その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は荒幡克己さんの『 令和米騒動 日本農政失敗の本質 』。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
令和6(2024)年8月に、スーパーの店頭の棚から米がなくなる、という事態が発生。米価はその後高騰し、米需給は大混乱の事態となった。「令和の米騒動」とも揶揄されるこの事件はその後、令和7年3月以降、政府備蓄米の放出という緊急措置が講じられているものの、令和7年8月末現在、事態が収拾するきざしは見えてこない。
本書は、米生産、消費、政策に関して、これまで研究を重ねてきた専門家としての筆者の立場から、この事態の背景にある米をめぐる諸情勢を客観的に、かつ定量的に分析し、関連する情報を整理し正確に伝えようとする試みである。
事態がまだ収まっていないなかでの執筆は、やや時期尚早の感もあろう。しかし、その歴史的評価は、事態が収まってから後に、別の論者によって下されるのを待つとして、今何が起こっているのかを正確に理解しておくことは、消費者、生産者、流通関係者、さらには政策立案関係者等にとっても、不可欠であると考える。これが、今の時点で、筆者が本書の執筆にあえて踏み切った理由である。
本書の執筆に当たって心がけたのは、次の四点である。
第一に、米が国民の食生活にとって不可欠なものであるだけに、今回の事態の議論において、かなり情緒的な側面がにじみ出ている場面も多く見られる。しかし、冷静な対応が必要である。しばしば交わされる議論を傍らから見ると、それぞれの主張が定性的なものに留まるため、議論がかみ合わないことが多い。こうしたなかで、研究者の役割は、冷静に議論するための素材を提供することにある。本書では、極力数字を挙げて、定量的な分析結果を提示するように心がけた。
第二に、同様の観点から、今後の政策提案などに関しても、複数の見解を紹介して、その利害得失を比較できるようにした。政策は、最終的には、当局によって決定される。場面によっては、苦渋の政治決断も必要となろう。しかし、研究者の役割、そして本書の役割は、その素材を提供することにある。特定の政策を過度に扇動し、または全否定するようなことは避けるべきである。どんな政策手段にも弱点があり、また失敗した政策手段でも、意外な長所がある。場面に応じて、政策の選択肢の利害得失を冷静に論ずることとした。
第三に、米産地の動向などについては、「現場主義」を貫くこととし、各地の事例を交えつつ記述していくように努めた。机上の空論を排する姿勢である。筆者は、都市部を除く全国の米産地、40県弱を調査し、1年20県弱、2年で一巡する現地調査を約20年にわたり続けてきた。県庁、県農協中央会、全農県本部を訪問した後に、市町村、単位農協を紹介していただき、日を改めて2回目に再訪する方式である。現場の声を随所に反映するよう心がけた。
第四に、空間軸を広く取って、国際的な比較を交えた議論となるように心がけた。例えば、日本の稲作の面積当たり収量は、減反開始前の世界3位から、今や15位に後退した。日本は「瑞穂の国」で稲作適地、国土は狭いがその稲作技術は世界一、という思い込みは、危うい認識である。
アメリカはもちろんのこと、中国、韓国よりも収量は低い。そして、進歩のスピードたるや、アメリカ、中国ともに毎年4kg/10a、15年で一俵(60kg)増収になる。このままでは、日本は世界の稲作進歩から取り残されてしまう。世界の稲作を見て議論を進める必要がある。
それではここで、本書を構成する三つの章について、その執筆の狙いと概略をあらかじめ示しておく。
第1章では、今次の米騒動に関して、その要素を分解して考え、「人災」としての要素と「天災」としての要素とを数量的に解析する。
今次の米騒動に関しては、世論は、政府の責任を問う声が強い。確かにそれは、「人災」としての要素がある。しかし、その陰で忘れがちなこととして、高温障害による2年連続の実質的な不作がある。この事実を無視して、人災面だけを強調すると、本質を見誤る。
今次の米騒動の要因は、「天災的要素」と「人災的要素」が混じっている。さらに言えば、その人災的要素のなかには、需給計画上の引き締めという「政策判断」として捉えるべき要素もあるが、その一方で、筆者を含めた農業経済学者も予想できなかった、米消費構造の変容などがあり、その経済的予測の不備という要素もある。
