その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は伏木幹太郎さんの『 エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術 』です。
【はじめに】
「エンジンはもう終わった」――そう言われて久しい。かつて産業革命の象徴であり、近代社会を動かしてきたエンジン。この10年で「時代遅れの技術」として片隅に追いやられたかのように見えた。
自動車業界は今、100年に一度と呼ばれる変革期にある。世界の潮流は2010年代後半から一気に変わった。各国政府が相次いで電気自動車(EV)へのシフトを打ち出し、メディアも「EVこそが未来だ」と煽るように報じた。欧州は2035年にエンジン車の販売を禁止する方針を打ち出し、中国はEVを国家戦略の柱に据えた。併せて欧州の老舗メーカーはこぞって「エンジン車の廃止」を宣言した。もはやエンジンは過去の遺物のように語られた。
確かにEVはこれまでの自動車の常識を覆す新しい価値をもたらした。走り出した瞬間の静けさ、アクセルの踏み込みに対する瞬時のトルク応答、そして走行中に排ガスを出さないというクリーンさ。筆者自身も初めてEVのステアリングを握ったとき、その異次元の滑らかさに驚いた。エンジン音も振動もない新しい運転体験は、自動車の未来への扉が開くような感覚を覚えた。
だが、現実は理想通りには進まなかった。EVの普及が進むにつれ、その影に潜んでいた課題が次々と顔を出した。充電インフラ整備は遅々として進まず、長距離移動では「充電待ち渋滞」が発生する。電池の原材料となるリチウムやコバルトは資源の偏在が激しく、価格の乱高下が続く。寒冷地では電池性能が低下し、航続距離が大きく落ち込む。
2023年以降、かつてEV推進の旗手だった欧州では販売の伸びが鈍化し、米国では中古EV価格の急落がニュースとなった。EVシフトをいち早く進めた北欧諸国や中国では、冬場の航続距離低下や充電渋滞が社会問題となっている。
そもそもEVの環境負荷は車両単体の排出量だけでは評価できないともいわれる。走行時に二酸化炭素(CO₂)を排出しない一方で、その電力が化石燃料に依存していれば、結果的に総排出量は高くなる。世界がEVシフトを進めれば進めるほど、現状の環境で「EVは本当に“環境に優しい”のか?」という議論が巻き起こった。
一方、その陰でエンジン技術は静かに進化を遂げてきた。かつてガソリンエンジンの熱効率は30%台に過ぎなかったが、今では40%台は当たり前、50%に達する試作機も現実のものとなっている。排ガス浄化技術が進み、可変バルブタイミング制御やリーンバーン(希薄燃焼)など、あらゆる面で進化を遂げた。
そんなエンジン技術革新をけん引しているのが、他ならぬ日本車メーカーだ。トヨタ自動車、ホンダ、日産自動車、SUBARU(スバル)、マツダ、スズキ、三菱自動車――それぞれが独自の発想と技術で、エンジンを進化させ続けている。
例えばトヨタは欧州の厳しい環境規制「ユーロ7」対応の新エンジンで新たな開発思想を打ち出した。日産は「究極の燃焼」を掲げるエンジン技術を開発。スバルは水平対向の理想を追い、マツダはロータリーエンジンを発電用として復活させた。
これらは単なる延命策ではなく、「マルチパスウェイ」という日本独自の戦略に基づいている。地域・インフラ・用途に応じて、EVと燃料電池車(FCV)、高効率エンジンを共存させるハイブリッド技術を最適に組み合わせる。「EVかエンジン」という二択ではなく、「EVもエンジンも」という選択肢である。技術を敵対させるのではなく、共存させ、目的である脱炭素に向けて最も合理的な道を模索する。その現実主義こそ、日本の強さの源泉なのだ。
そして今、世界も再び現実を見つめ直し始めている。欧州は、方針転換へ動き出した。2024年、欧州連合(EU)はユーロ7を大幅に緩和し、実質的に内燃機関の延命を認めた。ドイツ・フォルクスワーゲンの最高経営責任者(CEO)は「2035年の完全EV化は時期尚早」と発言し、同メルセデス・ベンツもエンジン車の継続開発を表明した。欧州のメーカーは今、EVの販売低迷とコスト上昇に直面し、現実的なハイブリッド車(HEV)へ舵を切り始めている。
中国勢も同様にEV一本槍から徐々に方向転換し始めた。比亜迪(BYD)や吉利汽車(ジーリー)などが次々と高効率エンジンを発表し、40%後半の熱効率でアピールしている。特に中国では、プラグインハイブリッド車(PHEV)が急拡大しており、むしろエンジンの存在感は増しているのだ。
本書では、自動車業界が再び「現実路線」に立ち返りつつある今、世界のエンジン動向を多角的に掘り下げていく。最新の技術データ、開発現場の声に触れながら、エンジンの将来を追う。
EVの時代にあっても、エンジンは終わらない。むしろこれからの50年、エンジンは脱炭素社会における最も柔軟で持続可能な選択肢として、再び脚光を浴びるだろう。
「エンジンの逆襲」は、すでに始まっている。
【目次】







