その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は桃井裕理さん+日本経済新聞社データビジュアルセンター(著)の『 習近平政権の権力構造 1人が14億人を統べる理由 』です。

【はじめに】

習近平氏は2期10年で何を成し遂げたのか
──習氏のプロファイリングからわかること

 2022年10月、中国にかつてない強大な政権が誕生した。

 中国共産党の習近平総書記による3期目の政権だ。同政権は強大なだけでなく、次のような点で「異例づくし」だった。


▼ 鄧小平氏が文化大革命を教訓として独裁を防ぐために定めた党総書記の任期「2期10年」を撤廃し、終身を睨む長期政権を敷いた。
▼ 鄧氏が築いた中国共産党の「集団指導体制」を事実上終わらせた。
▼ 党、軍、政府を含む国家統治のすべての機関が習氏個人の指導下に置かれた。
▼ 江沢民前々政権、胡錦濤前政権で生まれた派閥勢力を完全に排除した。
▼ 党の指導部である中央政治局を全員、自身に忠誠を誓う人物で固めた。


 中国は人口14億人を抱える世界第2位の経済大国だ。そこでこのような芸当をやってのけた習氏が、「希代の政治家」であるのは間違いない。

 ところが、習氏の執政能力をめぐる国際社会の評価は千差万別だ。どちらかといえば疑問符を付ける見方が目立つ。そして、中国で問題が発生するたびに、「習氏は失脚の危機に直面している」といった報道も盛り上がる。

 いったい、習近平という政治家は凄いのか、凄くないのか、習政権は安定しているのか、脆弱なのか──。こんな基本的な問いかけにすら世界の対中認識は定まらず、中国の実相をますますわかりづらいものにしている。

 この問題への解を見つけるためには、習氏が「本来の任期」であった2期10年の間に何を成し遂げたかについて、もう一度丹念に分析する必要がある。

 習氏は、3期目という「存在しなかった未来」をどのようにしてその手にたぐり寄せたのか。

 この問いに、多くの人はこう回答するだろう。「『反腐敗闘争』を通じて政敵を失脚させ、誰も歯向かえない一強体制を実現した」

 正解だ。しかし、全体像ではない。この見方は、いわば焼畑農業で森や草地に火を放つ段階だけを見ているのに近い。習氏の権力闘争の本質は、焼畑農業の後段階にある。焼け跡を畑として耕し、種を播き、農作物を育てる。その作業があって初めて果実を手にすることが可能となる。

 習氏は、反腐敗闘争を通じて政敵を排除した後、党や軍、政府の組織を徹底的に改革した。改革は、大規模であると同時に細部に及んだ。党の形を抜本的に変え、意思決定のメカニズムを再構築し、人の心や思考回路にまで手を入れた。結果として、習氏一人にあらゆる権限が集中し、すべての意思決定が一元化された国家ができあがった。同時に、政権内の人間が習氏に忠誠を誓わざるを得ない「仕組み」も完成された。そして、習氏の築いたシステムは、中国共産党内で繰り返されてきた権力闘争の連鎖に終止符を打った。

 すなわち、習氏が権力を勝ち得た本質は、政敵を排除した破壊のプロセスにあるのではない。「どのようにしても1人に権力が集中し、固定化されるシステム」を考案し、2期10年かけて構築した。その創造のプロセスにこそ、習政権の本質がある。

 そうした権力構造は、政治の動きを表層的に追うだけでは把握しづらい。改革を一つ一つ取り上げ、組織論や経営戦略論に近いアプローチも交えながら、システム全体を分析する必要がある。

 本書の第一章「習氏の権力掌握への道」は、習氏が2期10年にわたって展開した戦略の全体像をビジュアルで概観した。

 続く第二章「習氏の権力掌握術―その緻密な組織・人事戦略」では、改革の背景にある思想や戦略を踏まえながら、習氏の築いたシステムの構造を分析した。

 これらの考察を通じて、改めてわかったことがある。

 一つは、習氏が国家指導者に就いた時点で、今日に至る政権のグランドデザインをすでに描いていたという事実だ。今になって振り返ると、10年間で手掛けた多くの改革や政策は、すべてが大きなパズルのピースであり、それぞれが目的と役割を備えていた。個別に発表された当時はわからなかったが、完成して初めてパズルに何が描かれていたかが判明した。

