その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は辻太一朗さん、曽和利光さん、細谷修平さん、矢矧春菜さんの『 採用一新 さらば! ガクチカ頼み 』です。
【はじめに】
――「大学での学びを通して、あなたは何を得ましたか?」
この問いに、すぐに答えられる学生は、実はそれほど多くありません。
一方で、「サークル活動で得たことは?」「クラブ活動で学んだ力は?」「趣味から得たスキルは?」と問えば、すぐに言葉が返ってくる学生はたくさんいます。就職活動でも、そうした経験を基にした“エピソード”を堂々と語る学生は珍しくありません。
しかし、本来それは健全な状態でしょうか。
大学の時間の大半を占めるのは、学業です。にもかかわらず、学業で得たものよりも、課外活動の方が語りやすく、評価されやすいという現状があるとすれば、それはどこか歪んだ構造と言えるのではないでしょうか。
私は辻太一朗と申します。1984年に株式会社リクルートに入社して以来、2010年までの約四半世紀にわたり、企業の採用支援、採用コンサルティングに携わってきました。
その中で常に残念に感じてきたのは、「日本の学生は世界で最も勉強しない」と言われ続ける現状でした。
2010年には仕事の関係で中国の大学生100人以上と面談をしました。そこで実感したのは、日本の学生に比べて中国の学生は大学に入ってから知的能力を磨き上げているということでした。例えるならば、体育会で体を鍛えている中国の学生と、サークルで楽しくやりながら体力を磨いている日本の学生との差といった感じです。大学4年間の時間の使い方とその密度の違いによって、これほど知的能力に差が生まれるのかと、唖然(あぜん)とした記憶があります。
その原因はどこにあるのでしょう。“日本の大学は授業の質が低い”“学生のやる気がないからだ”など、大学や学生の問題と捉える声もありますが、私はそうは思いません。実は、学生が学ばないように仕向けてしまっている社会構造――特に、企業の採用のあり方に大きな原因があると感じてきました。
「授業を頑張っても、就職には関係ない」
「学業は評価されない。むしろ、アルバイトやサークルを頑張る方が就職に有利だ」
そう考える学生が増えていく中で、大学での学びは“社会的に意味を持たない努力”のように扱われてきました。大学がいくら教育改革を進めても、採用が変わらなければ、学生の行動は変わらない。私はその現実を、数え切れないほどの現場で見てきました。
このねじれを正したい――。
そんな思いで、2011年に立ち上げたのが「NPO法人 大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」です。
名前の通り、大学と企業の間にある「価値のねじれ」を解消し、大学の学びの場面での行動が正当に評価される社会をつくることを目指してきました。その活動の一環として、大学の履修情報を整理・可視化し、学業の意図や考え、行動を“企業が理解できる形”にするための仕組みとして株式会社履修データセンターを設立しました。
私たちが取り組んできたことは、単にデータを整えることではありません。
教育・採用・育成という、本来ひとつながりであるべきプロセスを再び結び直し、「学ぶ」と「働く」を社会の中で循環させる仕組みをつくること。それが、この取り組みの真の目的です。
実は、今、変化の兆しが生まれています。
近年、授業出席の厳正化によって、授業に出席することが学生にとっては当たり前になっています。大学生にとっては学業行動が大学生活の最も長い時間になっているのです。それに伴って学業での目的、授業の選択、また授業中の時間の使い方や試験の対策方法など、学び方に個人個人の学生の価値観や行動特性があらわれるようになってきました。
大学教育そのものも大きく変わってきました。知識のインプット型授業は減り、グループワークや探究型学習、レポート重視の評価が増えています。学生は、受け身ではなく「自ら考え、調べ、表現する力」を求められるようになっています。つまり、大学はすでに“学び方の変革”を進めているのです。学業行動にあらわれる、またそこで評価される資質が多様になってきたということです。
では、企業の採用はどうでしょうか。
いまだに「大学時代、一番力を入れたことは? 何を頑張ったのか?」というお決まりの質問、いわゆる「ガクチカ」を繰り返していないでしょうか。
