その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は川内潤さん、山中浩之さんの 『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』 です。
はじめに ~「親不孝介護」のススメ
さぞかし迷われたと思います。よくぞ、この本を開いてくれました!
いや、ぜひその勇気を称えさせてください。「介護」という文字が入っているだけで、目をそらしたくなるのが人の素直な気持ちというものです。あなたがどんな方かは存じ上げませんが、おそらく「介護について考え始めた瞬間に、現実に向き合わねばならなくなる。嫌だなあ」と、お感じなのではないでしょうか。
すっごくよく分かります。
なぜなら、私がそうだったからです。
一人っ子で東京で家族と暮らし、母親はもう80歳、新潟で独居中。帰省のたびに「母さんも、年取ったな」と思うけれど、まだなんとか1人で暮らしていけそう。何かが起きる前に、介護の仕組みとか認知症とか、勉強しておいたほうがいいんだろうけれど、仕事が忙しいし、家族も大事だし、まあ、そのうちに……。
もしかしたらあなたも、こんな感じなのではありませんか?
あるいは、親御さんの介護を始めたけれど、親を助けるつもりが、つい、きつい言葉ばかり出てしまい「どうして自分はこんな親不孝をしてしまうんだ」と、ご自身を責めている。そこで「親不孝介護」という言葉が、目にとまったのかもしれません。
この本は、「いずれは親の介護と向き合うことになりそうだけれど、細かい話はともかく、どう考えてやっていけばいいんだろう」という方、そして「介護を始めたら、自分が親に冷たくしてしまうことに驚き、悩んでいる」方、その両方に向けた内容を、私(山中、編集Y)の実体験を通してお話ししていきます。
サンプルは私、そしてたくさんの会社員たち
育ててもらった恩もある。心から感謝している。そんな親が年を取って衰えたら、手取り足取り、そばにいて面倒を見てあげたい。そう考えている人が世の中の大多数でしょう。私もそうでした。そう思っている人にとって「親不孝介護」という言葉は、きっとネガティブに響いたと思います。介護イコール、究極の親孝行であるべきでは? そんなふうに感じられたかもしれません。
露悪的な言葉を使ったのは、もちろん、人の目にとまりたいということもありますが、それだけではありません。
親の介護が「辛(つら)く苦しい」ものだと感じられ、現実に多くの方が悩んでいるのはまさに、
「介護=親のそばにいる=親孝行」
という、強固なイメージがあるからなのです。
これを打ち破るだけで、介護はグッと楽になるのですが、親と適切な距離を取ること、近づきすぎないようにすることは、「そばにいる=親孝行」のイメージがあるためとても難しい。そこで、「距離感」を忘れずにいるために、「親不孝介護」という言葉を作りました。
適切な距離を取ることができれば、親の介護のストレスは激減します。自分の5年間の体験がその証拠です。遠距離、独居の親の介護が「えっ、こんなもん?」で済むこともあるんです。
「おいおい、サンプル数1かよ」と思われるでしょうが、私に「親不孝介護」を教えてくれたこの本の共著者、NPO法人となりのかいご代表・川内潤さんは、主なところだけでも、電通、テルモ、ブリヂストン、大日本印刷、日鉄ソリューションズ、コマツ、オリンパスマーケティングなどを始めとする企業で、2017年からのべ1743件の従業員の介護相談を行い、その経験をもって「親の介護は、いわゆる『親孝行』のイメージとは逆のやり方で行うべきだ」という考えに至りました。そして、どの企業でも「川内さんのアドバイスに救われた」という声が上がっています。決して、小さな事例で全体を語る、というよくある体の本ではありません。
この本の構成は、まず私の母親の介護の体験記という具体例をお見せして、その体験を川内さんと振り返り、どんなロジックが状況を変えていったのかを説明することで、どなたでも役立つように汎用化し、最後に各章にまとめ、という構成になっています。最初は「親の面倒を見なければ」との思いで悪戦苦闘していた私が、「親不孝介護」の考え方に触れて、どんどん楽になっていく様子が、お分かりいただけると思います。
ちなみに、私が「介護」に向き合ったきっかけは、本文の冒頭でも改めて触れますが、「仕事」です。科学ジャーナリストの松浦晋也さんによるお母様の介護体験記 『母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記』 の編集を担当した際に、自分では見たくも知りたくもなかった「介護」について強制的に触れることになり、「うちの親ってどうなんだろう?」と怖くなって、おそるおそる新潟に帰ってみたら、やっぱり……という話です。
仕事を通して親の介護に早い段階から向き合えた私は、とてつもなくラッキーでした。
たくさんの幸運に恵まれ、今、母も私もおだやかに過ごせている。この状況に導いてくれた「親不孝介護」を、一人で抱えているのはもったいない。自分の経験を、川内さんの考え方を、一人でも多くの方と共有して、役に立ててほしい。
と、ずっと願っていたことをこうしてようやく本にできたのですが、いくらタイトル、カバー、宣伝に工夫を凝らしても、やはり、「現実と向き合ってみよう」という決意がある方にしか結局は届かないのです。本当によくこの本を手に取ってくださいました。その勇気に応えられる中身になっているようにと、祈るばかりです。
きっかけをくださった松浦晋也さん、本書の基になったウェブ連載を担当してくださったライターの岡崎杏里さん、そして私の母を始め、働く人々の親の日常を支えてくださっている介護・医療関係者の方々に、心から感謝します。
編集Y(山中浩之)
【目次】