東京・足立区のZelt Bookstore(ツエルトブックストア)は、1960年代~70年代のヒッピームーブメントに大きな影響を与えた雑誌『ホール・アース・カタログ』の本屋版をつくりたいと、画家の伊藤眸(ひとみ)さんと、内装設計・プロダクトデザイナーの柴山修平さん夫妻が始めた店。週に3日ほどしか開いておらず、情報発信はインスタグラムのみ、最寄り駅から歩けば20~30分はかかる。しかし、ひとたび訪れれば、どの書店とも異なる独特の雰囲気で、アートやデザイン、DIY、ものづくり、暮らし、哲学などの本と、こだわりの道具類に出合うことができる。伊藤さん・柴山さん夫妻に話を聞いた。
賃貸の自宅1階を改装し開業
Zelt Bookstore(ツエルトブックストア)は2023年6月に開店。週に3日ほどしか開いていないこともあって、知る人ぞ知る店ではないかと思います。お二人のバックグラウンドを教えてください。
伊藤眸さん(以下、伊藤) 私は画家としての活動を中心にイラストレーターの仕事もしています。柴山は店舗などの内装設計とプロダクトデザインをしています。私と柴山は山形で知り合いました。私は東北芸術工科大学で建築を専攻、柴山は天童市の天童木工という老舗の家具メーカーで家具デザインを手掛け、どちらもアートやデザイン、建築に関わってきました。
開業に至った経緯は?
伊藤 いつかお店をやってみたいなあと、漠然とは考えていました。でも、こんなに早くやることになるとは思いもしませんでした。たまたま自宅用の賃貸物件を探していたところ、リフォーム可能な物件を扱う不動産サイトで、この建物を見つけたのがきっかけです。
広い割に賃料は格安で入居希望者も多かったのですが、大家さんに改装プランを期待され、借りられることになりました。
以前は草履や足袋を扱う履物屋さんで、1階には土間があり、奥は畳敷きの部屋でした。左の小上がりのスペースにはお風呂がありました。
最寄り駅から歩けば、20~30分はかかります。この近辺はどういうエリアなんでしょうか。
伊藤 商店街で、昔はもっとたくさんお店があったようです。今は食べ物屋さん、呉服屋さんなどいくつかお店があるぐらいで、病院が増えているようです。
この前のバス道は本木新道と言って、西新井大師への参道の一つです。かなり古い道みたいです。普段の人通りは多くありませんが、大みそかになるとたくさんの人が通ります。
開業から1年半たちました。手応えはいかがですか?
伊藤 最初は知り合いがポツポツと来てくれた程度で、暇だなあと思っていました。半年ぐらいたって近所の人が来るようになり、来客ゼロの日がほとんどなくなりました。最近はインスタを見て、遠方からいらっしゃる人も増えています。頑張って来店された方はせっかくだからと、何か買ってくださることが多いです。また2、3カ月に一度くらいイベントをやっているので、その日はお店に入りきれないくらいになります。
週3日営業の今のやり方が、ストレスなく本屋を続けるにはちょうどいい感じです。自宅と事務所兼用、かつ賃料が格安なのでリスクは低い。本の仕入れや改装費用も最小限で済ませることができましたし。
この店はアートやデザイン系の専門書店とも、最近増えている独立系書店とも異なり、独特の雰囲気がありますね。
伊藤 美術やデザインの本だけでなく、社会的なことや生きることに関する本をそろえています。絵やイラストを描く際には、美術の本だけでなく、さまざまな読み物が発想源になりますので。当店にある本の8割は私の選書で、ほぼ私が欲しかった本です。残り2割は柴山が選んだデザイン系の洋書や道具です。
山形での暮らし、震災に影響を受けた
お店のテーマは「生きるための道具」とのことですが、どういう意味ですか?
伊藤 これは私たちが以前住んでいた山形での経験から来ています。私たちが住んでいた山形は、街と自然、人と人の距離が近く、必要なものは自分で作る一方で、もらったりあげたりする横のつながりが日常的にありました。おじいちゃんおばあちゃんたちは、足りないものがあれば山に出掛けていって材料を集め、なんでも作ってしまいます。若い世代も面白そうなイベントなどは、自ら始める人も多いというところがあり、生命力を感じました。
2011年の東日本大震災では、山形も被災しました。私の住んでいた地域も電気、水道、ガスが1週間止まり、道路は寸断され、食料も入って来ませんでした。でも自助と助け合いの文化のおかげで、なんとか乗り切ることができました。
翻って、東京には何でもあり、ついつい消費が多くなる暮らしになってしまいます。東京にいるからこそ、有事に生き抜くための知恵もあったほうがいいし、普段の時でも工夫によって少ない消費でも楽しく暮らせるようになる。そうした助けになるような本や道具の店にしたいと思いました。
著名デザイナーの家具をDIYできる作品集
お店のテーマを象徴する本はどれですか?
