その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は芹川洋一さんの『 宏池会政権の軌跡 』です。
【はしがき】
政治の世界では、自民党でいちばん古い派閥で現在は岸田派とよばれている宏池会について、ある種の共同幻想ともいうべきイメージが定着している。ハト派、軽武装、護憲派、リベラル、経済重視といったもので、右・左という区分けでいうなら自民党の左側に位置するとみられている。保守・リベラルといった分け方なら保守中道ということだろう。
ちょっと前、立憲民主党や国民民主党の首脳が相次いで、派閥創設者の池田勇人から大平正芳を念頭におきながら、自分の立ち位置は昔の宏池会だ、と語ったことがある。安倍晋三政権下での対抗軸として持ちだした面もあるが、岸信介から安倍晋三へとつづく自民党の保守派とは距離をおく勢力と思われている。
イメージが支配し、それで動くのが政治の世界だ。宏池会がハト派であり、リベラルであるというのはたしかにそうした面がある(あった)にちがいない。ただ宏池会の第9代会長である岸田文雄は、むしろ徹底したリアリズムの追求こそが宏池会の本質だと述べる。
首相として憲政史上最長をほこった安倍も死後、リアリストの評価が定まりつつある。思えば政治はリアリズムである。現実を直視してその中で最適解を選んでいく作業にほかならない。明治の元勲たちも原敬も吉田茂もみなリアリストだったはずだ。リアリズムが欠けていたから昭和初期の政治指導者たちは国を滅ぼした。
そう考えると岸田の指摘はある面で正しいが、当たり前の話で政治の必要条件を述べているにすぎない。それだけでなく池田(首相在任1960~64年)、大平(78~80年)、鈴木善幸(80~82年)、宮沢喜一(91~93年)、そして岸田(2021年~)と5人の首相を輩出したこの集団が政権を担当したときに何か共通項でくくれるものはないのだろうか。
著者はそれをそのときどきに応じた政策のギアチェンジだったとみる。政治から経済で所得倍増の池田。高度成長から低成長で一般消費税導入の大平と行財政改革の鈴木。一国平和主義から国際貢献でPKO(国連平和維持活動)の宮沢。そして国際環境の変化で安全保障と原発の政策転換の岸田である。
それを派閥による政策変更の「振り子の理論」とよぶかどうか、また首相の座に就いた本人の意向がどうだったか、それらは別にして、それまでの自民党の路線を巧みにかえる役割を果たしてきた。宏池会という集団が自民党政治の延命装置だったことだけはたしかだ。
もうひとつ付けくわえておくと、宏池会5人の首相が政権を担当したときは、なぜか時代の転機だった。米ソ冷戦が激化した60年代。73年の石油危機により経済環境が激変、財政運営の転換を迫られた70年代末から80年代。米ソ冷戦が終焉、国際貢献を求められた90年代。それに現在である。
いずれも、激変する経済社会や国際環境の前で悪戦苦闘、ギアチェンジに成功した例もあれば失敗した例もある。いつもその先に新たな日本をめざし、多くが志半ばで政権の座から去っていった。
時代の激流に翻弄される宏池会政権がたどった道の追跡は、取りも直さず戦後の日本政治史を再確認する作業でもある(文中敬称略)。
【目次】





