その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は三谷宏治さんの『 ビジネスモデル全史〔完全版〕(日経ビジネス人文庫) 』です。
【はじめに】
『ビジネスモデル全史』というこの本の書名には、2つの意味が隠れています。
ひとつ目は「ビジネスモデル」の「ビジネス用語・経営戦略用語」としての歴史です。
このちょっと野暮(やぼ)でものすごく曖昧(あいまい)なビジネス用語は、これまで数奇(すうき)な運命を辿(たど)ってきました。無視されたり、ほめられたり、貶(けな)されたり、そして、尊敬されたり。
3期に分けられる01そのビジネス用語としての歴史を、まずはざっと見てみましょう。
1期は、はるか昔から1990年頃までです。
ビジネスモデルというコンセプトや言葉は存在していたものの、大して見向きもされず、ときどき使われるくらいの言葉でした。本当はそれによって多くのイノベーション(革新)が生まれていたというのに。
しかし2期、1991年頃から2001年まででいきなりの絶頂を迎えます。「ネットビジネス02の説明」用として。
1990年代中盤、インターネットの急激な普及によってネットビジネスが勃興(ぼっこう)します。93年にはブラウザーのモザイク03が発明・公開され、アマゾン、ヤフーが創業します。98年にはそういった仕組み自体が特許化(Pricelineの逆オークション方式)もされ、あらゆる起業家や投資家、経営者やメディアがその言葉を使い学者たちも追随(ついずい)しました。
だからこそ2001年のネットバブル(ドットコム・バブル)崩壊で、「ビジネスモデル」という言葉は陳腐(ちんぷ)化し、消えてなくなるはずでした。他の経営流行語04のように。
でも、「ビジネスモデル」は見事に復活を遂げました。2つの新しい使い途(みち)が分かったからです。
ひとつは「競争優位の持続性」への回答として、もう1つは「イノベーションの起こし方」への回答として。いずれも21世紀の経営戦略論が抱える最大テーマであり、「ビジネスモデル」は2002年以降、3期として2度目の絶頂期を迎えています。
03 1994年4月設立のMosaic は、Netscape に変わり1995年8月に上場。時価総額はいきなり20億ドルになった。
04 1990年末、NECはTV CMに田原俊彦を起用し「社長!隣もSISを入れました。当社もSISです!」と叫ばせオフコンを売りまくった。SISはStrategic Information Systemの略。
『ビジネスモデル全史』という書名のもうひとつの意味は、(この本の定義でいうところの)ビジネスモデル革新(イノベーション)の歴史です。歴史上、どんな大きなビジネスモデルが存在し、そしてそれはどこでどうやって生まれてきたのかを、概観したいと思っています(序章、第2~5章)。
こちらは「用語の歴史」よりも遥(はる)かに、対象が広くて深くて複雑です。ただ幸いなことに、ビジネスはどんなものであっても、ビジネスモデルとして記述できます。ビジネスとは結局、
・誰かに対してある価値を、企業能力05を駆使して提供し、収益を得るもの
なので、その要素の組み合わせ(セット)が「ビジネスモデル」となるわけです。すべての強い企業は、その独自のビジネスモデルを持っています。
しかしながら、この本に書かれているのはそういった「勝ち残った企業」ではありません。取り上げるのは「革新的なビジネスモデル」であり、それを生み出した「先駆的企業」です。
「収益」面でいえば、「替え刃モデル」はジレットが生み、「広告モデル」はCBSがつくり上げました。「価値(バリュー)」「企業能力(ケイパビリティ)」面では、高級品が何でもある「百貨店モデル」はメイシーズなどが生み、同じ形態の店がいっぱいある「チェーンストア・モデル」はA&Pがつくり上げました。
先駆者がそのまま勝者で居続けることもあるでしょうが、多くの場合はそうではなく、成功と失敗を繰り返しています。ジレットは本体と替え刃をつなぐジョイント部分に注力することで収益モデルを維持し続けましたが、A&Pは競争の中で差別性を失い、2010年に破綻(はたん)してしまいました。
われらホモ・サピエンスは、考え、試し、分業する生き物である
人類は数百万年前にアフリカで生まれ、以来、3度の断絶的進化を経てわれわれ現生人類(ホモ・サピエンス)に辿(たど)りつきました。ホモ・サピエンスは1世代前のネアンデルタール人とヨーロッパ大陸で数万年の間、共存しました。
しかし、2.5万年前、ネアンデルタール人は滅び、ホモ・サピエンスは生き残りました。2者の生死(絶滅か否か)を分けた差は、いったいなんだったのでしょうか?06
未だ諸説ありますが、有力な2説が「分業」と「試行錯誤」です。
- ネアンデルタール人は分業をあまりせず、老若男女が等しく狩りに出、大きなケガも負った。環境が厳しくなると子どもを育てることが困難になる。
