その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西山茂(編著)の『 ビジネススクール企業分析 ゼロからわかる価値創造の戦略と財務 』。「はじめに」と「あとがき」をお届けします。
【はじめに】
本書は、日本企業に求められている企業価値の向上策について検討・整理したものです。PBR(株価純資産倍率)の高い日本企業に注目し、持続的な業績の拡大を通じた企業価値向上のポイントをまとめています。
まず序章でPBRの意味、またそれを高めるための方策についてまとめた上で、PBRが高く、持続的に業績を高めている日本企業を6社取り上げます。高PBRを実現し、それを維持している背景について、事業分野の選択をはじめとする全社戦略、競争優位を実現する事業戦略やビジネスモデル、経営管理体制やガバナンスの仕組みといった観点から包括的に分析しています。
本書は、私の所属している早稲田大学ビジネススクールのゼミ修了生6人(伊尾喜美希、石地由賀、室田昌宏、笠岡温史、前綾香、福岡勝滋)と共同で執筆したものです。ゼミでは、財務や会計をベースに、環境分析なども含めた企業の分析や今後のあるべき方向性について、数多くの企業を題材に議論してきました。その成果をもとに、強い会社・成長を持続する会社の分析を試みました。
取り上げた6社は、競争力の強化に中長期的に取り組み、近年の経営環境変化に対応した改革にも手を打っています。その状況を最新の決算期の業績まで追いかけました。
PBRの高さだけで企業のすべてを評価できるわけではありませんが、それをベースにした本書の分析が、日本企業の今後の向かうべき方向性のヒントとなれば幸いです。
西山茂
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。お読みいただいた中に、少しでも皆様の参考になるようなヒントが含まれていたようであれば、執筆者一同大変嬉しく思います。
本書では、PBRの高さを切り口として、好調な業績を確保し、企業価値を高めている企業を6社選択し、財務的な分析をした上で、PBRが高い理由について検討しまとめてみました。
ここで、改めて各社の状況を振り返ってみます。
第1章で取り上げた味の素については、無形資産投資と事業のポートフォリオ変革をPBRの高さの理由として挙げました。無形資産投資については、調味料の味の素から昨今の好業績を支える半導体材料のABFまで、アミノ酸を起点とした研究開発を重視するとともに、その基盤となる組織・人財・技術・顧客といった無形資産を重視する方針を採用していました。また、事業のポートフォリオ変革については、ヘルスケア、フード&ウェルネス、ICT、グリーンの4つの成長領域を設定し、必要に応じてM&Aも活用した非連続成長を目指すとともに、ROICを活用して各事業の強化も行っていました。さらに、そのベースとして、高度にバランスの取れた財務状況を確保し、適切なコーポレートガバナンス体制も築いていました。
第2章で取り上げたユニ・チャームについては、コア製品の高付加価値化と横展開をPBRの高さの理由として挙げました。コア製品の高付加価値化については、ノンコア事業の売却によって不織布・吸収体の事業に絞り込み、一般的にコモディティと考えられる事業分野において、保有する技術を差別性の高いものに特化し、それを応用することで高付加価値化を達成していました。また、横展開については、コア技術である不織布・吸収体の事業をいろいろな製品に応用して価値を生み出していく本業多角化と、各地域に合った製品・強い営業・巧みなマーケティングによって収益拡大という視点から世界展開を図る専業国際化が大きなポイントになっていました。またその基盤として盤石な財務的な安全性を確保し、また安定した株主還元を行っていることも特徴的でした。
第3章で取り上げた神戸物産については、独自のポジショニングとスケーリングをPBRの高さの理由として挙げました。独自のポジショニングについては、M&Aを活用しながら自社製造拠点を拡充することによって、製造小売り業態であるSPAモデルを構築し、さらに独自の直輸入品を加えることでPB商品を重視していること、またプロ向けのネーミングとブランディング戦略を採用していることが特徴的でした。また、スケーリングについては、フランチャイズシステムの活用や、独特の商品陳列による店舗運営の効率化がユニークな点でした。
第4章で取り上げた寿スピリッツについては、ゲームチェンジと人的資本経営をPBRの高さの理由として挙げました。ゲームチェンジについては、競争の激しいお菓子の市場で、プレミアム・ギフト・スイーツの分野に絞り込み、出店を主要駅など売れる場所に限定し、地域限定でプレミアム感を出し、いくつものブランドで全国展開を行い、製造小売り業態で付加価値を高め、試食重視で広告宣伝費を押さえるなど、よく練られた工夫のある方針や仕組みを採用していました。また、人的資本経営については、アメーバ経営をベースにした全員参加の超現場主義によって、社員全員が当事者意識を持ち、意見やアイデアを発案し実行していくWSR成功サイクルという仕組みが特徴的でした。
