その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はリチャード・P・ルメルト(著)、村井章子(訳)の『 戦略の要諦 』です。

【はじめに】フォンテーヌブローの森にて

 以前フランスのフォンテーヌブローに住んでいたとき、近くの森へよく散歩に行ったものだ。二万ヘクタール近い広さを持つ奥深い古い森は、五〇〇年にわたってフランスの王侯貴族の狩場だった。現在では縦横無尽にトレイルが整備され、ハイカーやランナーやサイクリストが行き交う。欧州経営大学院(INSEAD)フォンテーヌブロー・キャンパスで学ぶ学生たちも、ここでウォーキングやピクニックを楽しんでいる。たぶん彼らは、森の中に奇岩が数多く存在し、世界中から優秀なボルダラーがやってくることを知らないだろう。

 散歩の途中で「犬のお尻の屋根(Le Toitdu Culde Chien)」という名のボルダリング・ルートを通ることがある。このおかしな名前の巨岩は、ボルダリングの名所として世界的に有名であるらしい。岩のふもとから見上げると、高さ四メートル近いすべすべの岩の途中から「ルーフ」(ほぼ水平のオーバーハング)が頭上にまさに屋根のように迫(せ)り出している。このぶあついルーフ自体は垂直に切り立っていて、ここをよじ登らないと頂上にたどり着けない。一度試したことがあるが、小さな突起に足を乗せ、次の突起に移ろうとした途端、六〇センチほど下の地面に転げ落ちた。

 ある夏の日、二人のボルダラーが挑戦している場面に行き合わせた。彼らはロープを使わず、一方が登る間、他方が安全を確保する。二人のうち片方のドイツ人が話しかけてきて、毎日ドアの上枠で片手懸垂をして鍛えているのだと教えてくれた。残念ながら二人ともオーバーハングを越えて垂直の部分に移るときに落下してしまい、成功にはいたらなかった。小さい突起に足をかけながらよじ登ってオーバーハングの直下に達し、ほぼ仰向け状態でそこの小さな凹みに右手の指一本をかけるところまでは二人ともできる。だがそこから先へどうしても進めず、何度トライしても下の砂地に落ちてしまう。見物していて、彼らの筋肉の強さ、意志の強さ、粘り強さにほとほと感心した。

 ボルダラーは挑戦しがいのある巨岩を「課題」と呼び、登る際に乗り越えるのが最もむずかしい難所を「核心(crux)」と呼ぶ。「犬のお尻の屋根」のようなむずかしい課題に挑むときには、筋力と根性だけでは不十分だ。まず最大の難所をクリアする方法を考え、そのうえで二階のベランダぐらいの高さのところで瞬時に体を移動させる勇気を出す必要がある。

 二人のボルダラーに遭遇してからしばらくして、ある女性ボルダラーがみごとに難所を乗り越える場面に出くわした。彼女はつま先を小さな突起にかけてよじ登り、あっという間に小さな凹みまで達すると右手の指一本をかけた。このホールドを頼りに左足を左腕の上まで引き上げ、ちょっとした出っ張りに左足の踵(かかと)を横向きに乗せる。これで、右手の指と左足の踵で体を支えることができたわけである。それからオーバーハングの角度に合わせて背中を反り返らせ、左手を伸ばして垂直に切り立ったルーフの縁にある凹みを探り、凹みに左手の指一本を預ける。だいたいの人が落ちるのはここだ。まっすぐ体を引き上げようとすると胸がオーバーハングのへりに押し付けられ、指がホールドから外れてしまう。

 次の動きは、右腕と左腕の指一本ずつでルーフからぶら下がり、体を少し中から外へスイングさせることだ。そしてぱっとオーバーハングの縁を越えて垂直部分に取り付き、メロンを半分にしたような丸い突起を摑む。この滑りやすい丸い突起から指の力と摩擦だけでぶら下がり、右足を振ってつま先を岩の小さいギザギザにかける。ここでようやく足の力を使えるようになり、次の小さな裂け目に足をかけることができる。もうひとふんばりだ。もう一つの出っ張りと目に見えないような足がかりを使い、最後は肘を突っ張って体を引き上げる技(マントリング)で頂上にたどり着く。見ているこちらのほうが掌(てのひら)に汗をかいた。

