その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は岡田庄生さんの『 プロが教えるアイデア練習帳 』です。

【はじめに】

「アイデア100本ノック」は意味があるのか

 みなさんは、「アイデア100本ノック」という言葉を聞いたことはありますか。普通の大学生を、プロのアイデアマン(ウーマン)に育てる広告会社のアイデア特訓法。それが、アイデア100本ノックです。
 広告会社で働く若手のプランナーやコピーライターは、商品やサービスの広告プランを考えるための社内会議の場に、アイデア案をたくさん考えてくることが求められます。質より量。アイデアのプロになろうと考える若手は、まるで野球の守備練習で100本のノックをヘトヘトになるまで受けるように、100を超えるアイデアをヘトヘトになるまで必死にひねり出し続けます。
 これが、「アイデア100本ノック」の正体です。このような猛特訓を続けることによって、どんな難しい課題に対しても瞬時に新しいアイデアがひねり出せる、企画のプロへと成長していきます。
 しかし、この本は、アイデア100本ノックの方法を教える本ではありません。むしろ、この本を手に取ったあなたがアイデアのプロとして生きていく予定がないのであれば、やらない方がいいとすら思っています。なぜなら、大変効率が悪いからです。では、どうすれば効率的にアイデア発想力が鍛えられるのか。その本題に入る前に、私の入社当時の話をさせてください。
 博報堂に入社した当時、私はアイデアを考えることが得意な人間ではありませんでした。学生時代はコンサルティング会社でインターンをしていたこともあり、どちらかといえばアイデアよりは理詰めで考える方が得意でした。アイデアを考えようにも、1個か2個ぐらいしか思いつきません。ところが、最初に配属されたPR部門では、理屈よりも、メディアが取材したくなるような面白いアイデアをたくさん考えることが求められました。

「アイデア」が仕事でなければ100本ノックはいらない

 今でも覚えているのが、私と、同期入社でPR部門に配属されたもう一人の新人2人で参加した、新しいゲーム機のPRアイデアを持ち寄る社内会議のことです。私は、10案程度のアイデアをひねり出すのがやっと。内容もありきたりのものばかりでした。
 ところが、もう一人の同期は、ゲーム機にタッチパネルが搭載されているという特徴を生かして、子どもが触って遊べる教育アイデアから、触れるグラビアアイドルなどちょっと大人向けのアイデアまで、100案近いアイデアを次々と披露していきました。私のアイデアに対しては無反応だった先輩たちは、同期のアイデアに爆笑の連続。会議が盛り上がるなか、私は敗北感でいっぱいでした。
 その後、私も数を出すことの大事さを先輩から指摘され、アイデア100本ノックを何度も経験したおかげで、今ではアイデアを短時間でたくさん考えられる体質になりました。今なら、あの時の会議で先輩方の爆笑を取る自信もあります。また、PRのアワードで受賞したり、大手企業の社員に対してアイデア発想法の研修講師を務めるまでになりました。
 では、私が研修講師として企業の方に、自分自身がやってきたような「100本ノック」式のプログラムを行っているかというと、実はそうではありません。広告会社のようなアイデアのプロとして生きていきたいのであれば、100本ノックによる練習は必須だと思います。しかし、メーカーなどのいわゆる事業会社で働く方々は、たとえ企画系の部門だとしても、100本ノック的な練習は必要ありません。
 自分で考えるアイデアは10本程度で構いません。それよりも、部下や周りの人がアイデアを考えやすくなる指示を与える力や、良いアイデアが生まれた後にそれを上司にプレゼンし、アイデアを実現に導く力の方が重要です。

楽しいアイデアは「姿勢」から生まれる

 では、事業会社の方に必要なアイデアの練習方法とは何か。それは、「良いお手本をたくさん見る」ことではないかと思います。私が新人時代に感じた敗北感を再度例に出します。同じ条件にもかかわらず、同期が出してきたアイデアの数々を見て、悔しさを感じるとともに、「考え尽くしたつもりだったけど、こんな視点もあったのか」と深く感じた経験が、その後のアイデア発想に大きな影響を与えています。
 博報堂では、新人だけでなく、ディレクタークラスや部長クラスの社員でも同じようにアイデアを持ち寄る習慣があります。先輩方はさすがに100案は出しませんが、少数精鋭のアイデアを披露します。それに刺激されて若手がまたたくさんのアイデアを考えてくる、そんな好循環が生まれています。
 あなたに、アイデアのお手本を示してくれる同期や先輩はいるでしょうか。博報堂のように、参加者全員がアイデアを考えてくるという環境は珍しいように感じます。そこで、私が講師を務める際には、参加者に考えてもらうだけでなく、私の回答例や思考プロセスを丁寧に説明するようにしています。
 このような練習を何度か繰り返すことによって、アイデアのプロがどのように発想しているのか、そもそも良いアイデアとは何か、といった基準を体感することができます。
 そこで、この本でも同じように、みなさんに「良いお手本をたくさん見る」体験をしてもらいたいと思います。この本には全部で20問の練習問題が用意されています。それらについて考えてみるだけでなく、私の回答例や思考プロセスの紹介を読むことで、みなさん自身の発想と照らし合わせてみてください。
 この本は、以上のような考え方で構成されています。アイデアのプロになりたい人向けではありません。もしあなたが広告会社に入りたい若者であれば、この本は読まず、まずはアイデアを100本考えてください、と言うでしょう。この本の読者として想定しているのは、事業会社の経営者や、商品開発、新規事業開発、人材開発など、企画や発想が必要ではあるものの、これまでアイデア発想法を十分に学んだ経験がない人です。
 まずはこの本を読んで、自分でアイデアを少なくとも10案ぐらいは出せるようになること。そして、部下や周りの人を上手に使って、アイデアを効率的に増やすことができるようになることを目指します。
 楽しいアイデアは、楽しく考える姿勢から生まれます。ぜひ、本書も肩の力を抜いて楽しく取り組んでもらえたらと思います。
 なお、本書は私が会社で見聞きしたことや、インターネットなどで知った事例を題材にはしていますが、「発想法を学ぶ」という本書の趣旨に沿って、分かりやすい話にデフォルメして書いています。事実とは異なる内容になっている場合もありますので、その点だけご了承ください。

【目次】

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