内容紹介
認知症の老齢者が入居する介護施設「グループホーム」とはどんなところか、ご存じだろうか。自宅介護2年半の壮絶な体験を綴った『母さん、ごめん。』の続編は、グループホームに入居した母とのその後の体験記。「あとはホームに任せて……」とはいかなかった。母の怪我、入院、そして、恋?! 50代独身男の介護生活はまだまだ続く。
多くの人がいずれ親を預ける「グループホーム」の予想外だらけの実体験を、子どもの側から、科学ジャーナリストの冷静かつヒューマンな視点で描く。どこにもなかった、本当に役に立つ「介護」の本。一読すればいざという時に、「今、何が起きているのか、自分は何をするべきか」を、落ち着いて判断することができる。その日が来る前にぜひ一読を。
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前著『母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記』で私は、母の認知症発症からグループホーム入居までの2年半について書いた。自宅介護2年半の末、精神的に追い詰められた私が暴力沙汰を起こしたことがきっかけとなり、17年1月に母を認知症老人を介護する「グループホーム」という施設に入居させた。
本書はその続きで、グループホーム入居後の5年間についての記録だ。
ところで、グループホームという施設について、どの程度ご存じだろう。
あなたが今住んでいるのがどこであれ、自宅から一番近くの繁華街に行き、そこから自宅まで移動したとする。あなたはその道すがら、かなりの確率で認知症の高齢者たちが住むグループホームのすぐそばを通過している。「目に入らなかった」と思う方は、インターネットの地図ページを開いて「自分の住む市町村名」と「認知症」「グループホーム」で検索してみよう。おそらく「ええっ、こんなところにあるの」と思うぐらい身近に立地しているはずだ。
私がこのことに気が付いたのは5年前、認知症が進行した母を入居させる施設を探してあちこち見学して回っている時だった。見学先のグループホームのひとつが、自分の家のすぐ近くにあったのだ。それこそ毎日前を通っているところにあったのに、見学を申し込むまではグループホームであると気が付かなかった。
実際、人間というものは、自分に直接関係ない事物は見ていても見えてはいないものだ。それはもう、呆れるぐらい見えていない。いよいよせっぱ詰まって、母を施設に入居させるか、という段になってやっと、近所のグループホームが自分にも見えるようになったのだ。
まるで魔法のようだった。私には、それまでおとぎばなしに出てくる「見えなくなる頭巾」を被っていたホームが、さっと頭巾を脱いだかのように思われた。
だから、身近に施設に入居した認知症の親族のいない方は、グループホームと言われても「何、それ?」と思うだろう。ごく曖昧な老人ホームの印象しか持ち合わせていなくても、それは当たり前だ。
目の前にある。目の前にいる。しかし、多くの人の日常生活にとって、それは透明な存在であらためて意識することはない――それがグループホームであり、そこで介護を受けて過ごす母のような認知症を患う方々であり、そこで働くスタッフの方々の現状なのだろう。
徐々に、しかし確実に、家庭において家族の手で介護することが困難になる。そうなれば特別養護老人ホームやグループホームのような、施設に入居させてプロの介護職による介護に委ねるしかない。
私はそこではじめて、「認知症老人が人生最後の日々を過ごす社会的機能を持つ施設」としてのグループホームに向き合うことになった。それまで視界にも入っていなかった社会施設が、海面に姿をあらわす潜水艦のように自分の目の前に浮上してきた。
老親介護が大きな社会問題となっている今でも、多くの人にとって介護は「見ていても見えていない」のだと思う。しかし親と縁が薄い人はいても、親がいないという人は存在しない。今は見えていなくても、突如としていやおうなしに「見えてしまう」時が来るかもしれない。
その時、この本を読んだあなたが、あわてることなく「ああ、知っている」と思えることを、願っている。(本書「はじめに」より抜粋)
≪目次≫
「俺は母をだまし討ちにしたのか?」ホームに入れた罪悪感に苦しむ
グループホームは母の2度目の“独り立ち”
ホームの食事に「まずーい」 グルメな母をどうしよう
なんと入居5カ月で入院 母はホームに戻れるのか?
「公助が第一。自助努力は本人の自由」 これが介護のあるべき姿
「家に帰る」という認知症の入居者 スタッフはどう導くのか
母、83歳にして恋をする
「Sさんがね、結婚しようと言ってくれたの」
妄想が暴力を呼ぶ スタッフにケガをさせてしまった母
転倒して骨折、再び入院。 母の「受苦」は続く、と思っていたら……
今度は自分がバイクで事故に おまけに相手は無保険だった
よくないことは連鎖する 弱者には「作戦」が必要だ
さらば愛しのロンロン
「してあげたいこと」は今すぐに 母に運び続けた鰻重
まるで難破船のような母 “いかだ”となったプリンとラコール
心臓に入り込んだ死神 「いつ急変が」でストレスに
「そろそろ看取りの準備を」 遺影探しに手を付ける
真夏の湘南 母、一時帰宅を果たす
「あんた、誰?」 ついに来た、母に忘れられる日
ホームに響く歌声に / 母は「なつかしい」とつぶやいた
「そこまでして老人を介護するべきか」を考える
嫁と姑、母と祖母