 フォンテーヌブローの森でさまざまな人が課題に挑むのを見物していると、人間にはなんと純粋な意志が秘められているのかと感嘆せずにはおれない。靴のほかには皮膚と筋肉と神経だけで、重力に逆らって巨岩にアタックしようというのだ。それも、チームで競争しているわけではないし、スポンサーがついているわけでもない。成功しても賞金は出ない。見ているのは他のボルダラーだけで、テレビカメラもなく、ファンもいない。うまくいったからと言って巨額の契約金でプロ契約を結び用具の提供を受けられる、なんてことは期待できないのだ。単純に、ふつうの人間には不可能と思えるようなことをやってのけるというささやかな喜びのために、自分の限界に挑戦するのである。

 砂地に座ってランチを食べていたフランス人ボルダラー二人とおしゃべりしたことがある。南仏から来たという。アルプスにも登ったことがあるという彼らに、なぜ大勢のボルダラーがフォンテーヌブローにやって来るのかと質問してみた。

「ここに来ているのは腕に覚えがある連中ばかりだよ」と一人が答えた。「アルプスでは刺激的なクライミングをたくさんやって、難所もうまく乗り切ってきた。だけどここでは難所には一〇秒でたどり着けるのに……」

「クリアするまでに五回も落ちたね!」とパートナーが笑いながら口を挟んだ。

 フランスには山も巨岩もたくさんある。その一つひとつが、高さ、美しさ、立地、知名度などさまざまな点でむずかしさと達成感が異なるという。最初に質問に答えてくれたボルダラーが、自分は困難でやりがいのある課題を選ぶと言い、最大の難所を自分の実力で乗り越えられると思えることが大事だね、と付け加えた。その瞬間に、何かひらめくものがあった。これは、有能な経営者がとっているアプローチそのものだ。困難な問題に直面したとき、あるいは大きなチャンスに遭遇したとき、彼らは実現可能な最大の前進や成果が見込める道を選ぶ。言い換えれば、成否を決するような最大級の障害物が自分の力で克服可能だと判断したとき、その道を選ぶのである。

 戦略を立てるスキルは三つの要素で形成される。第一は、ほんとうに重要なのはどれで、後回しにしてよいのはどれかを見きわめる能力。第二は、その重要な問題の解決は手持ちのリソースで現実的に解決可能なのかを判断する能力。第三は、リソースを集中して投入する決断を下す能力、逆に言えば、貴重なリソースを小出しにしたり、一度にいろいろなことに手を出したりする愚を犯さない能力である。三つのスキルはどれが欠けてもならず、三つがそろって初めて課題の核心(crux)、つまり最重要ポイントに全力集中できるようになる。最重要ポイントは単にむずかしいだけでなく成否を分ける勝負どころであって、かつ、集中的に取り組めば克服可能な難所を意味する。

 どんな人も、いやどんな組織や企業も、まさにボルダラーと同じように高い壁に進路を塞がれることもあれば、思わぬチャンスに遭遇することもある。そんなとき、もちろん気合や根性は必要だ。体力だっている。だがそれだけでは不十分だ。自分にとっての最重要ポイントはどこかを見きわめる力が必要になる。どこをクリアすればゴールに近づくか、どこを克服すれば得るものが大きいかを見定め、それを乗り越える方法を見つける能力が求められるのである。


 起業家としてのイーロン・マスクが抱く数々の野心の一つは、火星への人類移住である。彼は小型宇宙船での火星旅行を夢見ていた。そして二〇〇一年には本気で旧式のロシア製ロケットを購入しようとロシアへ行く。だがロシア人との交渉はいっこうに埒(らち)が明かず、しかも値段が三倍に吊り上げられてすっかり機嫌を悪くする。そもそも宇宙船を軌道に乗せるのになぜこんなに金がかかるのか。