「ガクチカ」の問題点については、この後の章で詳しく述べていきます。何より、本書で伝えたいのは、学生も大学も変わりつつあるからこそ、企業の採用も変わらなければならないということです。
企業の中にも、学業に着目した面接が必要だとする声はあります。理系の学生に対して、研究内容を尋ねる企業もあります。しかし、こうした企業であっても、成績や研究内容の確認にとどまっているところが多く、学業に対する意欲を高めるような動きにつながっていません。
重要なのは、一人ひとりの学生の本質を理解することです。単に成績の良し悪しを評価するだけでは不十分です。学業場面全体にあらわれる学生の価値観や意図行動特性、こうした学生の資質を理解する面接や選考手法が、企業側に求められています。
学生の学業場面での意図や行動にあらわれている資質を評価することで、初めて学生は学業面での行動が就活に活用できると実感できるのです。
そのためにはすべての学生が持っている資質、すべての企業が確認したいと考える学生の資質を、学業場面から発見できる手法が必要なのです。
私たち(履修データセンター:辻太一朗、人材研究所:曽和利光・細谷修平・矢矧春菜)が提案する「学業場面にあらわれるポータブルスキル」あるいは「学業場面で伸ばせるポータブルスキル」、通称「学ポタ」は、大学での学びの中にあらわれる“再現性のある力”を、学生にとっては見つけやすくし、企業にとっては必要な質を確認しやすくする概念です。またすべての学生が「学ポタ」を持っていることも確認できています。
それは「専門的知識のレベル」や「勉強を頑張ったかどうか」だけの話ではありません。日々の長時間かつ長期的な学業行動の中にこそ、社会人に求められる力であり、再現性の高い資質の原型があります。
私たちは、学生自身がその価値に気づき、企業がその力を見抜くための“共通の言語”として、「学ポタ」という枠組みをつくり推進させたいと考えています。今、時代は確実に変わり始めています。
生成AI(文章や画像を自動でつくる人工知能、Generative Artificial Intelligence)の出現によって、簡単に脚色できるエピソードを確認する面接方法には、意味がなくなってきました。企業は採用のための新しい質問方法を必要としています。
ようやく社会全体が、激しい社会変化に対応できるための「学び続ける力」の必要性に気づき始めています。これは未来をつくる基盤となる重要な力です。
こうした力はまさに、大学の授業という場で、毎日少しずつ育まれているのです。
本書を共に執筆する曽和利光さんとは、リクルート時代から縁があります。人材研究所という組織を運営する曽和さんもまた、長年にわたり人材研究と採用現場の両面から、「人をどう見るべきか」という問いに真摯に向き合ってきた人です。
そして曽和さんも、現状の採用が学生の脚色を容認し、「語る力」に偏り過ぎて、本来知るべき資質を正しく評価できていないこと、さらにその面接方法が、学生が学ぶことに力を入れにくい社会環境を助長していることに強い危機感を持っています。
そして私たちは意見を交わすうちに、同じ結論にたどり着きました。
――採用が変われば、学びが変わる。社会が変わる。そしてそれは今大きな変革のチャンスなんだ。
我々はそう確信しています。そこで、この本を書こうと決めました。人材研究所の若い研究員の細谷修平さん、矢矧春菜さんも執筆に加わってくれました。また、執筆を進める中で、チーム名を「学ポタ推進委員会」としました。
日本は今、学びの価値を高める採用へと舵を切るべき時代に来ています。それは単に採用の手法を変えるという話ではありません。
学生が「学ぶこと」に希望を持てる社会。
努力が報われると信じられる社会。
授業に真剣に向き合うことが、未来への投資になると実感できる社会。
そうした健全な価値観を取り戻すことが、企業にとっても、そして日本社会全体にとっても、大きな意味を持つはずです。
企業にとっても、これは“変化のチャンス”です。脚色や演出に左右されず、学生の「真の資質」を正しく見抜ける採用は、結果的にミスマッチを減らし、長期的な人材の成長につながります。
「学びを評価する採用」を導入することは、社会的意義だけでなく、経営的にも大きなメリットを持つ取り組みなのです。
大学の学びを、もっと誇っていい。
そして、企業はその学びを、もっと信じていい。
本書が、その第一歩となることを心から願っています。
【目次】








