えていく。最終的には、そのしわ寄せを国民が受けることになるのだ。

 そして何より、トヨタグループによる一連の不正は法規違反である。告訴する人間がいないため刑事事件にはなっていないが、そうなってもおかしくはない事件なのだ。実際、2015年に発覚したドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)の排出ガス不正事件「ディーゼルゲート」では民事に加えて刑事責任も問われ、有罪判決を受けて億円単位の罰金を科されたグループ企業幹部もいる。

 不正が与え得るこうした負の影響を知れば、企業として不正に手を染めたことが、いかに重大な問題かを認識できるはずだ。

 トヨタグループの不正を取材し続けて分かったのは、不正の真因(問題を引き起こした本当の原因)の追究とその再発防止がいかに難しいかだ。不正行為が見つかった企業は、外部の弁護士などのメンバーで構成された調査委員会を立ち上げて調査を行っている。ところが、真因に切り込んだと評価できるものは皆無だ。直接不正行為に及んだ法規認証(以下、認証)業務を担当する部署に責任を押し付け、再発防止についてはコンプライアンス(法令順守)の再教育程度でお茶を濁している。

 ものづくり、中でも開発設計に関係する部分の不正は「技術者主導」と見るべきだ。法規に沿った認証試験を行ってその合否を判定することだけを求められる部署が、なぜ自発的に不正を行おうとするのか。何より、どうして不正をしなければ認証試験をクリアできないと分かるのか。この不自然さに気づかない調査委員会の調査には疑問符を付けざるを得ない。

 不正は動機まで追究しなければ、その真因は決して見えてこない。そして、真因にたどり着いていなければ、再発防止策を講じることはできない。こんなことでは、何らかのプレッシャーを感じた際に、再び不正に手を染めてしまう恐れがある。

 本書は特定企業に対する糾弾や非難を目的とはしていない。問題を正しく理解するために不正の実態を詳(つまび)らかにし、真因を追究して、本当の意味で再発を防ぐために必要な情報を提供したいという思いで筆を執った。

 トヨタグループで発覚した不正は、他の日本企業で起きたとしてもおかしくはない。本書に記したのは確かにトヨタグループの不正事例だが、不正の撲滅を誓う多くの日本企業にとって参考になる普遍的な内容だと確信している。

近岡 裕


【目次】

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