その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は下寛和さんの『 プライシング戦略×交渉術 実践・B2Bの値決め手法 』です。
【はじめに】商いの知恵
私の住んでいる東京のとある街に、行列のできる八百屋がある。新鮮な野菜とフルーツが所狭しと並び、威勢のいい掛け声が通りまで響き渡る。値札には、大特価、超目玉、土曜限定サービスなど、購買意欲を喚起する文字が躍り、タイムセールで値段が頻繁に書き換えられる。入店待ちで外に並ぶ買い物客の姿も通行人の目を引く。週末に客足が途絶えることはない。電車やバスに乗って遠方から足を運ぶ常連も少なくないという。
以前、自動車メーカーに勤めていた際、職場の上司と「八百屋の経営」について語ったことを思い出した。八百屋はどの街にもある身近な存在であるが、ほとんどのビジネスパーソンには経営できない、という結論で意見が一致したのだ。いまは何が旬で、どこの産地のものが美味しくて、いくつ仕入れて、いくらで売るか。原価や店舗の立地も考え、近くのスーパーに負けないよう集客の仕方も工夫しなければならない。完成された箱の中で定型業務をしているメーカーの社員と、明日の存続が保証されない世界で経営の手綱を握る八百屋の経営者。モノを売り、利益を稼ぐための「商いの知恵」に差があることは明確だった。
「商いの知恵」といえば、バザールの商人も忘れてはならない。トルコのイスタンブール、モロッコのマラケシュ、カンボジアのプノンペン。世界にはいくつも有名なバザールがある。そういった場所を訪れたことのある方ならおわかりいただけるであろうが、商品には値札がついていない。彼らは私たちの風貌から懐具合を値踏みし、一人ひとりに対してちがう言い値を提示する。そこから交渉をスタートさせ、こちらの反応を見ながら、言葉巧みに狙った落としどころに誘導するのだ。
人によって商品に感じる価値の大きさ、支払余力がちがうため、値ごろ感が変わるのは当然だ。そのため彼らにとって、すべての人に同じ値段を提示する一物一価の世界は非合理的である。しかし、値札のついた商品を買うことに慣れた私たちは、いつの間にかそのことを忘れ、誰に対しても最適だといえる一点の価格を射抜くことに終始している。それではたして企業として利益の最大化が実現できるだろうか。商人の商売の仕方からも、私たちは「商いの知恵」を学びたいところである。
本書は、拙書『プライシングの技法』では十分に触れられなかったB2Bの商品・サービスの値付けを中心に解説する。B2Bの値決めは、企業間の力関係や取引量、価格交渉が絡むため、B2Cよりも複雑で考慮すべきことも多い。取引先によって売り方や交渉の仕方を工夫する必要があり、正解をパターン化しづらいが、特殊なスキルが求められるわけではない。本書でポイントを理解し、それを実行する社内の体制を整えることができれば、明日からでも利益アップにつながる値付けを実践できるのだ。
最近は、フリマアプリの普及によって誰もがモノを売る経験をしている。どの商品をいくらで売るかは自分のさじ加減だ。値段の付け方には個性が出やすい。割と安い値段を設定してすぐに売ろうとする方、強気の値段設定で少しずつ譲歩していく方、それぞれのスタイルに良さはある。
しかし、企業と企業の取引で狙った利益を達成するためには自社に合った値付けの仕方や売り方に関する方法論を確立し、それを社内に浸透、徹底することが大切である。本書を一つのきっかけに、これまでのプライシングを見直し、改善できる部分は取り入れることで、読者の皆さんの企業の業績向上や経営体質強化の一助となれば幸いである。
なお、B2Bのプライシングを語るうえで、B2Cの取り組みが参考になる場合も多い。わかりやすさ、イメージのしやすさの観点でも、臨機応変にB2Cの事例や考え方も紹介しながら話を進めたい。
【目次】




