その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は髙田学也さんの『 成城石井 最強スーパーの新・哲学 ~なぜ“愛され”続けるのか、次にどこへ向かうのか~ 』です。

【はじめに】

 「お客様が口に運ぶ一粒なのだから」――。

 長年シューマイづくりにいそしむこの人物は、ためらわずこう言い切った。ここは、成城石井が神奈川県内に構える第3セントラルキッチン。日々様々な総菜などが、手仕事と専用マシンを組み合わせてつくられた後、各地の店舗へと届けられる。中でもシューマイは人気商品。チェック工程では、流れていくシューマイのうち、皮の端がわずかに崩れたものは、ちゅうちょなく一つ残らずはじかれていく。

 メーカーの工場の論理で言えば、歩留まりによる損失はなんとしても避けたいものだ。だが、その損失を品質アップの砦(とりで)にしてしまう商売をしているのが成城石井という会社である。働いている全スタッフは、次のように信じている。「パックの中に何粒入っていようと、たった一粒こそがすべて」と。

 2027年2月、成城石井は創業100周年を迎える。1927年2月、東京・成城にオープンした一軒の果物店は、その後、輸入食材やワイン、自社でつくり込む総菜などに愚直に取り組み続け、全国で230店を展開するスーパーマーケットチェーンに成長した。

 「値段は安くはないかもしれないが、圧倒的においしいので、ついつい毎日立ち寄ってしまう」。そんな評判がいつしか人々の間で口コミで広がり、今や唯一無二のスーパーのブランドとして特に関東圏を中心にすっかり世の中に定着した。

 本書は歴史のみならず、2024年に就任した後藤勝基代表取締役社長による新体制に転じた「今」、そして「未来」の成城石井にも焦点を当てた初の書籍である。「本当に良いものをお求めになりやすい価格でお届けする」。これは同社が会社案内で掲げている、いわば創業以来の信念だ。なぜ愛され、なぜ最強と称されるのか。その答えが、この1冊に詰まっている。

 筆者は2025年4月から、成城石井に対して計20回を超える取材を重ねた。店舗ネットワーク設計を担う現場責任者、セントラルキッチンで独創的なメニューづくりにいそしむ製造スタッフ、世界を飛び回る商品バイヤー、唯一無二の物流センターを運用する担当者、そして経営陣――。延べ数十時間に及ぶ徹底した現場取材から浮かび上がったのは、この会社が今まさに、静かに大きな転換期を迎えているという事実だ。

 この転換期を乗り越えるために、後藤社長は矢継ぎ早に手を打った。以前からあった「食にこだわり、豊かな社会を創造する。」という経営理念に加えて、スタッフとしてどんな意識・どんな行動を取るべきかの指針「行動規範」をまず策定。人事評価制度も刷新し、行動規範と昇給・昇格のチャンスの関係性をはっきりさせ、働く意欲の底上げを図った。

 続いて「世界で一番、食への好奇心を満たす場所へ。」という「ビジョン」も正式に対外発表した。まず成城石井で働く自分たち自身が、誰よりも食への好奇心にあふれていなければならない――。短い一文ながら、この会社が何をゴールに据えているかが凝縮されており、どこに向かってどう行動すればよいのかを明るく照らす。まるでスタッフにとってのサーチライトのようだ。

 興味深いのは、これらの行動規範やビジョンは経営陣の一存で決めたものではない点だ。店舗やセントラルキッチンで働く現場メンバーも含めたミーティングをひたすら重ね、半年近くかけて全社を巻き込み集約していった。

 本書は、この新しいビジョンに寄り添い、成城石井の現在地、さらには未来に向けて成城石井がどこに向かおうとしているのかを丁寧につまびらかにしていく。

 第1章から第5章では、5つの現場を順に“歩く”。第1章は店舗運営の現場から、なぜ同社が生活者に選ばれるのか、その問いに迫る。第2章は、生活者をとりこにする数々のフードを生み出す心臓部であるセントラルキッチンに実際に立ち入り、リアルな現場をルポルタージュする。第3章は、普段ほとんど語られることのない物流センターとサプライチェーンの舞台裏を描く。

 第4章は、他社で言うところのプライベートブランドをめぐる哲学と、世界中から商品を探し出すバイヤーの仕事を追う。そして第5章は、駅ナカ店舗など、一つひとつの店づくりに徹底的にこだわり続けてきた出店戦略の裏側を解明する。

 第6章では、現社長の後藤氏自身の考えに、じっくりとページを割く。経営を託されたこの人物は、会社の未来をどう見ているのか。就任後実行した数々の施策に込めた思いは何だったのか。そして次の100年に向けて、何を変え、何を変えるべきではないと考えているのか。その着地点の意味するところを探る。

 今回、創業家出身で2代目社長を務めた石井良明氏にも直撃取材を敢行し、長い歴史に対して率直な振り返りをしてもらった。こちらを第7章に特別収録している。現役スタッフとは異なる角度から紡ぎ出される言葉の数々からは、創業家として未来に向けて成城石井がどう成長していってほしいのか、愛のようなものがにじみ出ている。

 今回の取材では、当初の筆者の想像をはるかに超える、驚きの現場にいくつも出くわした。物流センターの奥には、100万本以上のワインが最適な環境下の巨大セラーで眠り、その出荷を待っていた。同じくセントラルキッチンでは、手仕事でソーセージやベーコンの下ごしらえをし、それが国内でも導入例がほとんどない巨大なスモークマシンで半日かけていぶされていく過程も目の当たりにした。

 いずれの現場でも、そこで耳にした話は、どこかで聞いたことがあるような「理論」ではなかった。常識にとらわれず、ひたすら経験と勘で紡ぎ上げた自分たちだけが信じる「成城石井とはかくあるべし」という信念のようなものだった。こうした信念に基づいた無数の判断が、一つひとつの商品の魅力に、そして店舗の景色に多層的に積み重なっているのだろう。

 現場で働く一人ひとりのリアルな証言から浮かび上がる真の成城石井という希有(けう)な会社の輪郭。それを一つずつ拾い集め、現場発の言葉を可能な限りそのままの温度で残すよう努めた。この会社だけが持つ“何か”の正体とは、いかに……。

 

日経BP シリコンバレー支局 記者(日経クロストレンド編集部) 髙田学也

【目次】

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