その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は堀越功さんの『 NTTの叛乱 「宿命を背負う巨人」は生まれ変わるか 』。序章「普通の会社になりたい」の冒頭から5節までをお届けします。
【序章】「普通の会社になりたい」
34万人を束ねるトップの言葉
年の瀬が迫る2023年12月末、筆者は国内有数の34万人の従業員を抱える企業のトップ、NTT持ち株会社の島田明社長と向かい合っていた。
そこで聞いたのがこんな言葉だった。
「普通の会社になりたい。普通の会社になるべきです。いろんな規制があるということは、自分たちの活動範囲を狭め、社員のマインドセットに影響します。もちろん公正競争はきちんと担保します。我々は『企業性』もありますが、『公共性』も持っている会社です。日本の産業を育てていくには、情報通信の基盤は非常に重要。それを高度化させていくことはNTTの責務です」
2022年6月にNTT持ち株会社の社長に就いた島田氏は、温和な人格者として知られる。しかし冗談めかして話す時も目は決して笑わない。そこに巨大企業を背負う経営者としてのすごみを感じる。
NTTは、日本人であれば知らない人がいない大企業だろう。正式名称は日本電信電話株式会社。独占的に国内通信サービスを提供していた日本電信電話公社という公社をルーツに持つ。1985年に民営化されて新たに生まれ変わった。2025年に民営化40周年という節目の年を迎える。
NTTは、日本株で時価総額トップテンに必ずランクインする国内産業を代表する企業だ。かつては世界の時価総額ランキングでトップに立ったこともある。そんな会社のトップが「普通の会社になりたい」とは、一般的な感覚からすれば奇異に映るかもしれない。NTTは普通の会社ではないのか。一体何を言っているのか――。
「普通の会社になりたい」という発言は、聞く人が聞けば不快感を抱くかもしれない。公社時代からの通信インフラ設備と顧客基盤を引き継ぎ、今では13兆円という売上高を誇る恵まれた企業であるにもかかわらず、「普通の会社になりたい」とは、日本の通信インフラを担う責任と自覚を放棄するのか、と――。
「変わりたい」という強い意志
一方でNTTは、普通の会社ではないのも事実だ。グループを束ねる司令塔であるNTT持ち株会社、そして地域通信事業を担うNTT東日本、NTT西日本は、国によって目的や業務範囲を制限された特殊会社である。そしてこれらNTTの企業としての目的や業務範囲を規制しているのが「日本電信電話株式会社等に関する法律」、通称NTT法である。
NTT法は、日本電信電話公社が民営化するに当たって1984年に制定された法律だ。2024年4月にその一部が改正されるが、国民にとって不可欠である電話サービスを全国津々浦々あまねく提供すること、そして様々な研究の推進及び成果の普及という、2つの大きな責務をNTTに課してきた。NTT法は、公社時代に担っていた通信サービスの公共的な役割を、民営化後も担わせるための法律と捉えてよいだろう。
電話をはじめとする通信サービスは、国民生活や社会経済活動に不可欠なサービスである。国にとっての神経網であることに加えて、民主主義を支える基盤としての役割もある。そこでNTT法の第三条ではNTTに対し、電話をあまねく全国に、公平かつ安定的に提供する責務を課している。いわゆる電話のユニバーサルサービス責務だ。NTT法によって責務を課されたNTT東西が提供する固定電話は、どんなに赤字でもNTTの一存で提供をやめることができない。非常に重い責務だ。民営化に伴ってNTTが営利追求のみに走ることがないよう、NTT法がくびきとして機能している。
NTT法では、この他にも様々な制約をNTTに課している。NTT持ち株会社の株式の3分の1以上を政府が保有することもその1つだ。政府が安定株主になることで、特定の者に経営が支配され、公共性がないがしろにされることを防ぐためだ。これまでNTT持ち株会社の取締役の選解任や事業計画などが総務相の認可事項になっていた点も、公共性を確保する狙いからである。
