その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は秋山光人さんの 『悲劇の宰相 安倍晋三―清和会の血脈』 です。
【はじめに】
2022年9月27日。吉田茂以来、戦後二人目となる安倍晋三元首相の「国葬儀」がしめやかに営まれた。海外からも多数の首脳が弔問に訪れ、長期政権の豊富な人脈を印象付けた。
安倍晋三は7月8日、参院選遊説先の奈良県大和西大寺駅前で銃撃され、死去した。挫折を経て首相の在職日数で二期通算3188日の歴代最長記録を残した有力政治家が、民主主義の根幹である選挙の最中に白昼、多数の聴衆の前で暗殺されるといった前代未聞の凶悪事件が起きた。パンデミック、テロ、武力による現状変更、途上国の貧困・飢餓、環境破壊、気候変動、核戦争の脅威など地球レベルの社会不安が広がる。国内でも経済格差と分断が顕著となる反面、安全神話に寄りかかった危機意識の欠如は否めない。
「強い日本を取り戻そう」とした安倍晋三は経済や外交・安全保障政策で一時代を築き、国際的に評価された希有の政治家であった。2022年7月参院選で岸田自民党は大勝、自由と民主主義を守るため一身を賭した安倍は日本国の柱石となった。安倍は在任中なし得なかった憲法改正、北朝鮮拉致被害者の全員救出、北方領土問題の解決といった歴史的課題に影響力を行使しようとした矢先に凶弾に倒れた。その意味で安倍晋三は経済政策「アベノミクス」、外交・安全保障政策「開かれたインド太平洋」で後生に名を残したが、自ら掲げた「戦後レジームからの脱却」では未完の宰相である。
安倍晋三は2021年11月11日、今や100人近くの議員を抱える自民党最大派閥「清和会」の第10代会長に就任した。岸田文雄政権が誕生した先の自民党総裁選でも安倍派の動向が焦点となった。安倍の死去で岸田政権を支える党内基盤にヒビが入った。引き続き清和会が政局の主導権を握るには、派内の結束を保つ必要がある。当面、ベテラン議員を中心に集団指導でしのぐが、誰が安倍の志と清和会を引き継ぐのか、はたまた内部抗争で分裂するのか。永田町や霞ヶ関の関係者は目をこらしている。
ロシアのウクライナ侵攻で国際秩序は大きく揺らぎ、中国・ロシア・北朝鮮の専制体制国家に3正面で向き合う日本の安全保障環境は一段と厳しくなった。「新冷戦」下の日本の針路を定める政権与党の中核がいかに形成されたか。本書は、政治改革に逆行する「派閥」を必ずしも是認するものではないが、政局を左右する与党の政治集団にスポットを当て、考察した。政権をめぐる派閥抗争の歴史、歴代領袖の素顔を描き、今なお「清和会」に隠然たる影響力を持つ森喜朗元首相のインタビューも併せ、巨大政策集団の実像に迫った。「清和会」の動向は「今、そこにある危機」の日本政治を分析する上で欠かせない。
また本書は、清和会創始者の福田赳夫から派閥を引き継いだ第2代会長安倍晋太郎と、晋三親子二代の物語でもある。晋三は著者に「30年ぶりに安倍派が復活しました」と思い入れを語った。晋三はまた、憲法改正を悲願とし、日米安保条約改定に政治生命をかけた母方の祖父、岸信介元首相のDNAも受け継いだ。清和会のプリンスと言われ、対露外交に執念を燃やし、首相の座を目前に病に倒れた晋太郎と、凶弾に倒れた晋三の享年は奇しくも同じ67歳。本書は親子鷹へのオマージュと、悲劇に彩られた「世界のシンゾー」への追悼の詞としたい。
なお、本書に登場する皆様の敬称は省略致しました。お許し下さい。
2022年9月 秋山光人
【目次】