その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は木場猛さん、佐々木裕子さんの『 仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書 』です。

【はじめに】介護の始まり

 想像してみてください。
 ある日、仕事中のあなたに電話がかかってきます。出てみると、それは病院からの電話でした。
「あなたのお母さんが転倒し、けがをして救急搬送されました。すぐに病院に来てください」
 急いで駆け付けると、母親は骨折しており、しばらくは介護や何らかの世話が必要な状態です。
 ここで問題です。その日から、介護のプロに会って安定的な介護体制を築き、自分の手を離れるまで何日くらいかかって、そのうちどれくらい仕事を休むことになるでしょうか。実はその答えは、あなたの介護リテラシーによって大きく変わってくるのです。シミュレーションしてみましょう。

介護リテラシーがなかった場合

 母親は転倒して骨折しており全治2週間、しばらく入院が必要です。検査の結果、他に病気は見つかりませんでした。骨折が治れば普通の生活に戻れると考え、家族でしばらく看病をすることにしました。
 骨折くらいでは介護保険の申請はできないだろうと判断し、家族で世話をし始めます。
 2週間の入院の後、自宅で安静にすることになり、40日間ほど看病しているうちに、安静にしていた母親の筋力が落ちてしまい、骨折は治ったものの元の生活には戻れなくなりました。

 これは決して珍しいケースではありません。全治2週間という診断でしたが、若い人なら回復してまた元気に歩けるようになるところ、高齢者は元通りに歩けるようにならない可能性が高いのです。このまま何年も家族で介護するということもあり、私の知っているケースでは、骨折した親を看病し始めて、「なかなか治らないな」と思いながら家族での介護に移行しました。その人は仕事も辞めて、おむつ交換なども必要になった時点で限界が来て、初めて介護保険の要介護認定の申請をしました。
 他にも、8年間家族で介護を続けた後、ようやく介護サービスに出合ったという人もいました。仕事を辞めて介護していた50代のその女性は、ご近所づきあいもそれほどなく、家から離れられないので友人と会うのも年に1回くらい。生活範囲も狭まり、接点のあるのは介護関係者ばかりだったので、親が亡くなると誰とも会わなくなってしまいました。介護中心の生活になっていた彼女が最後に「私はこれからどうしたらいいのでしょう」とつぶやいた言葉が印象的でした。

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 親の介護のために自分の生活が小さくなり、他の人との関係も途切れてしまう。それを数年続けると正常な状態に戻すのはとても難しい。介護者は40代、50代が多いですから、そこから新しい人間関係を広げるのも大変です。そのままその人が介護される側になってしまうケースをいくつも見ました。
 親のことを思って、「世話をしてあげたい」という気持ちからスタートしていたのに、数年間で自分の人生を失ってしまい、結果として親を恨むようなことになるのはとても残念です。

リテラシーが中途半端な場合

 では、「介護保険を使えることは知っている」という場合はどうでしょう。図2を見てください。介護保険の申請をしようとしたところ介護保険証が見つからず、再発行を申請。要介護認定申請のためにかかりつけ医の署名が必要なので、保険証の再発行を待つ間に予約を入れて署名をもらいます。そもそも介護保険の申請をしてから認定が下りるまで30日かかります。ようやく認定が下りたらケアマネジャー(以下、ケアマネ)を探します。ケアマネがケアプラン(介護サービス計画)を作成、ヘルパーを手配、介護体制を調整するのに数日かかるので、順当に手続きをすれば45日ほどかかります。その間、家族で介護をする必要があるので、場合によっては40日間休みを取ることになる可能性があります。

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高い介護リテラシーがある場合

 では、介護保険制度についてよく知っている場合はどうでしょうか。介護保険の申請は自力でするのではなく、「地域包括支援センター」に相談して手続きから代わりにやってもらいます。そして、介護保険は申請日までさかのぼって適用されるので、要介護認定が下りるのを待たずに、暫定で介護保険適用サービスを使うことができます。必要であればすぐにケアマネを決めて暫定的なケアプランを作り、介護の体制を組んで数日後には介護サービスを利用し始めることができます。状況によって、介護体制が立ち上がるまでの数日間だけ介護休業もしくは有給休暇を取って、また仕事に復帰することは可能です。

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 このように、いきなりやってくる介護に対して、知識の差によって仕事を休む日数や仕事に与える影響に差が出ます。私が知っている最短の事例は、日ごろ介護保険を使わずに家族で介護をしていた人ですが、介護者自身が骨折して入院、親の世話をする人がいなくなってしまいました。親を一人で家に残せないと地域包括支援センターに電話で相談したところ、すぐにケアマネを手配して介護保険申請を代行してもらうことができ、当日の夕方には介護ヘルパーが訪問したというケースです。介護者が入院するという緊急事態だからこそのスピード対応でしたが、数日あれば介護体制を整えることは不可能ではありません。
 リテラシーの有無によって、初動の負担が大きく変わり、これだけの差がつくことが仕事と介護の両立のリアルだということを覚えておいてください。
 私自身、大学在学中から20年以上にわたって介護の現場で働き、多くのビジネスパーソンの仕事と介護の両立に関する課題に向き合ってきました。それらの経験の中から得た知識や情報を、介護の必要がない期間をできるだけ長くするために、また介護が始まっても、できるだけそれまで通りの生活を続けられるために、皆さんにお伝えしたいと考えています。

 もはや介護は一人で抱え込むものではありません。制度やサービスをうまく利用して負担を減らすことは、介護者であるあなたと介護を受ける本人の双方にメリットがあります。介護が始まっても働き続けることを諦めないために、この本で一緒に学んでいきましょう。

リクシスCCO(チーフ・ケア・オフィサー)、介護福祉士  木場 猛


【目次】

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