第5章で取り上げたオリエンタルランドは、リピーター戦略と危機に備えたレジリエンス体制をPBRの高さの理由として挙げました。リピーター戦略については、ゲストに継続した感動体験を提供するための新アトラクションなどへの継続的な投資、宿泊を含めたパッケージ化や人的資本の充実を基盤とした顧客体験の質の向上をもとに、顧客満足度の向上を通した客単価の引き上げなどが行われていました。さらに、絞り込まれた事業を特定の地域で展開するといったリスクのある状況を、無担保社債をはじめとするリスクに備えた資金調達体制で支えるレジリエンスな体制も特徴の1つでした。
第6章で取り上げたダイキンは、選択と集中と世界的なサプライチェーン構築をPBRの高さの理由として挙げました。選択と集中については、1990年代半ばに、空調事業をコア事業として位置づけ世界ナンバーワンになる、という方針を設定し、一部の事業の売却と、空調事業における世界規模でのM&Aを実行していました。世界的なサプライチェーン構築については、地域に合わせるローカライズと共通モジュール化のバランス、またスタンダード化を目指した技術のオープン化を行いながら、世界的視点での地域に合わせた最適なサプライチェーンを構築していました。さらに、その基盤としてROIC活用による企業価値向上を意識した経営も特徴的でした。
改めて6社についてPBRの高さの理由を検討した結果を見てみると、いろいろな視点が含まれています。ただ、大きな視点で見ていくと、各企業が、それぞれの事業分野の環境変化に合わせて、持続的に競争優位を維持し勝ち続けるためのキーポイントとなるビジネス上の工夫・仕組み・運営体制を構築していること、また各社ごとに設定した軸をベースにしたストーリーのある事業のポートフォリオ展開を行っていることが共通点のように思います。またグローバルに展開する企業を中心に、それを支えるしっかりとした経営管理体制を構築している点も共通点として挙げられそうです。
PBRはROEとPERの掛け算に分解できることからもわかるように、業界に応じた、高い水準の収益力、効率的な事業体制、適切なレベルの財務安定性を確保しながら、市場や競合と比較しても遜色ない成長性を確保していることが、評価される企業のベースだと思います。またこれらのポイントは、企業価値を持続的に高めていくことにもつながると思います。また、業種や企業の戦い方の違いによって、どの部分により比重を置くのか、またそれを達成するためのビジネスモデル、仕組みや組織の体制をどうするのかは異なってくると思います。各企業が、それぞれ独自に上記のような点を良い形で構築し、磨き上げ、環境変化に合わせて変更しながら強さを持続していくことが重要だと思います。
本書は、私のゼミの2023年3月の修了生6人に私を加えた7人で、2022年の冬に会食をした時の話が出発点となりました。当時、6人は修士論文の作成がほぼ終了する段階となっており、大学院で学んだ成果をもとに、何か社会に還元できることがないか、といろいろと話をする中で、ゼミのテーマである会計・財務とも関連付けながら、いろいろな企業の参考になる強い企業の秘訣をまとめたような本を作成したい、という方向で話がまとまりました。そして6人の忙しい仕事の合間の時間を使った執筆の結果、刊行に至りました。
対象企業の選択にあたっては、PBRが高く好業績を確保している企業は数多くあり、いろいろな議論がありましたが、メンバーの興味、関心などをもとに、最終的に6社になりました。各企業の分析や執筆内容には、財務や会計をベースに環境分析なども含めた企業の分析や今後のあるべき方向性について、ゼミの中で数多くの企業を題材に議論してきた成果が含まれているように思います。読者の皆様の少しでもご参考になるようであれば、編著者としてとても嬉しく思います。
また、本書の作成にあたっては、執筆者の6人以外に、ゼミの修了生である下記の皆様に、いろいろなサポートやアドバイスを数多く頂きました。ここに名前を挙げさせていただき、お礼に代えさせて頂きます。
上道尚人さん、小林覚さん、菅谷貴志さん、西田大竜さん、山崎慎一さん、ありがとうございました。
最後になりますが、多くの日本企業が、PBRの本質、ひいては企業価値の本質を理解した上で、各企業の独自性を打ち出しながら、PBRを高め、企業価値を持続的に拡大していくことを期待しております。本書が、そのための参考になるようであれば、望外の喜びです。
2024年6月
早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
西山茂
【目次】