冒頭の「普通の会社になりたい。普通の会社になるべきだ」という島田社長の言葉は、NTT自身が、NTT法のくびきを外してほしいと訴えていることに他ならない。普通の会社のように、経営陣の意思決定に基づいて取締役を選任したり解任したりし、企業として成長したいということだ。
振り返ってみると、NTTがここまで積極的に自らを変えたい、変わりたいと「攻め」の意思表示をするのは初めてではないか。
かつては不振を「装う」不思議な会社
筆者は2004年に通信専門誌「日経コミュニケーション」(2017年休刊)の記者になって以来、約20年間、通信業界の取材を続けてきた。過去20年の取材活動において、NTTはあらゆるテーマで大きな存在だった。NTTは昔も今も、日本の情報通信市場の太い幹としてそびえ立つ。
筆者が通信業界を取材し始めた約20年前のNTTは、その組織力を駆使して現状維持に力を注ぐような、極めて内向きな組織だった。さらにいえば、政府による規制強化を回避するために、必要以上に不振を装うような不思議な会社だった。
例えばリーマン・ショックによってトヨタ自動車など日本の自動車産業が大打撃を受けた2008年から2009年にかけて、NTTは営業利益で国内首位に立った。そんな時でさえ、当時のNTT持ち株会社のトップは「電話の契約数の減少に歯止めがかからない」「電話の減収をカバーする新事業が育っていない」といった具合に、自社のマイナス面を強調していた。
NTTは、莫大な利益を上げればもうけすぎと批判を浴び、シェアが拡大すれば総務省から厳しい規制をかけられる。当時のNTTにとっては、勝ちすぎて厳しい規制をかけられるよりも、ほどほどのシェアで現状維持を図るほうが賢い選択だったのだ。当時の業界関係者の多くは、決して苦しい状況ではないにもかかわらず、不振を装うNTTの姿勢について、規制強化をかわすための“演出”と冷ややかに見ていた。
それもそのはず。約20年前のNTTは売り上げのほとんどを国内市場のビジネスが占めており、国内通信市場における規制強化が、そのまま売り上げの減少に直結するおそれがあったからだ。さらに当時、総務省において2010年に、NTTの組織のあり方を検討する予定が控えていた。NTTが何よりも避けたかったのが、グループの解体などにつながる組織問題の議論だった。それをうまく乗り切るためにも、営業利益で国内首位に立ったとしても極力目立たず、不振を装うほうがよかったのだ。
だが普通の会社からすれば、これだけの利益を稼いでおきながら不振を装うなど、常識的には考えられない。日本の経済成長の視点から見ても、日本有数のヒト・モノ・カネを持つ情報通信産業のトップ企業が、「ほどほど」のシェアでとどまるように実力を抑えていたのだとすれば、それは日本経済にとっての大きな損失ではないか。
1989年に時価総額で世界首位に上り詰めたNTTだが、2000年代半ば以降、米アップルや米アルファベット(グーグルの持ち株会社)や米アマゾン・ドット・コムなどに軒並み追い抜かれていった。GAFAをはじめとした米巨大テック企業は、IT(情報技術)サービスの分野で次々と日本市場を席巻し始めた。財務省の調べによると、こうした米巨大テック企業などへの日本からの支払いは近年、大幅に増えており、2023年度のいわゆる「デジタル赤字」は、約5・5兆円と5年で約1・7倍にも膨らんだ。
NTTが内向き志向にとらわれ、不振を装ううちに、米巨大テック企業に市場の多くを奪われてしまったという見方もできる。NTTが、日本の情報通信市場を引っ張っていく自覚を持ち海外勢に伍(ご)していくような行動を見せていれば、日本経済がその後に陥った停滞を少しでも防げたのではないか。少なくとも当時のNTTには、今のGAFAに対抗できる存在になるポテンシャルはあったはずだ。
内向き志向から「攻め」に転じる
