その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は下田裕介さんの 『就職氷河期世代の行く先』 です。
【はじめに】
「氷河期」は終わらない
「我が国の成長・発展を支える原動力は『人』である。人的資本の形成・蓄積を加速するとともに、その人材を有効に活用していくことが重要。(中略)特に、就職氷河期世代への対応が極めて重要。社会の担い手として活躍していただけるよう、経済界を含め、広く関係者と連携しながら、国を挙げて力強く支援していく必要がある。関係府省は、本格的な支援に向けて早急に検討を進めていただきたい」
これは、2019年3月27日の平成31年第4回経済財政諮問会議での安倍晋三首相(当時)の発言である。政府が就職氷河期世代への本格支援に着手した瞬間だ。就職氷河期世代は、ロストジェネレーション(ロスジェネ、2007年の朝日新聞の企画で名付けられた同世代の呼び名)とも呼ばれる。「失われた世代」は不遇のなかで取り残され、目を向けられる機会もめっきり減り、「忘れられた世代」になっていた。そうしたなか、同世代に支援の光が差したことは、遅きに失した感もあるが、望ましいことだ。
もっとも、諮問会議の2カ月ほど前の2月1日の参議院本会議での代表質問で、就職氷河期世代に対する政府の支援策を問われると、安倍首相は「淡々とした口調で応じ、『地域若者サポートステーション』の拡充を付け加えた」(読売新聞、2019年2月5日朝刊、「受難の『氷河期世代』」)。
この2カ月間にどのような変化があったのか、はっきりしたことはわからない。そして、諮問会議での安倍首相の発言。政府のそれまでの雇用政策が高齢者や女性、若者、外国人にばかり向けられてはいなかったか? 人材として有効活用していくことだけで就職氷河期世代が本当に救われるのか?―私は、何ともいえない「違和感」を覚えた。
1990年代初めのバブル経済崩壊後に就職氷河期となって以降、就職氷河期世代は長い人で30年近くも〝放置〞され続けてきた。
それゆえ、同世代の不遇から派生する課題に対して求められるのは、人材の有効活用に向けた就業実現への支援という単純なものではない。当然、政府もその点は認識しており、諮問会議で本格的な支援策を講じることを打ち出して以降、安倍首相の指示のもと、軌道修正を図りつつ、2019年末の「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」の策定に至っている。とはいえ、その中身はなお不十分と感じる点も少なくない。
そして、行動計画策定からまもなく1年が経とうとしているが、本格支援となるはずだった2020年4月以降、新型コロナウイルス感染症が拡大し、支援は遅々として進んでいないのが実態である。就職氷河期世代が困難に陥っている状況をこれ以上長期化させないため、そして新たな就職氷河期世代を生み出さないためにも、いまこの問題をもう一度みつめる必要がある。
そこで本書では、就職氷河期世代への支援が少しでも前に進むよう、同世代の不遇から派生する問題は何か、彼ら/彼女らの〝いま〞が果たしてどういう状況にあるのかを、さまざまなデータをもって指摘するとともに、就職氷河期世代自身が真に必要とする支援の実現に求められる視点や具体的な中身を紹介し、読者の皆さんと共有したい。一方で、本書執筆中に発生した新型コロナ問題による影響をどうみるか、また、新たな不遇の世代を生み出さないためには何が必要か、そうした点も本書では触れたい。
なお、本書では、就職氷河期世代よりも上、および下のさまざまな世代との比較を通じて、同世代の実像などを明らかにする。そこで、各世代の年齢層の定義付けやネーミングはすべてに定説があるわけではないが、以下に示すような社会全体として比較的広く用いられてきた各世代のネーミングや各年齢層に対する理解を引用しつつ、分析を行っている。
①団塊世代(1947〜1949年生まれ)
現在、70代前半。第1次ベビーブームに生まれ、高齢者のボリュームゾーン。作家で元経済企画庁長官の堺屋太一氏が名付け親である。一世代の人口は約200万人、世代全体では620万人強。
②新人類(1955〜1964年生まれ)
現在、50代後半〜60代半ば。サブカル世代とされ、一風変わった若者として捉えられた面も。該当する世代が比較的長い期間にわたるため、本書では、1955〜1959年生まれを新人類(前期)、1960〜1964年生まれを新人類(後期)とする。
③バブル世代(1965〜1969年生まれ)
現在、50代前半〜50代半ば。バブル景気に伴う雇用の超売り手市場のなか、学卒者の多くが上場企業に入社したとされる。
④団塊ジュニア世代(1971〜1974年生まれ)
現在、40代後半。団塊世代の子が多いとされ、現役層で唯一の人口ボリュームを持つ一方、多くが就職氷河期に身を置いた。一世代の人口は約200万人。該当する世代が団塊世代より1歳分多いため、世代全体の人口は800万人弱にのぼる。
⑤ポスト団塊ジュニア世代(1975〜1984年生まれ)
現在、30代後半〜40代半ば。多くが団塊ジュニア世代同様に就職氷河期に直面した。該当する世代が比較的長期にわたるため、1975〜1979年生まれをポスト団塊ジュニア世代(前期)、1980〜1984年生まれをポスト団塊ジュニア世代(後期)とする。
⑥ゆとり(さとり)世代(1987〜2004年生まれ)
いわゆるゆとり教育を受け、仕事中心だった上の世代からは違和感を持ってみられるケースも少なくない。一方で、幅広い分野でリーダーとして活躍する人も多い。該当する世代が比較的長期間にわたるが、本書では、主に1987〜1991年生まれをゆとり(さとり)世代(前期)として取り上げる。
ちなみに、本書のテーマでもある就職氷河期世代には、さまざまな捉え方があるが、ここでは1970〜1982年生まれ、年齢は現在30代後半〜50歳としている。すなわち、世代別にみると、④団塊ジュニア世代、⑤ポスト団塊ジュニア世代(前期)と、⑤ポスト団塊ジュニア世代(後期)の一部が、就職氷河期世代に相当する。
わが国はいま、昨年までは誰もが予想しなかった厳しい世界に直面している。だからこそ、新型コロナ問題により生じた過酷な状況に置かれている人への迅速な対処はもちろん、長らく困難を抱える就職氷河期世代を支える政策を推し進めていくことが必要だ。
「ズレのない政策」と「ブレることない実行力」が求められている。
2020年10月 下田裕介
【目次】