その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は于深さんの『 ショートドラマ産業革命 2040年、世界のコンテンツはどこへ向かうのか 』です。「序章」をお届けします。
【序章】 「Netflixの次」は何か
短い。なのに、やめられない。1話は、わずか数分。登場人物の名前を覚える前に裏切りが起き、次の駅へ着くまでに復讐が始まる。「もう1話だけ」と指を動かす。気づけば、深夜になっている。
この「もう1話」の積み重ねが、いま世界のエンタテインメント産業を動かし始めている。その最大の震源地の1つが、隣の国、中国だった。
2024年、中国のショートドラマ市場は504.4億元、約1兆円に達したと推計されている。同年6月時点の利用者は5.76億人を超え、市場規模は、中国国内の年間映画興行収入425.02億元、約8500億円を上回った。2025年には、市場規模が約677.9億元、約1兆3600億円へ拡大したとの推計もある。利用者は約7億人に達し、年間約3万3000作品が配信された。
集計方法によって数字には幅があるが、少なくとも金額の比較では、ショートドラマが映画興行を上回る巨大市場へ成長したことは疑いようがない。
では、なぜショートドラマは、ここまで広がったのか。Netflixが変えたのは、「映画やドラマを、いつでも見られる」世界だった。いま変わりつつあるのは、そのさらに奥――人間が、どの密度で快感を受け取るかという、視聴の条件そのものである。
「キャラクター紹介に3話もかける時代は終わった」――制作現場で聞かれるこの言葉は、単なる愚痴ではない。視聴者の生活は細切れになり、集中力は無数のサービスに奪われ、可処分時間は小さな「隙間」へ分割された。
映画や長尺ドラマは、数十分から2時間ほどをかけて、大きな盛り上がりを作っていく。ショートドラマは違う。極端に言えば、1分に1回、盛り上がりを配当できる。この「配当回数」の差が、視聴者の脳の「標準設定」を書き換えていく。
1度このテンポに慣れると、長尺作品の助走が「遅い」と感じられることがある。この戦争で勝つのは、必ずしも1番「いい作品」ではない。最もうまく「盛り上がりの密度」を設計し、視聴習慣を奪った者かもしれない。
私は、この変化を外側から眺めてきたわけではない。
中国出身の私は、10年以上にわたり、日中をまたいでテクノロジーとコンテンツの事業に携わってきた。2014年に初めて起業し、2019年からはAIデータ事業に取り組んだ。音声AIやコンテンツ生成が、研究段階の技術から、企業の制作と運用に使われる実務の道具へ変わっていく過程を見てきた。
2024年以降は、日中をまたぐショートドラマ事業の立ち上げに携わり、事業開発、作品制作、ローカライズ、広告運用を横断してきた。出版社、クリエーター、制作会社、テレビ局など、多くの関係者と議論しながら、1つの物語が企画され、作られ、届けられ、数字で評価され、収益へ変わるまでを、1つの流れとして経験してきた。
AIで安く早く作り、広告と配信で届け、視聴者の反応と収益を、次の1本へ戻す。私が日中双方の現場で見てきたのは、この循環が1つの産業装置へ組み上がっていく過程である。
0-1 短いのに、なぜやめられないのか
長尺コンテンツ――テレビドラマや映画は「追う」。登場人物を覚え、関係性を理解し、物語へ時間を預ける。これは、いわば「椅子に座る」視聴だ。Netflixも、基本的にはこの延長線上にある。
短尺コンテンツは、生活の「隙間」に入り込む。電車を待つ3分。会議が始まるまでの5分。眠る前の10分。スマートフォンが手にある限り、どこにでも忍び込める。椅子はいらない。準備もいらない。必要なのは、1本の指だけだ。