 問題を調べていくと、高いコストの根本原因はロケットが再使用できない点にあると判明する。宇宙船一機を宇宙に送り込むのに打ち上げ用のロケットが一機必要だ。コスト問題の最重要ポイントはロケットの大気圏再突入にあるとマスクは考えた。秒速七・九キロメートル(マッハ二三)以上で大気圏に突入するロケットが燃えさかる溶鉱炉になってしまわないようにするには、どうすればいいのか。旧式のスペースシャトルの場合、再使用を可能にするためにあの大きな翼は三万五〇〇〇枚もの耐熱タイルで覆われている。タイルは一枚一枚分離でき、どれも完璧な耐熱効果を発揮しなければならず、飛行後にはすべて点検して元の位置に戻さなければならない。シャトル打ち上げ用のブースターも再使用可能なはずだが、海に落下したものを回収するのだから、おそらくかなりのダメージがあるだろう。それなら、再使用の前提で設計するより使い捨てにするほうが安上がりかもしれない。

 この難題は、「犬のお尻の屋根」で右手の指一本と左足の踵だけで支えた体を反り返らせ、オーバーハングを乗り越えようとしている瞬間のようなものだ。必要なのは、うまいこと体を使って空中でジャンプする技(ランジ)を使って次のホールドにとりつくことである。困難な課題に最重要ポイントという概念を導入すると、注意がまさにその一点に集中するという効果が得られる。戦略とは困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見きわめ、それを解決する方法を見つける、または考案することにある。

 再使用と再突入の問題に集中したマスクは、あることに気づく。燃料は機体よりはるかに安い。となれば、燃料をたくさん積んで出発し、地球への帰還の際にロケットの速度を落とすことに使えば、再突入時に超高温になる問題を回避できるのではないか。地球に近づいてきたロケットがエンジンを逆噴射してゆっくり降下し、しずしずと軟着陸する昔のSFのような光景をマスクは想像した。これなら再突入でロケットが灼熱状態になり、機体の外側が焦げて損傷を受けることはない。再突入プロセスは自動制御できるから、人間の操縦士は不要だ。カギを握るのは、正確に再点火と停止ができ、出力の調整が行える信頼性の高いロケットエンジンを設計することだった。

 組織が難事業に取り組むときには、持てる力、知識、スキルを結集し、最重要ポイントにフォーカスすることが必要だ。戦略家が「フォーカス」と言うとき、それは単に注意を集中することではない。絞り込んだターゲットに持てる力をすべて集中投入することを意味する。力が弱ければ何も起きない。力が強くてもターゲットに集中せず分散してしまったら、やはり何も起きない。まちがったターゲットに力を投入しても、何も起きない。すべての力が正しいターゲットにフォーカスしたときだけ、突破口が開ける。

 マスクは二〇〇二年にスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社(通称スペースX)を設立し、重要課題にフォーカスした方針を打ち出した。スペースXのロケットは低コストで再使用可能なものとし、ゼロから設計する。大陸間弾道ミサイルのコンセプトを応用する方針は採らない。スペースXは宇宙関連大手とは一線を画す。アメリカ空軍を喜ばせるために地球を何度も周回する必要はないし、宇宙探査をしたがる科学者を満足させる必要もない。豪華な研究開発施設もいらない。スペースXが挑むのはあくまで工学的な問題であって高度な科学は必要ない、というのがマスクの理解だった。それに航空宇宙局(NASA)ではないのだから、子供たちに科学や数学への興味を抱かせるといった役目もない。プロジェクトの第一段階はとにかくコストダウンにフォーカスすること、それに尽きる。

 多くの人が、コストを抑えようとすれば信頼性が犠牲になるのではないかと批判した。これに対してマスクはまさにエンジニアの回答をする。

 コストを切り詰めたら信頼性も下がるのではないかとよく聞かれる。だがこの見方はまったくばかげている。フェラーリは高級車でとても高価だが、信頼性が高いとは言えない。一方、ホンダのシビックが最初の一年間に故障する可能性は千に一つもないと請け合ってもいい。安くて信頼性の高いクルマは現に存在する。ロケットも同じだ。