なお、この区別は、今次の米不足の天災的要素を明確化することで残りの人災的要素を軽くする、というような意図ではない。むしろ、両者を数値的に峻別せずに、この天災という要素が不明瞭なまま、今次の米不足問題を論ずることの、議論の危うさを指摘するのが意図である。米政策を論ずる研究者としては、天災、人災の峻別と、その数値的把握を提示することの責務を感ずる。
第2章では、産地の動向を紹介しつつ、米生産の現在地、将来展望を明らかにする。筆者は、毎年、全国の米産地の現地調査を行ってきた。本章は、その成果の一端を紹介するものである。
この現地調査で筆者が感じるのは、米産地の「東西格差」であり、その格差が年々拡大していることである。
近畿以西の西日本の読者であれば、生産者でなくとも比較的身近で、担い手が高齢化して荒れ果てた休耕田などを目の当たりにする。「やはり日本は構造的な米不足だ。減反どころではない。大至急米増産だ」という見方が、ごく自然と出てくる。
しかし、関東以北の米主産地であれば、豊かに実った稲穂が連綿と続く水田を、消費者も目にしている。そして、生産者であれば、令和5年までは、役場からの通知には、米価暴落を防ぐため、生産抑制の数値制限が明記されていたことを思い出す。大増産が緊急を要するという意見には、「また過剰が再燃したらどうするのか」と思う。
結論を先取りして言えば、どちらも正しい。しかし、どちらか一方の産地事情だけで論ずると、本質を見誤る。合計数値としての日本の稲作は、まだ60万~70万tの増産余力がある。しかし、10年後は、西日本の方々が危惧する構造的な不足に陥る恐れもある。第2章は、これについて詳細に論ずる。
また、第2章では、時間軸を長く取って、近世末までさかのぼった水田比率などの分析、空間軸を広く取った世界稲作の動きも紹介する。
第3章では、政策ごとに、数値を上げつつ具体的な説明を試みる。対象として、「米生産調整(減反)政策」「米への直接支払」「米輸出」を取り上げる。これらはいずれも、5~10年程度を見越した、いわば中期的政策である。さらに優先的に取り組むべき長期的な課題である「高温対策」についても触れる。
ところで、もし、米政策全体を体系的に取り上げよう、ということであれば、この他に、短期的政策としての備蓄制度などの在り方を論ずる必要がある。また一方、長期的政策として、担い手の確保等「人」の問題、大区画化等「農地」の問題なども論ずる必要がある。
しかし、本書では、紙幅の制約もあり、中期的政策に焦点を当てて論ずることとした。長期的政策や短期的政策のこれらのテーマの重要性は、筆者もよく認識しているところであるが、その分析、考察作業と論考の取りまとめについては簡単ではなく、さらなる時間を要する。他日を期することとしたい。
なお、この第3章に関しては、農政を扱う記述部分であることから、現下で進行中の農政との関係にも触れておく必要があろう。
現在、米をめぐる農政では、備蓄米の放出をはじめとして、小泉進次郎農林水産大臣の下、農政改革が進行中である。そのなかには、所要の成果を上げつつある分野もある。
本書は、今後のさらなる成果を見守りつつ、その検討の素材を提供する、という姿勢から、農政を論じていくこととしたい。その政策が持つ複数の側面について、異なる角度から、それぞれのプラス面とマイナス面を、数値を挙げつつ客観的に分析していきたい。
最後に、本書の執筆に関しては、多くの方々のお世話になった。特に、第2章の産地の動向に関する記述は、過去二十数年に及ぶ現地調査の成果であり、道府県庁の担当者、市町村の担当者、農協の営農指導員等、さらには担い手農家の方など、実に多くの方々にお世話になった。それは、現役のみならず、OBの方を含む。
これらの方々に、現地を案内していただき、また過去にさかのぼって貴重な体験談などをお聞きした。あまりにも多くの方であることから、個人名を挙げての御礼は省略させていただくが、感謝の気持ちは、この場を借りて是非ともお伝えしたい。
原稿自体に対するコメントについては、時間的な制約もあり多数、多方面の方からいただくという訳にはいかなかったが、日本農業研究所の生源寺眞一研究員(元食料・農業・農村政策審議会会長、元東京大学農学部長、元福島大学食農学類長)には、御多忙のなかを、これまでの農政の議論にも携わってこられた経験をもとに、幅広い識見を生かした有益、かつバランスのとれた御助言を多数いただいた。記して、感謝の意を表したい。
また日経BPの堀口祐介氏には、校正その他で大変お世話になった。テーマの性格からして、比較的短期間で仕上げることを要したが、それが実現できたのも、氏のお陰である。謝意を表したい。
2025年8月
荒 幡 克 己
【目次】


