その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大垣尚司さんの『 生きづらい時代のキャリアデザインの教科書 』です。
【はじめに】
1 この本を読む前に
この本は、大きな構造変化に直面している日本社会において、就職活動をしたり、あるいは、これから仕事とどう付き合っていけばよいのかを考えたりしている若い人たちのために、仕事というものを軸に自分の生涯について作戦を練る「キャリアデザイン」をするにあたって押さえておいてほしい情報やヒントを、わたしなりの考えに基づいて整理したものである。
全体は大きく3つのパートに分かれる。第1部では、仕事をめぐる経済・社会・企業の状況がどのように変わっているかを説明する。第2部では、そうした「生きづらい」時代を生き抜くために仕事とどうかかわっていくかという作戦を立てるうえでのヒントを提供する。そして、最後にこの生きづらい時代にあって、何を幸福と考えるとキャリアとうまく付き合っていけるかについて、40年間社会人をやってきて、一応今も現役のジジイなりの考えを少しだけ書かせてもらった。
全体はまとまりのある内容ごとに小見出しを付け、関連するところを相互参照している。就職や転職に際して、あるいは、仕事をしていて不安にかられたときに、関係ありそうなところを、どこからでもよいから読んでみてほしい。
それから、キャリアとお金は切っても切れない関係にあるが、世間では「金融リテラシー(literacy、特定分野の知識や能力のこと)」というと、若い人に株や投信を買わせるためとしか思えないような話とか、無用に専門的な話が多い。そこで、キャリアを考えるにあたり、本音ベースで知っておいてほしい点にしぼって、直感的に説明したコラムを設けた。
あと、蛇足ではあるが、最近は上司と飲みに行くことも減り、上司は上司で親切で言ったことがパワハラ・セクハラ扱いされてもアホらしいから、「先輩の説教」を聞かされる機会が激減している。まあ、今振り返ると大したことを言っていたとも思わないからそれでもよさそうだが、長い人生の中では、そういう助言が役に立つこともあった。そこで、「雑談」コラムを設けて、今の時代に役に立ちそうなものや、仕事をうまくこなすためのスキル、語学や専門性を磨くためのちょっとしたヒントをまとめておいた。今の若い人にはピンと来ないかも知れないが、その時々の興味に任せてつまみ食い的に読んでもらえばよいのではないかと思う。
2 キャリアデザインをしないと不幸になる時代
ようやくコロナ禍を通り抜けたものの、地球環境問題が、多発する災害というかたちで具体的に目の前の問題となっている。戦争は日常化し、円安・金利上昇という、これまで数十年続いた日本経済の前提とは正反対の状況が当面は継続しそうだ。こうしたなか、だましだましやってきた日本経済は、はっきりと国力低下の時代を迎えている。
「生きづらい時代」が始まっているのだ。
経済が相応に成長していた昔は、何となく大学を出て、流されるままに就職し、日々をまじめに過ごしていれば「悪いようにはならない」と思っていても何とかなった。実は、この30年ほどはそうでもなくなっていたのだが、この本で説明するように、それをいろいろなことでパッチを当てて何とかごまかしてきたために、人びとの行動はあまり大きく変わっていない。
しかし、そんなときに、世間やこれまでの常識に従って自分のキャリアを考えていると大きく裏切られかねないから、自ら防衛するしかない。自助(self help)の精神が重要になっているのだ。
ただ、自分で考えるといっても若い人が自分で正確な情報を得るのは大変だ。もともとこれからどうなるかという話に正解はないから、情報が渦巻くネットに頼ると振り回される。
この本は、そういう現在の状況を、一応「為政者・経営者」側の立場も理解しているつもりのわたしが、わたしなりの切り口で分かりやすく説明し、それを前提としたときには、わたしの時代の生き方では非常に「やばい」状況になっていること、その上で、自分で自分の生き方を考えるうえでヒントになりそうなことを思いつくままに書き連ねている。
3 自助の視点を持つ
現代の日本は課題山積だ。変えていかなければいけないことが山ほどある。「おかしいから変えるべきだ」と言うことは簡単だ。しかし、現実はそんな簡単には変わらない。そうしたなか、政治家や「有識者」が自助を説くことは、自分で現状が変えられないことを認めているのと同じだ。このため、「安心して任せてくれ」ということになるのではあるが、無理なことは無理だから、そういう人を信じると自助の機会が奪われる。
この本では社会がおかしいと言い放つのでもなく、社会をこう変えるべきと主張するのでもなく、「おかしいがすぐに変わることはなさそうな何となく生きづらい社会」を前提に、自助のための工夫を提言する。もし社会がいい方に変われば自助は無駄だったということになるかもしれないが、まあ、それはそれで楽になるわけだからいいことにしようという考えである。
4 自己紹介
わたしは、現在メガバンクに統合された大手銀行に18年間勤めたあと、外資系生命保険会社の専務執行役員を3年務めた。そして、銀行員時代の専門領域であった証券化の知見を買われて住宅金融支援機構の設立にかかわるとともに、その仕組みを支えるモーゲージバンクと呼ばれる新しいタイプの金融機関を大手住宅メーカー等の出資を受けて立ち上げ、社長に就任した。またそれと同時に、銀行員時代に身に付けた先端の金融技術を後進に伝えたいと考えて大学で教えるようになった。モーゲージバンクの経営が軌道に乗った後は、後輩に託して営利企業の役員は辞め、公的なマイホーム借上げ制度を運営する非営利法人を設立してその代表をかれこれ18年やっている。大学のほうは、途中で大学を移り教授兼金融技術研究所の所長になった。
このように、わたしは、大企業サラリーマン、外資系企業の役員、ベンチャー企業の社長、非営利法人の代表、大学の教授といった、普通の人だと1回の人生でせいぜい1つか2つしかやらないポジションを一通り経験している。もちろん、それぞれの時代は今とは随分違うけれど、組織の性質というのは案外岩盤のように変わらないところも多いし、特に悪い部分はむしろ強まっているようにすら見えるから、特に従業員の自己防衛という視点からすれば役に立つ知識があるかもしれない。
さらに、教員としては、金融と法律の専門家として、大学で13年間社会人向けの講義を担当したほか、大学院でキャリアアップをめざす若い企業パーソンと数多く接し、転職の相談にも乗ってきた。学部では、高校を卒業したばかりの大学1年生向けにキャリアデザインの講義を受け持っている。こうしたなかで、最近の若い人の悩みがわれわれの頃とどう違うか、あるいは、違わないかも多少は分かってきた。
あと、個人的には、子どもが男2人、女3人の合計5人いるので、親として就職や転職、結婚の心配を、世の中の平均的な親よりはたくさんしてきている。あと、祖母が80代で要介護状態になってから、104歳で亡くなるまでの間、母と共に介護にかかわり、今はその母のめんどうもみている。この結果、歳を取ってからどういうめんどうくさいことが起こってどのくらいお金がかかるのかを身をもって体験した。キャリアデザインというのは目先の就職よりは中年から老年期に今から備える部分のほうが難しいので、そういう知見も多少は役に立つだろう。
この本は、そういうわたしの異色な経歴を知る旧知の編集者の紹介で出会った若い女性編集者から、若い人のためにわたしなりのキャリアデザインの本を書いてみてはどうかと言われて筆をとったものである。
この本が、「生きづらい時代」にあって、「これからのキャリアと人生」を考える若い人に多少のヒントを提供することができればそれにまさる喜びはない。
【目次】