 コストを引き下げるために、マスクは設計と製造をシンプルにすることと下請けの数を減らすことにフォーカスする。たとえばスペースXの打ち上げ用ロケット「ファルコン9」では、内部のフライトコンピュータ同士の接続にカスタム仕様ではなく汎用のイーサネット規格を使っている。また自社工場も他の宇宙関係メーカーよりはるかに低コスト仕様だ。

 ボーイングやロッキード・マーティンといった大手コントラクターで働くのは、はっきり言ってつまらない。というのも彼らは要するに元請けであって、仕事の大半は下請けの管理と政府との折衝だからだ。これに対してスペースXのエンジニアたちは、もちろん大変だし苦労も多いが、つまらないということはまったくない。

 スペースXの最初の商用飛行は二〇〇九年で、マレーシアの観測衛星を軌道に送り込んだ。とは言え快進撃が始まったのは、二〇一五年からである。この年、ファルコン9は衛星を軌道に乗せ、さらにエンジンを逆噴射して軟着陸に成功した最初のロケットとなった。二〇一八年には、ファルコン9のコストは地球低周回軌道(LEO)(地上からの高度二〇〇〇キロメートル以下)用でペイロード(可搬重量)一ポンドあたりのコストがスペースシャトルの二三分の一まで切り詰められた。ファルコン9の大型バージョンであるファルコンヘビーでは、ファルコン9の半分になっている(図)。

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 二〇二〇年五月三〇日、スペースXはNASAの宇宙飛行士二名を国際宇宙ステーション(ISS)まで運ぶ。翌六月初めにはNASAは、打ち上げ用ロケットのファルコン9と有人宇宙船のクルードラゴンを将来のミッションに再使用するスペースXの計画を承認した。

 NASAの見積もりでは火星行きに要するコストは二〇〇〇億ドルだったが、マスクの試算では九〇億ドルである。この破格の低予算実現のカギは、さきほどとまったく同じだ。シンプル、低コスト、再使用可能性という目標を首尾一貫して追求することである。政治家や官僚がやったらコストは膨れ上がり、たくさんの目的が詰め込まれ、それに応じて搭載物も増えて、プロジェクトは押し潰されていただろう。

 お断りしておくが、スペースXが将来にわたって大成功を収めるなどと言うつもりはまったくない。そもそも宇宙へ行くのはリスクの大きい大事業だし、ロケット自体も危険な乗り物だ。昨今のメディアの体質からすると、何か大きな事故でも起こそうものなら大騒ぎをするだろう。だが誤解を恐れずに言えば、飛行機が発明された時代にもし今日の安全基準が設けられていたら、二〇世紀における航空機の開発競争はまず実現しなかったにちがいない。ここで私が言いたいのは、ロケット開発においてスペースXが現時点までに驚異的な成功を収めたのは、ひとえにイーロン・マスクが問題の成否を決する最重要ポイントを理解し、それを乗り越える方法を見つけたからだ、ということである。加えてスペースXは、全社を挙げてぶれずにそれに取り組んだ。彼らの努力は、高い信頼性と可能な限りの低コストで宇宙船を軌道に送り込むこと、その一点に投じられたのである。


 生産性の高い人は、最重要ポイントに全力で集中することで、直面する課題を乗り越える方法を見つけ出す。繰り返しになるが、最重要ポイントとは困難で複雑な課題を構成する要素のうち、最も重要かつ解決可能な(正確には、妥当な確率で解決できそうな)要素を指す。効果的に取り組むためには、まず直面する課題をくまなく調べ、どこが最大のポイントなのかを見きわめ、そこを乗り越える手立てを考えることが欠かせない。このステップを省くと成功は望めない。

