その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日経クロストレンド(編)の『 熱狂しない経営 「北欧、暮らしの道具店」クラシコムが20年磨き続けた“らしさ”の正体 』です。

【はじめに】

 バズを狙わない。
 顧客を囲い込まない。
 ファンや社員を熱狂させようとしない。
 KPIに依存しない。
 競合に勝つことを経営の中心に置かない。

 それでも、YouTubeやSNSなどの登録者を合わせて1100万ユーザーとつながり、売り上げを伸ばし、高い利益率を保つ企業があります。ECサイト「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムです。

 まず最初に、編集者としてお詫びしておきたいことがあります。

 この本は、いわゆる「成功企業の勝ちパターン」や、すぐに使えるマーケティングの妙手を紹介する本ではありません。クラシコムという企業を約4年にわたって追跡取材しながら、成長してきた理由、多くの顧客に愛され選ばれ続けるわけを探ってきた記録です。

 もしあなたが、

  • 売り上げを伸ばすための最新マーケティング手法
  • 競合に勝ち、市場を取りにいくブランド構築術
  • SNSでバズを生むコンテンツ制作術
  • ファンを熱狂させるコミュニティ戦略
  • KPIを設定し効率的に結果を出し続ける組織論・経営論

 こういった「すぐに使える正解」を探してこの本を手に取ったのだとしたら、本書は少し遠回りに感じられるかもしれません。ですが、その遠回りの中にこそ、経営やブランディングの本質があるのではないかと私は考えています。

 ただ、このように書籍の「はじめに」で読んでいただく方を狭めるおそれがあることを言うべきかどうか、編集者としてはこの文章を書いている今でも悩んでいます。“本を売る”という観点からすると、正しくないのかもしれません。
 ですが、この本のテーマの一つは実は「正直さ」です。であるならば、正直にお伝えしておくべきだと考えました(まだ、迷っています)が。

 クラシコムは一見すると異質な企業です。情報量が爆発的に増え、SNSが生活に溶け込む中、生活者のアテンションを奪い、ユーザーを囲い込み、熱狂を高めて売り上げを拡大する手法が目立ちます。ですが同社は、それとは少し距離を置いてきました。

 アプリはEC売り上げの大きな柱となり、YouTubeやポッドキャスト、メルマガ、SNSなど多様な接点で生活者とつながっています。にもかかわらず、そのコミュニケーションは押しつけがましくないと感じます。囲い込みのために煽るのではなく、安売りや過剰な広告に頼るのでもなく、むしろ「心地よい距離感」を保ちながら成長してきました。

 もちろん、売り上げを軽視しているわけではありません。「株式会社」として事業を継続する以上、収益を上げることは大前提。むしろクラシコムは、その前提に対してとても現実的に向き合っています。

 取材を始めた当初、この会社の強さを説明できる「何か」があるはずだと考えていました。
 独自性の高いマーケティング手法、再現性のあるコンテンツ戦略、熱狂を呼ぶ組織づくり、強固なMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を浸透させた熱い経営理論、熱量の高いファンコミュニティ……。
 しかし、実際に取材をしてみると、こちらが用意していた仮説は何度も裏切られ続けました。例えば、SNS運用には何とKPIがない。社内でモメンタム(勢い)を生み出すような熱量を高めるコミュニケーションもしないといったような。

 この書籍の元となった連載企画は、「日経クロストレンド」というマーケティングやイノベーションを取り扱うウェブ媒体にあります。私もこの媒体で長く記者・編集者として、いろいろな企業や事例を取材してきました。
 同連載の取材では、その知識や経験を基に、「うまくいっているのだから独自の手法があるはず」「きっとこういったHOWがうまく機能しているだろう」などと、業界の常識なども踏まえつつ、答えを聞き出そうとしました。ですが、あらかじめ考えていた仮説は取材中にあえなく崩壊。あてが外れてあたふたすることもよくありました。

 実際、見えてきたのは、施策ではなく姿勢であり、手法ではなく意思決定の基準であり、そして「自分たちらしさ」を貫くための作法のようなものでした。単なる「HOW」を聞いても、答えが出てこないわけです。

 クラシコムのやり方を、そのまま真似すれば誰もがうまくいくわけではないでしょう。「KPIを目的化しない」「バズを狙わない」「熱狂させない」「囲い込まない」。こうした表面的な特徴だけを取り出して実行しても、ワークしないどころか、ただの無策にすらなり得ます。重要なのは、何をしないかではなく、なぜそれをしないのかです。

 クラシコムは、自分たちの違和感に正面から向き合い、それを言葉にし、仕組みにし、形にしてきました。それは、商品やコンテンツ、採用、組織、他社との関係にまですべてにつながっています。本書では、約4年にわたる追跡取材とそれを基にした日経クロストレンドの連載を再構成し、そのプロセスとそこに至った思考の変遷を見ていきます。

  • 毎月の数字を追いながら、「このままで本当に顧客との関係は深まっているのか」と疑問に感じているビジネスパーソン。
  • 顧客との関係を、もっと健やかにつくりたいマーケター。
  • 立派なミッションやバリューが掲げられているのに、日々の判断にはほとんど使われていないことにもやもやを感じている企業人。
  • ブランドやコンテンツを、長く続くものとして育てたいマネージャー。
  • 一貫した「らしさ」をつくり切れず、自社らしい成長の仕方を探している経営者。

 そうした人にとって、クラシコムの歩みは、自分たちの正解を考えるための手掛かりになるはずです。繰り返しになりますが、今すぐに課題を解答できる“正解”を発見できる書籍ではありません。

 SNS前提社会は、アテンションを取り合う社会です。生成AIの一般化によって、コンテンツを効率的かつ大量に生み出せ、マーケティング施策を高速にそして大量に打つことも可能になりつつある中、アテンションの奪い合いはますます加速するはず。ですが、顧客の時間を奪い合うことに、企業も生活者自身も疲れ始めています。

 さらに、生活者が当たり前のようにAIを使う時代、企業が発信する情報と実態のズレは、以前よりも簡単に、そして瞬時に見抜かれるようになります。求められるのは、誰から見ても、どこから見ても“同じ顔”であること。それぞれにそれぞれの場面で“いい顔”を見せたとしても、一貫性がなければもはや通用しません。

 クラシコムは、そんな時代の新しい企業・ブランドの在り方、成長の仕方を、ずっと以前から愚直に続けてきました。
 本書では、クラシコムが「自分たち」「働く仲間」「お客さま」「他企業」「パブリック(社会)」という5つの相手とそれぞれどう向き合ってきたのか、「20年間、全方位に“同じ顔”で向き合い続けた軌跡」を、取材の記録として辿っていきます。

 そもそもこの書籍の元となった連載企画は、私が日々感じていた、仕事や生き方などのスタンスに対するもやもやから始まったものです。
 ビジネスにきれいごとはどれくらい持ち込んでいいのか、どれくらい正直に生きればいいのか、そもそも仕事は何のためにするのか、売ることは正義なのか、マーケティングは誰のためにあるのか──。4年にわたる取材は驚きと発見の連続。いまだ消化し切れていないこともありますが、自分なりの“答え”も見えてきました。ぜひ、あなたなりの“答え”を発見してもらえると幸いです。

 (日経クロストレンド副編集長 森岡大地)

【目次】

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