その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は坂井豊貴さんとオークション・ラボの『 メカニズムデザインで勝つ ミクロ経済学のビジネス活用 』です。
【オークション・ラボにようこそ】
オークション・ラボというワークショップを定期的に開催している。開催ペースは月に一回。会場は東京都心にある、有楽町駅から徒歩一分ほどのサロンスペース「PLACE171」。株式会社デューデリ&ディールのサロンスペースだ。僕は大学で働くかたわら、この会社のチーフエコノミストとして経済学のビジネス活用を進めている。たとえば土地を売却するオークション方式を、経済学の知見を使って設計したり、理屈を整理したりしている。
僕といっしょにオークション・ラボを運営するのは、この会社の取締役の今井誠君。「君」と呼ぶのは、我われは中学と高校の同級生だからだ。写真をご覧いただくと分かると思うのだが、PLACE171は素敵な空間だ。皇居と銀座のあいだに佇むビルの高層階にあって、夜には窓一面に東京の街明かりが映る。
あるとき僕らはそこで月一回のワークショップを開くことにした。
我われは経済学をビジネスに活用しており、一定の成果をあげている。二十一世紀に入ってから、アメリカでは経済学のビジネス活用が急速に進展した。しかし依然として日本では、そのような動きは乏しい。とくに僕たちが使っているメカニズムデザインという分野の学知は、ほとんど活用されていない。この状況を寂しく思った我われは、自分たちの取り組みやアイデアを話したり、関心ある人たちと交流してみたいと思うようになったのだ。
その際に今井君は非営利でやろうと提案した。オークション・ラボの方針として、これで金儲けはやめようというのだ。純粋に、普段会うことのない人たちと交流してみたい。結果としてビジネスにつながることはあってもよいが、それは目的にしない。実業家の彼がそんなことを言うのは僕には意外だったが、もとより異存はなかった。
そのようにしてオークション・ラボは始まった。集客のツテはなかったし、予算がなかったので、ツイッターで告知しただけだった。ところがそれでも意外と人が来てくれて、盛り上がるようになったのだ。
来てくれる人はさまざまで、僧侶やITエンジニア、官僚など、実に多様である。多様性とは素晴らしい財産で、色々な人が色々な観点から発言してくれる。僕が答えられない質問を、たまたま会場にいたプロが整然と答えてくれたりする。人々には熱気があって、東京の夜景が綺麗で、オークション・ラボは静かに評判を呼んでいった。

この本はその集いを記録して、できる限りの空気を閉じ込めてみたものだ。経済学のどの知識が、どのサービスで使えそうなのか。我われの思考といくらかの実践とを、ここではまとめたつもりだ。読み物としてのまとまりを高めるために、内容は大幅に整理したし、言葉や説明を補っている。読書案内を付け加えもした。この本が、我われと同じように、経済学のビジネス活用に関心ある方の力になれたら嬉しい。
折しも出版が、人類が未知のウイルスに苛まれている状況と重なった。楽しい状況ではないが、知恵を絞る価値が最大限に高まっている時期ではある。その意味での楽しみ方はあるし、我われはこのような時期にこそ真価を発揮したい。書題を「メカニズムデザインで勝つ」と名付けた所以である。
かつて文化人類学者のレヴィ=ストロースは、手持ちの端切れや部品から、困難に立ち向かう道具を作ることをブリコラージュと呼んだ。我われがここで試みるのは、そのような行いである。世にありながらも、使われなかった学知たち。そのうちのいくつかを使い尽くしてみたいと思う。失敗と成功の経験を、分かち合いたいと思う。そうして我われは、つまり僕やあなたやこのラボの参加者たちは、新しい価値を生み出していくだろう。
オークション・ラボにようこそ。
2020年7月10日 PLACE171にて
坂井 豊貴
【目次】