- ネアンデルタール人は試行錯誤をあまりせず、それまでの経験や知識(ムステリアン文化など)をしっかり守った。環境変化が激しいとそれに追いつけなくなる。
ホモ・サピエンスは分業し子どもを守り生産性を上げ、試行錯誤して新しい道具をつくり続けることによって、もっとも急激な気候変動を生き残りました。
われわれは、元来そういう生き物なのです。
技術進化がビジネスモデル革新を加速する
現代においてヒトに革新を迫っているのは、明らかに技術進化07でしょう。
ライト兄弟による飛行機の発明(1903)から550人乗りの旅客機B747就航(1969)までたった66年でした。モトローラが商用携帯電話を上市(じょうし)(1983)してからアップル iPhone(アイフォン)(2007)までは20年ちょっとに過ぎません。そのスマートフォンの性能は、2014年には初代スーパーコンピュータを凌駕(りょうが)し、今や年12億台が出荷されています。
囲碁(いご)ソフトがプロ棋士に勝てるまであと50年かかると言われていたのは2010年のことでした。実際にはグーグルのつくったAI「アルファ碁(ご)」(2015)が、誕生からたった2年で日中韓のトッププロに完勝し、ヒトの理解の及ばない「神の領域」にまで登り詰めました。
18年秋にグーグルが発表した自然言語処理AI「BERT(バート)」が発端(ほったん)となり、19~20年に文章生成AIである「GPT08-2」「GPT-3」が、22年09には対話型の「ChatGPT(チャット・ジーピーティー)」がOpenAI10により公開され、世界を驚かせました。いずれも人間の域に迫っているものとして社会を大きく揺るがしています。
インターネットも政治や経済の激動を横目に普及を続け、いまや世界人口の66%、54億人に拡がっています。そこで流れる情報量は年間180ゼタ11バイト(2025推定)。利用者1人当たり3テラバイトに達します。
こういった圧倒的な技術進化が、ヒトの社会的変化を加速します。国も組織も、ビジネスもスキルも。
08 Generative Pre-trained Transformer
09 2022年には生成画像AIであるMidjourneyやStable Diffusionも公開。
10 2015年創業。目的は「人類全体に利益をもたらす形で友好的なAIを普及・発展させること」である。
11 1から1000倍ずつでキロ(K)、メガ(M)、ギガ(G)、テラ(T)、ペタ(P)、エクサ(E)、ゼタ(Z)
革新を想起し実現するのはヒト
イノベーションの舞台はビッグビジネスからスモールビジネスや個人に広がっています。それを支えているのはITクラウドやクラウド・ファンディングといった新しい技術や仕組みだったりします。そこで成功したベンチャーをIT大手が数百・数千億円で買収し、それがまた次のベンチャー立ち上げ資金に回る。21世紀におけるそういったダイナミックなビジネス革新を、第5章では見ていきます。
しかし大きな社会的変化やイノベーションを、AIやスマートフォンが自動的に生み出してくれるわけではありません。商品・サービスを変え、組織を変え、ビジネスを変えていくのはヒトなのです。これからの試行錯誤中心のイノベーション時代において、どんなリーダーシップや組織文化が必要とされるのでしょうか。それが第6章のテーマです。
その後、補章として日本を取り上げています。日本におけるイノベーションは越後屋やキヤノン、ホンダやトヨタだけでなく、現代にも数多く存在します。膨大な「知の余剰」を抱える日本ならではの革新を見ていきましょう。
現実が先行し、理論がそれを追いかけています。
クレイトン・クリステンセン、エイドリアン・スライウォッキー、ジョアン・マグレッタ、クリストフ・ゾット、ラファエル・アミット、ヘンリー・チェスブロウら碩学(せきがく)がその理論的中核であり、ビジネスモデルが本当に「競争優位の持続性」を高めるのか、「イノベーションの源泉」として有意なのかを、ボストン コンサルティング グループ(以下BCG)・アクセンチュアなど多くのコンサルティング会社と競いながら探っています(第1章)。
そしてこれまでのところ、ビジネスモデルはイノベーションの実現やビジネスの持続的競争優位性をうまく説明できているように見えます。なんと素晴らしい(第2~5章)。
ゆえにその最後のチャレンジは、どうやってそれを実現するのか、なのです(第6章)。もちろん都合の良い、簡単な答えは見つからないでしょうけれど。
この本ではぜひ、前に述べた「ビジネスモデル論の3期にわたる変遷」と一緒に、その「先駆者たちの栄枯盛衰のダイナミクス」を、味わってください。紹介するのは、全部で77モデル、210社。150人の起業家や学者、ビジネス・リーダーたちが登場します。
まずは「ビジネスモデル論」の説明の前に、「お金」にまつわる企業・起業家たちの物語からスタートです。トップバッターは、ルネサンス期の芸術家たちを支えた大パトロン、メディチ家12です。
【目次】