 つまり習氏は権力に魅せられて次第に強権的な指導者へと変わっていったのではない。党総書記に就いたその日から、確固たる信念のもと、10年後の党の形を見据え、着々と権力掌握へのミッションをクリアしていったのだ。

 もう一つ気づいたのは、習氏の組織運営や人材管理の根底に流れる独自の政治思想の存在だ。

 習氏が、毛沢東流の統治手法を好むのはよく知られている。毛沢東時代の古い制度や運動を持ち出して、自身の権力確立に利用した事例は少なくない。人心操縦術からも、毛沢東への傾倒が滲む。

 孫子や韓非子といった中国の古代哲学の影響も垣間見える。特に、組織運営の根底には、人間不信のリーダー論ともいわれる韓非子の思想が色濃く反映されている。韓非子はこう説いた。

「人主の患(うれい)は人を信ずるにあり。人を信じれば則ち人に制せらる」

 こうした現実主義は、ルネサンス時代の政治思想家、マキャヴェリの「君主論」とも似通う。マキャヴェリは、統治者が権力を維持するためになすべきこととして、「敵の排除と味方の確保、民衆や兵士からの畏怖と敬愛、政敵の抹殺、旧制度の改革、忠実でない軍の再編」を挙げ、中央集権化による統治を訴えた。そのまま習氏が歩んできた道と重なる。

 習氏は、幼い頃から父親を通じて中国共産党の権力闘争に接してきた。習氏がマキャヴェリを学んだとは思わないが、過酷な原体験を通して自然と会得した感覚だろう。これらの様々な要素が混然一体となり、習氏独自の政治思想が形づくられている。

 では、習氏の現在の政策に対する考え方はどのようにして生まれたのだろうか。第三章では「政治家『習近平』はどうつくられたか―思想と政策の源流を探る」として、習氏の生い立ちや若い頃の体験を踏まえながら、「共同富裕」や「歴史政策」など習氏が掲げる政策の背景を分析した。

 習氏の人生への考察からは、別の疑問も導き出された。習氏の飽くなき闘争への原動力は、いったい、どこからきているのだろうか。習氏の若い頃からの考え方を探るにつけ、権力欲や栄耀栄華への渇望を原動力とする見方からは遠ざかる。習氏の言葉や行動のここかしこからは、中国共産党への強い憧憬や信仰が垣間見えるためだ。

 この事実は、世界にとってより厄介な状況を意味する。権力欲で動く指導者は行動が読みやすい。だが、習氏には「合理的な判断」とは異なる物差しと動機が存在する。世界の不確実性が高まるのは避けられない。

 第四章では、「習近平氏を待つ課題―100年目標の行方」と題し、「台湾問題」「半導体サプライチェーン」「不動産問題」「人口減少」の4点から習政権が直面する課題を分析した。

 権力の掌握ではずば抜けた能力を発揮した習氏だが、政策面ではいまだに独自の成果を出せていない。中国が直面する課題は本来、誰が国家指導者であろうと、解決の難しい難題ばかりだ。中国の「ベスト&ブライテスト」を集結し、世界とも連携する必要があるだろう。だが、習氏はたった一人で現実に立ち向かわなければならない体制を自らの手で築いてしまった。中国の成功も失敗も、習氏の肩にかかっている。これも、世界が直面する強烈な不確実性の要因となるだろう。

 習氏にとって最初の2期10年は、中国共産党を「本来あるべき姿」に作り変える助走期間だった。3期目以降こそが、真の習近平時代の始まりといえる。

 そこで習氏がどんな理想郷をめざし、中国と世界にどんな波乱をもたらすのか―。習氏という一人の人間のプロファイリングなくして、世界の先を一歩も読むことができない時代が到来しようとしている。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示