 戦略の策定とは、単なる意思決定ではない。意思決定の場合、とりうる行動の選択肢があらかじめリストアップされていて、その中から選ぶことが想定されるが、戦略を立てるときはそうではない。まずは課題の特定から始まる。また戦略策定と目標設定はちがう。戦略は組織が直面する課題から始まるのであって、先に最終到達地点としての目標を設定するのは順序があべこべである。戦略を立てると言いながら実際には目標を立てている人は、誰かがどこかで課題を解決してくれるとでも考えているのだろう。

 よき戦略家であるためには、直面する課題の複雑さや困難さをまるごと受け止めなければならない。そのうえで、課題の最重要ポイント、すなわち成否を決するような勝負どころを見きわめるセンスを養わなければならない。

 さらに、我慢強さも必要になる。錯綜する問題の闇の中に最初にかすかに差し込む光に飛びつきたいという誘惑はあまりに強いからだ。また、外から押し寄せる難題を解決するだけでなく、組織自体が健康体であるよう注意を払い、内部崩壊を防がなければならない。

 加えて、いくつもの問題を抱える場合、組織の目的と戦略を立てる自分自身の野心とのバランスをとることも必要だ。あなたと他のステークホルダーとでは、めざす目的もちがえば価値観や信条もちがうことをよくわきまえなければならない。

 よき戦略家であるためには、方針と行動の一貫性を保ち、多すぎるイニシアチブや両立不能な目的を同時に追求して努力を水泡に帰すような愚を避けなければならない。こうしたことは本にもあまり書かれていないし、語られることもすくない。戦略とは卓越した優位性を備えることだとか、なりたい姿になるための長期的なビジョンを描くことだとよく言われる。コンサルタントはあなたの会社と業界トップの会社を比較したチャートを作り、こうすればああなれる、このメソッドを導入すれば、このマインドセットを持てばああなれる、などと言うだろう。

 身も蓋もないようだが、どれほどがんばったところで過半数の企業が平均を上回ることはできない。また、どうやっても取り返しのつかない状況や、どうあがいても解決不能な問題というものは存在する。それに不都合な真実を言えば、大きな組織が即座に方向転換することはまず不可能だ。アパレルからウェブサービスに転身したいと思っても、そう簡単にはいかない。産業によっては既得権益団体と政治家が結託し、状況を変えようとしてもびくともしないということもありうる。戦略は魔法ではないのだ。

 困難な課題に挑むときには、まずは何が問題なのかを理解することだ。学校制度を立て直すには、まずは制度が立ち行かなくなった原因を知らなければならない。買い物客の満足度を高めるには、販売戦術や接客術を理解するだけでなく、客の好みやニーズや習慣を知らなければならない。けっしてゴールから、つまり目標設定からスタートしてはならない。いま何が問題なのかを理解するところから始め、成否を決するポイントを見きわめることが戦略策定の王道である。

 古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、「性格は運命である」と言った。人間は性格から逃れられず、その人の運命は性格で決まるというほどの意味だ。だがもしあなたが大胆にリスクをとるタイプだとしても、こと戦略に関する限り、リスクの大きさや勝つ確率を理解していなければならない。企業の戦略を立てるからには、今日の行動が将来の成果にどうつながるのか、説得力のあるストーリーで戦略を語って信頼を勝ち得なければならない。戦略のロジックは、大胆なギャンブラーではなく冷静で賢明な人が納得できるものであることが必須条件だ。「わが社は増収増益とコスト削減に邁進する」といった類に説得力はない。「顧客中心の姿勢を貫き同業他社に打ち勝つ」も同類である。あなた自身への信頼とあなたの立てる戦略への信頼を勝ち取るためには、直面する課題にどう取り組むのか、論理と論拠と証拠を示すことが必要である。


 本書を書く直接のきっかけになったのは、スキー場で転んだことだった。コロラド州アスペンマウンテンの上級コースで転倒し、背骨を痛めてしまった。おかげでその後数カ月にわたりスキーどころかハイキングもできなくなる。そこに新型コロナウイルスのパンデミックが起きて、旅行もできなくなった。こうして家でおとなしくしていた時間にさまざまなテーマとアイデアが浮かび、ゆっくりと醸成されていったわけである。