伊藤 この『AUTOPROGETTAZIONE?』はイタリアの著名デザイナー、エンツォ・マーリ(Enzo Mari)による家具の作品集です。設計図をもとに、身近なホームセンターで売っている木材などを使って作ることができます。エンツォ・マーリなどのイタリアのデザイナーは、「プロジェッタツィオーネ(progettazione)=プロジェクトを考えて実践すること」というデザイン哲学を持っていて、これは私たちの店やプロダクトを作る上でとても参考にしている考え方なんです。
私も本書にある家具を一つ作ってみたのですが、とても洗練されたデザインで、いい意味でDIYっぽくありません。一流のデザイナーの家具を、ローコストの材料を使って自分で作ることができるというのは、素晴らしいと思います。
最近あるK-POPのアイドルが編み物をしているというニュースをきっかけに、若い人の間で編み物がはやっています。『Knitting’n Stitching Archives.』(宮田明日鹿 編/Elvis Press)は、名古屋の港まち手芸部というグループに集う60代~90代の7人の作り手が、自分たちや家族のために作っていた編み物の作品集です。その上の『途中でやめないごまかしリメイク』(山下陽光著/誠文堂新光社)は、100円ショップなどに売っている材料で、手持ちの服をリメイクする方法を紹介した本です。
数ある実用書やDIYの本の中から、それをやってみることで、生きる自信がついたり、暮らしを楽しむ力が上がりそうなものを選んでいます。
こちらはグッズコーナーですね。
伊藤 ランタンや非常用ブランケット、ガスバーナー、アルコールランプなど、アウトドア専門店にしか並んでいないようなメーカーが多いのですが、普段使いもできるようなものを集めました。
店名にあるZeltは、登山用具のツエルトからですね。
柴山修平さん(以下、柴山) 私たちは山や山道具の名前が好きだったので、そこから探して選びました。ツエルトは、簡易テントとして野営に使え、羽織れば服にもなる。でも使いこなすには少しの知恵が必要です。特別なものではなく、最小限の機能しかない道具を、知恵を絞って上手に使うというところが、この店のイメージにぴったりだと思い、名付けました。
この『updated The Last Whole Earth Catalog』は、ネットオークションで入手しました。1960年代~70年代のヒッピーカルチャーに大きな影響を与えたカタログ雑誌で、生活のハウツーとともに哲学的なことも記されています。これは最後のほうの改訂バージョンですが、月の満ち欠けとか、ハンドサインとか、ろくろの作り方とか、読者に募集して集めた項目がいろいろ載っています。
私たちは『ホール・アース・カタログ』の本屋版を目指したい。この店に来れば新しい生き方についての知識を得られる。抱えていたもやもやが晴れ、やりたいことが見えてくるような店になればと思っています。
お二人が個人的にお薦めする本はどれですか?
柴山 『茶の本』(岡倉覚三著/村岡博訳/岩波文庫)は、岡倉天心が英語で書いたThe Book of Teaを没後、岡倉覚三名で翻訳されたものです。茶室とは最小限の建築であり、茶をたて、茶をいただく動きも最小。西洋だとたくさんの花を飾ろうとしますが、茶の湯の花は一輪だけで宇宙を表現する。このように、日本の文化とは何か、日本人とはどういう民族なのか、茶を通して掘り下げた本です。私は専門学校で建築士を目指す学生に教えていますが、賞を取った時などに本書を贈呈しています。
伊藤 この『あいたくて ききたくて 旅にでる』(小野和子著/PUMPQUAKES)は、私が大きな影響を受けた本です。著者の小野和子さんは、東北で半世紀にわたり自らの足で民話の採集をしてきた方です。私は大学卒業後、仙台のメディアテークで勤務していたのですが、そこでは小野さんの活動を支援していました。
この本には民話の前後に話される世間話や手紙など、民話を採訪する際に得たさまざまなお話が紹介されています。東北という厳しい環境を生きてきた人々がうちに秘めてきた物語を一つもこぼすまいと聴く小野さんの真摯な姿勢が、文章や本自体の装丁からも伝わり、胸が熱くなります。
最後に、お店を訪れたついでに立ち寄るといいお薦めのスポットはありますか?
伊藤 たまたま自転車で走っていて見つけたのですが、ここから歩いて15分くらいのところに、「スペース8510」というギャラリーがあります。木彫作家の方がやっていて、骨董や家具、有名作家の展示もある、すてきな店です。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
参考サイト Zelt Bookstore(@Zelt_info) - Instagram写真と動画【フォトギャラリー】





















