その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は中西孝樹さんの『 トヨタ対中国EV 熾烈な競争が最強メーカーを生む 』です。「序──戦いの主戦場は知能化にある」をお届けします。

序──戦いの主戦場は知能化にある

トヨタの決断―いざ上海へ

 2025年2月、トヨタは2年前に設立したばかりの次世代EV開発の司令塔「BEVファクトリー」を廃止する決断を下した。全社直轄の「BR(ビジネス・リフォーム)BEV」として再編され、横断的なプロジェクト組織へと位置づけが変わったのである。

 記憶に新しいのは、2023年に社長に就任した佐藤恒治が最初に断行したプロジェクトである。トヨタの殻を打ち破り、従来の枠組みから独立した組織としてBEVファクトリーを設立し、世界のEV技術と価値に追いつこうとした。当時の最優先課題は、カーボンニュートラルの奔流のなかで、EVにおいても世界のトップにトヨタが並び立つことであった。

 トヨタは1つのパワーユニットに依存せず、複数の道(パスウェイ)を並行して進める「マルチパスウェイ戦略」を掲げてきた。だが、BEV(バッテリーEV)事業での出遅れを挽回することは、マルチパスウェイ戦略を持続可能で盤石なものとするうえで不可欠であった。

 その切り札がBEVファクトリーであった。この部隊は、ソフトウェアと統合した次世代EV、すなわちソフトウェア定義車(ソフトウェア・デファインド・ビークル、SDV)の開発から生産、事業までを一気通貫で担うことをミッションとしていた。

 しかし、その取り組みはわずか2年で幕を閉じた。最大の要因は、中国EVの進化スピードが想像をはるかに上回り、当初描いた戦略的な枠組みではもはや太刀打ちできなくなったためである。

 トヨタはこの発表と同時に、「レクサス(上海)新エネルギー有限会社」の設立を公表し、BEVファクトリーを率いてきた加藤武郎を社長に送り込む決定を下した。その狙いは、世界最先端を走り、かつ技術更新のスピードが最速の中国EVと現地で直接対峙し、そこから学ぶことにある。最も厳しい競争環境にレクサスを投入し、その成果をグローバルトヨタの1000万台規模へと還流させていくことが戦略の核心なのである。

戦いの主戦場は「知能化」

 先進国市場だけを見れば、EVシフトは少なくとも5年は遅れて進行している。しかし、グローバルメーカーには悠長に構えている余裕はない。なぜなら、世界最先端を走る中国EVが爆発的な進化を遂げ、最強のメーカー群として世界各地に進出し、直接競争を強いてくる存在となっているからである。

 EVは単なる電動化された乗り物ではない。人工知能(AI)とソフトウェアが密接に結びついた「知能化モビリティ」、いわゆるSDVである。クルマが知能化することで付加価値を生み出し、それをマネタイズしながら進化を続ける。

 多くの自動車産業における競争力の議論は、これまでEVの車体構造に重きが置かれてきた。しかし現実には、リチウムイオン電池のサプライチェーンや電動化に不可欠なレアアースはすでに中国が実質的に支配している。一体どこに、トヨタやグローバルメーカーの勝ち筋があるというのだろうか。

 筆者は2023年、社長に就任直後の佐藤との単独取材の機会を得た。その際、同氏はこう明言した。「メディアは車体プラットフォームを刷新すれば競争力あるEVが生まれると考えがちである。しかし、EVにおける車体プラットフォームの寄与度は大きく低下している。EVはミルフィーユのような3層構造を持ち、車体プラットフォーム、電子プラットフォーム、アプリケーションの3つの階層を同時に議論しなければ、競争力あるEVは生まれない」

 その予見は的中しており、EVの競争力はすでに電子プラットフォームとアプリケーションが生み出すソフトウェアの魅力へと完全に移行した。まさしく、その最先端に立つのが中国EVなのである。

 要するに、競争力を左右する重大な要素とは、ソフトウェア・AI・半導体を核とするサプライチェーンと、アプリ開発やサービス提供を支える幅広い座組みと仕組みから成るエコシステムにある。

