その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中西寛・飯田敬輔・安井明彦・川瀬剛志・岩間陽子・刀祢館久雄+日本経済研究センター(編著)の『 漂流するリベラル国際秩序 』です。

【はじめに】

 米国主導の国際秩序の揺らぎが指摘される。激化する米中の競争と対立から、ロシアのウクライナ侵略、パレスチナをめぐる壮絶な戦闘にいたるまで、既存の秩序を大きく揺さぶる動きが相次ぎ、重く世界を覆っている。冷戦終結後に論じられた、米国を基軸とする安定的な国際秩序といった未来は蜃気楼のように霞み、代わるものの姿は見えない。

 そもそも、米国主導の国際秩序──しばしば「リベラル国際秩序」(liberal international order, LIO)と呼ばれる──とは何だったのか。それは今日どのような状態にあって、これからどうなっていくのか。

 めまぐるしく発生するニュースを追うだけでもたいへんだが、表層を眺めるだけでは本質をつかみづらい。先を見通しにくい時代だからこそ、建造物の内部構造をたしかめるように、国際社会の根っこの部分を探り、考えることの重要性が増しているのではないだろうか。

 このような問題意識のもと、日本経済研究センターは2023年夏に研究プロジェクトを立ち上げた。研究目的として掲げたのは、①自由と民主主義、開かれた市場経済などをベースとするリベラル国際秩序にいま、どのような質的・構造的な変化が起きつつあるのか、②そうした変化は米欧日など西側世界にどんな影響を及ぼすか──という2つの点を中心に、歴史的視点を踏まえながら分析・考察することだった。

 研究プロジェクトには各分野の一線で活躍する専門家に参加いただき、24年3月に報告書「転換期のリベラル国際秩序と西側世界」をまとめた。この本は、その内容を一般向けに再編集したものである。

 扱った分野は、リベラル国際秩序の歴史と将来、米中の覇権争い、国際通商体制、安全保障、米国と欧州の政策潮流と、多岐にわたる。それぞれのテーマに関心を持つ読者のニーズに応えるとともに、全体を通読すれば、知っておくべき主要な論点を概観できる構成をこころがけた。

 各章を簡単に紹介したい。第1章では中西寛・京都大学公共政策大学院教授が、リベラル国際秩序の歴史と将来を論じた。中ロやトランプ氏などの影響だけでなく、自由主義と秩序の根本的なジレンマを指摘した上で、工業国家モデルを揺るがす新たな社会状況に即した安定的な政治秩序の発見が将来を左右すると主張している。

 第2章では飯田敬輔・東京大学大学院法学政治学研究科教授が、金融・通貨体制を巡る米中対立を分析した。米国が通商分野で対中攻勢を強める前から、中国は米ドル覇権の弱体化を狙い、西側主導の国際経済体制の内側から外側(内なる改革から外での別機関や制度の立ち上げなど)へと活動を広げてきたと指摘、米中による共同覇権は困難だと見る。

 第3章では安井明彦・みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部長が、米国の経済政策の潮流変化を分析した。市場原理重視の新自由主義から、「大きな政府」による課題解決重視の「新ワシントン・コンセンサス」への転換が、今後の国際秩序にもたらす期待とリスクを論じている。

 第4章では川瀬剛志・上智大学法学部教授が、国際通商秩序の変容と行方を展望した。トランプ米政権以降、従来の多国間自由貿易体制は、安全保障化、分断化、非法化の3点で変化しつつあり、今後もこの流れが続くことを前提に自由貿易体制のver.2を探るべきだと指摘している。

 第5章では岩間陽子・政策研究大学院大学教授が、アジアが正面となる「新冷戦」時代に戦争を防ぐ道を考察した。日独が米国を支えつつ、北大西洋条約機構(NATO)と日韓豪、ニュージーランドがグローバル・ウエストの安保協力体制を築くことや、中ロを含む軍縮・危機管理と信頼醸成の枠組み創設を提唱する。

 第6章は日本経済研究センター研究主幹の刀祢館久雄が担当し、欧州連合(EU)が新たな地政学的現実を前に、理念と実利の二兎を追って揺れる姿を描いた。規範や理念を掲げリベラル国際秩序を守ることは、EUにとって利益確保と存在意義のアピールにつながっているという見方を提示した。

 研究プロジェクトの企画・運営および報告書と書籍の編集は、日本経済研究センターの刀祢館が担当した。とりまとめに際しては、報告書としての結論めいたものや論調のすり合わせは求めず、それぞれの専門性を生かして自由に執筆する論文集をめざした。ねらい通り、各筆者の持ち味が存分に発揮された、タイムリーで読み応えのある内容に仕上がった。寄稿いただいた方々に深くお礼を申し上げたい。

 2024年は「選挙イヤー」と呼ばれるほど、世界各地で重要な選挙が相次いだ。11月の米大統領選への関心も高いが、だれが次の米大統領になっても、国際秩序は混沌とした状況が続くに違いない。それほど世界は変わりつつあり、米国自身も変わりつつある。

 本書は、そんな国際秩序の激動期に、底流で起きている変化に光をあて、世界のゆくえを読み解くうえでの有力な手掛かりになるものと確信している。

2024年6月
日本経済研究センター研究主幹  刀祢館久雄

【目次】

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