 二〇二〇年のステイホーム中に私は書き留めたアイデアの検討を始めた。個人的な経験からすると、自分が何をわかっているかは書いてみなければわからない。書くことによって、矛盾や論理の弱さや裏付けの必要な箇所がはっきりする。また、重要なピースとそうでないピースをふるい分けることができる。八歳の娘のこんがらがった髪をとかすようなものだ。

 本書では、一人称である「私」をたびたび使っている。自己宣伝ではないかと不快に感じる読者がおられるかもしれないが、けっしてそういうつもりではない。むしろ、自分の考えを事実であるかのように、あるいは自分のモデルを現実であるかのように提示する書き手に私は不快感を覚える。経済学者はしばしば、これこれの状況で「企業」はこう行動するなどと書くが、この「企業」は彼らの企業モデルの企業であって、現実の企業ではない。にもかかわらず、そうした但し書きをつけることはまずない。評論家はだいたいにおいて自分の意見を事実であるかのように書く。たとえば「分野に特化する方法は二つある。第一はターゲットセグメントを絞り込むこと、第二は製品の範囲を絞ることだ」という具合である。これは論理的に導き出した理論なのか、それとも書き手自身の経験に基づく経験則なのか。それとも他の人の受け売りなのか。もしこの意見(しかもまちがっている)を最初に言い出したのが書いた本人であるなら、果たして実際に成り立つのか、読み手はよくよく注意しなければならない。

 あることをどうやって知り、どうして確信するにいたったのかを説明するとき、私は一人称を使っている。この「あること」とは、多くの場合に事実や論理的な根拠ではなく、研究を通じて私がたどり着いた結論や見解である。たとえば戦略目標と戦略そのものとの関係を論じるときには、この問題について私が最初にヒントを得た状況を説明する。キャッシュフロー予測の不確実性を論じるときには、実際に企業経営者とそうした予測を行ったときの個人的な経験を説明する、というふうに。


 本書で訴えたいことは、大きく分けて四つある。第一に、戦略を立てる最善の方法は、困難な課題に正面から立ち向かうことである。一足飛びに目標を掲げ、思い描く終着点を語る人が多すぎる。最初にすべきは困難な問題をじっくり見つめ、その構成要素やそこに作用している要因を理解することだ。そうすれば、何をめざすべきか、そのためにどう行動したらいいか、どのルートをとるべきかが見えてくるだろう。もしかすると、最初に抱いた考えとはちがってくるかもしれない。その過程で最重要ポイント、すなわちボルダリングで言えば、そこをクリアできれば成功がグッと近づくというポイントを見きわめる。ただしそれは現実的に克服可能でなければならず、人知を尽くしても解決不能なものに手を出してはいけない。ポイントを見きわめたら、アタックする方法を考え、その方針でいいかどうか再検討する。

 第二に、活用できるリソースを確認する。難所をクリアするにはさまざまな能力やツールが必要だ。気合と根性だけでは乗り切れない。

 第三に、いかにも魅力的な誘惑に負けたり横道に逸れたりしないよう注意する。たとえばミッション・ステートメント作りに何日もかけるとか、四半期業績目標の進捗状況チェックに毎日時間を費やすといった愚は避けること。そもそも目標管理を戦略と混同してはいけない。

 第四に、グループやワークショップ方式で戦略を立てるやり方は落とし穴が多いと心得る。グループで臨む場合でも、必ず困難な問題をじっくり見ることから始めなければいけない。勇み立って一足飛びに結論に飛びついたりしないこと。最重要ポイントは何かを見きわめ、それを乗り越える一貫した方針を考える手順は、一人でもグループでも変わらない。

 以上のように、本書で論じるのは困難な課題に正面から向き合い最重要ポイントを見つけて集中攻撃する戦略であり、その要諦を理解する一助になればさいわいである。


【目次】

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