2000年代半ばから約20年が経過した今、NTTは、そんなかつての内向き志向から変わりつつある。矢継ぎ早に経営改革を進め、「守り」から「攻め」の姿勢へと転じている。
島田社長は筆者にこのように語る。
「今は未来がよく見えない不確実性の時代です。社会に対するサステナビリティー(持続可能性)と環境を維持しながら、新しい価値を生み出すことを我々の事業の中心に置き、再生可能エネルギーやデータセンターなどビジネスのポートフォリオを様々な領域へと広げていくべきだと考えています。約40年前に収益の80%以上を占めていた音声通話収入は、現在では固定電話と携帯電話を含めて15%以下まで減っています。徐々に事業ポートフォリオを変化させていく必要があります」
NTTというといまだに電話の会社としてイメージする人も多いだろう。だが今のNTTはシステム構築から再生可能エネルギー、データセンター事業、さらにはデバイスメーカーや宇宙開発など、多様な顔を持つコングロマリットへと急速に変化しつつある。
伝統的な日本企業として「JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)」と揶揄(やゆ)されることも多いNTTだが、実はグローバル化も進んでいる。NTTは、2010年代以降、海外企業を相次ぎ買収したことで、今や34万人の社員のうち、海外従業員比率は4割超まで拡大している。売上高でいうと全体の約2割が海外の売り上げだ。「官僚よりも官僚的」と言われてきた年次主義の人事制度も、2023年春に完全撤廃した。
NTTが矢継ぎ早に経営改革を進めている理由は、従来型の通信ビジネスだけではこの先、成長が厳しくなるという危機意識からだ。主力の通信サービスはコモディティー化し、成長鈍化に直面する。光回線数の純増は止まり、携帯電話サービスの通信収入も値下げの影響から減収が続く。かつてのように国内市場でそこそこのシェアを維持していればよいという状況は一変しつつあるのだ。
突如浮上した「NTT法見直し」の議論
そんなNTTの「攻め」の最たるものが、2023年半ばに突如浮上したNTT法見直しの議論だ。今後5年で43兆円と大幅に増額を見込む防衛力強化に向けて自民党の特命委員会が進めた財源確保の検討において、財源候補の1つとして政府が保有するNTT株の売却が俎上(そじょう)に載せられたのだ。
自民党の特命委員会は2023年6月、NTT法について「通信手段が高度化・多様化し、国際競争も激しくなっている中で、これらの義務を維持し続けることについて検討の余地がある」と指摘。政府が保有するNTT株をすべて売却する「完全民営化」の選択肢も含め、NTT法のあり方について速やかに検討すべきだとする提言をまとめた。ここに業界を二分する激しい論争の火蓋(ひぶた)が切られた。
NTTは2023年半ばから始まった論争において、「NTT法は結果的にいらなくなる」という論陣を張った。NTTに公共的な役割を担わせるためのくびきであるNTT法について「役割はおおむね完遂した」と指摘。時代遅れになった項目の撤廃や、他の法律への統合を求めたのだ。
島田社長は筆者に対し、このように念押しをする。
「NTT法は、約40年前の市場環境に基づいてつくられています。今の状況に合った形に法体系をつくり直すべきです。諸外国は約20年前にこの議論を進めました。古いものを残すのではなく、新しい法体系をつくるべきです」
これはNTTの叛乱(はんらん)だ――。筆者はこのように捉えた。
かつてのNTTであれば、規制強化こそ全力で回避するものの、自らの存在意義そのものに関わるNTT法について、見直しを求めるような行動に出ることはなかった。それだけNTT法は、日本の通信市場において、金科玉条のごとく存在することが当たり前の法律だった。NTTがその禁を犯すような大胆な行動を取るとは、筆者は想像すらしなかった。逆に言えば、それだけNTTが「攻め」の姿勢へ転じていることの表れではないか。
(以下略)
【目次】
記事のタイトルと本文の書籍名を修正しました。 [2024/12/18 10:10]