短尺が強いのは、短いからではない。日常の穴という穴へ入り込み、視聴を生活習慣に変えてしまうからだ。いったん隙間を支配されると、長尺は「見たいもの」から、「見る時間と体力があるときに選ぶもの」へ後退する。映画を見る体力が、突然なくなったわけではない。映画を見始める前の2分間に、指が別のアプリを開くようになったのである。
勝負の本質は、尺ではない。習慣の取り合いだ。ただし、隙間に入り込むだけでは、「やめられない」は生まれない。そこへ「もう1話」を欲しくさせる仕組みを載せたのが、ショートドラマだった。
0-2 数分の物語は、どうやって巨大市場になったのか
ここでいうショートドラマは、TikTokの短い寸劇だけを指すものでも、テレビドラマや映画の短縮版でもない。
本書が扱うのは、視聴者を物語へ引き込み、次の行動へ運び、その行動を収益へ変える仕組みである。
収益を支払う主体は、1つではない。SNS・タイアップ型では、企業やスポンサーが制作費を負担する。アプリ課金型では、視聴者が次のエピソードを解放するために支払う。無料広告型では、視聴者は料金を払わず、代わりに広告を見る。費用を負担するのは広告主である。
この装置が最も分かりやすい形で現れたのが、中国で急成長したアプリ課金型だった。
Netflixでは、視聴者が玄関でまとめて料金を払う。課金型ショートドラマは、物語の廊下を進むたびに、次の扉の鍵を売る。求められるのは、「次の1話を見る」という小さな決断だ。しかも、その決断を引き起こす仕掛けが、数分ごとに埋め込まれている。
最初の数話は無料でいい。主人公が正体を明かす直前、裏切りの証拠が見つかった瞬間、復讐が始まる一歩手前で物語を切り、次の1話に価格を置く。
ショートドラマが発明したのは、短い物語ではない。「未解決」を連打して離脱を抑え、「ここでやめるのは気持ちが悪い」という感情を、その場で売上へ変える装置である。
1回の価格は小さく、決断は軽い。だが、それが積み上がる。視聴者は途中でいつでも降りられる。「つまらないなら、次は払わない」が成立する。言い換えれば、作品は数分ごとに、小さな信任投票にかけられている。
どこで離れ、どの人物に反応し、どの場面の後に支払ったのか。その結果が、次の脚本、広告、投資判断へ戻される。さらに、この装置は必ずしも大作を必要としない。超有名俳優も、数年単位の制作期間もいらない。必要なのは、勝てる構造と回転数である。
中国企業が世界に先駆けて産業化したのは、1本の短い作品ではない。この装置の回し方だった。誰が支払うかによって、作品の作り方も、追うべき数字も変わる。それでも、本質は共通している。指を止める。感情を動かす。次の行動を起こさせる。そして、その行動を収益へ接続する。ショートドラマは新しい映像ジャンルである以上に、視聴者の「もう1話」を、収益へ変え続ける産業装置なのだ。
では、NetflixやHBOが築いてきた長尺コンテンツの時代は、これからどうなるのか。映画やテレビドラマは、ショートドラマに置き換えられるのか。現時点で、その答えを断定することはできない。ただ1つ確かなのは、戦争がすでに始まっていることだ。
ショートドラマという装置は、生成AIと接続し、さらに早く、安く、大量に回り始めている。この変化は、ショートドラマだけで終わるのか。それとも、映画、テレビ、アニメ、ゲーム、さらにはIPの育て方まで変えていくのか。
本書では、この装置がなぜ中国で生まれ、どのように世界へ広がり、国ごとに形を変え、やがてAIと接続していったのかを追っていく。その先で、長尺コンテンツ、日本のIP、俳優や原作者の権利、そして2040年の視聴習慣がどう変わるのかを考えたい。
「Netflixの次」が、現在のショートドラマと同じ姿をしているとは限らない。2040年には、「ショートドラマ」という名前さえ消えているかもしれない。それでも、次の時代のコンテンツを動かす原理は、すでにこの数分間の物語によって試されている。
コンテンツ産業を変える未来の鍵は、「ショートドラマ」の中に隠されているかもしれない。
【目次】