 中国EVに対抗し勝利するためには、グローバルメーカーは自らを「知能化」で武装せねばならない。いかにして中国EVとその最強メーカー群に挑み、勝利を手中に収めるのか。とりわけ、日本車としての戦略と戦術を検討・検証することこそが、本書の最大のテーマとなっていくのである。

中国自動車産業のグローバル化

 国家産業政策とイノベーションを巧みに組み合わせ、中国はEVにおいて世界屈指のサプライチェーンと圧倒的なコスト競争力を築き上げた。いまや、その優位は車両生産にとどまらず、AIと半導体のサプライチェーン構築を目指す「デジタルチャイナ」を背景とした、知能化戦略へと拡大している。

 低コストで競争力のあるEVを世界市場に大量投入し、その上にソフトウェアを転写し規模を拡大することで、中国EVはSDVのサプライチェーンにおいても優位性を確立しようとしているのである。

 EVにおいて、サプライチェーンのチョークポイントを押さえ、市場支配力を獲得したのは中国自動車産業である。いまや、SDVサプライチェーンの要となるAIと半導体もまた、見逃すことのできないチョークポイントである。中国自動車産業のグローバル化が、こうした戦略と不可分に結びついていると考えるのは自然である。

 中国はわずか5年で世界最大の自動車輸出国となった。この急伸は、1980年代に日本の自動車産業が輸出台数を一気に伸ばし、世界市場を席巻した飛躍を想起させる。その後、日本車は海外生産を拡大し、やがて日本は世界に冠たる自動車大国へと上り詰めた。いま、中国自動車産業もまた、同様にグローバル化の時代を迎えているのである。

 多くのテクノロジーにおいて中国メーカーは優位に立ち、その更新スピードも驚異的である。我々はこの現実を直視しなければならない。しかし、なおそれを認めず、過小評価する言説が少なくない。日本を含むグローバル自動車メーカーは、中国勢の台頭に近年苦しんでいる。とりわけ比亜迪(BYD)の急成長は目を見張るものがあり、すでにホンダや日産を凌駕し、世界有数のメーカーへと躍進した事実から目を背けることは許されない。

 中国EVの攻勢に対し、日本はいかに立ち向かうべきなのか──。

本書の目的

 知能化を軸に、トヨタと中国EVの戦略性・提供価値・手段を徹底比較し、両者の未来像を予測する。その結論として、日本自動車産業の発展に不可欠な要素を抽出し、国内産業が向かうべき方向性を提示することが本書の目的である。

 分析対象は車両単体の進化にとどめず、車両を取り巻く周辺領域までを含めて包括的に捉える。トヨタと中国EVの競争力の源泉を炙り出し、それぞれの進化の方向性とマネタイズ手段の戦略を検証する。

 2025年以降、中国政府は自国自動車産業の「内巻」(本質的価値を破壊する行為)的な企業行動を是正する「反内巻」政策・規制を強化し始めた。過度な値引き競争や過剰な設備投資によって産業全体の健全性が失われることを防ぎ、品質・安全を高めることで、持続可能な成長軌道へと導く狙いである。この政策転換は、中国国内市場のみならずグローバル競争にも大きな影響を及ぼすことが不可避である。本書では、その最新動向についても詳細な分析を行う。

 筆者は長く証券系のアナリストを生業としてきた。いまもアナリストという肩書を大切にしているのは、資本市場を通じた客観的な評価、すなわち企業価値を基準に据え、中立的な立場から企業や産業に意見を述べ続けたいという信条に基づくものである。

 本書において特定の情報提供者は存在せず、調査対象企業から報酬を得ることもない。拠り所となるのは、アナリスト人生の中で培った人脈、公開情報、そして現場に足を運んで得た知見である。本書で導き出した分析と考察が、国内自動車産業の発展に微力ながら寄与することを願うものである。

 なお、BEV(バッテリーEV)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)、FCEV(燃料電池車)を総称して、欧米ではZEV(ゼロエミッション車)、中国ではNEV(新エネルギー車)と呼称している。本書では、ZEVやNEVは「EV」として表現を統一した。


【目次】

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