書評アーカイブサイト ALL REVIEWS が運営する共同書店、 PASSAGE by ALL REVIEWS は、この3月で開業1年を迎えた。東京・神保町のすずらん通り沿いという立地、作家や書評家、出版社、本好きの個人が棚主になった362の書棚、1冊1冊に独自のバーコードが付き、リアルとネットの同時販売も可能という最新のシステムによって、空き棚が出てもすぐ埋まる人気店になった。店長の由井緑郎(ろくろう)さんに、開業1年の手応えと今後の展開について伺った。

構想自体は15年前から
PASSAGE by ALL REVIEWSは、3月で開業1周年を迎えました。開店の準備にどのくらいかかりましたか?
「この物件を見つけて借りてから、3カ月で改装して開業しました。あっという間でした。
もっとも構想自体は、ずっと前からありました。私が運営している書評サイト、ALL REVIEWSには『友の会』というファンクラブがあります。その会員の方々と以前からコワーキングスペースのような場所を作りたいと話していました。
一方、当店のプロデューサーである私の父(鹿島茂、フランス文学者)は、15年ほど前から研究者の蔵書を集めた共同書庫のようなものを作りたいと考えていました。大学の先生が退官すると、蔵書が古書市場に売却され、散逸してしまうのを避けたかったからです。
2021年、東京・下北沢にあるシェア書店の先輩、 ブックショップトラベラー (4月より東京・祖師ケ谷大蔵に移転)で、ALL REVIEWSの棚を借り、書評本を並べました。最初、あまり動きは芳しくなかったのですが、父のサイン本や、アメリカ文学者の都甲幸治さんが選んだ本などを並べたところ、よく売れるようになりました。ある程度知名度のある人には独自の販路ができるんだなと思いました。
一方で、ALL REVIEWSに参加いただいている書評家の方々には、『どこの書店にも自分の書いた本が置いていない』という憤りがありました。それならば、いっそのこと共同書店を立ち上げ、それぞれの棚で本を売ってもらってはと考えたのです」
開業後の手応えはいかがでしたか?
「圧倒的にあります。私は大学卒業後、広告代理店やリクルートで、ウェブメディア制作にシステム面から関わっていました。その経験と知識をPASSAGEにつぎ込みました。シェア書店がブームのようですが、神保町という立地・システム・ブランド力において、他の店とは一線を画していると思います」

3カ月で棚はいっぱいに
「もっとも最初は、362もの貸し棚が本当に埋まるのか不安でした。日々内装工事が進んでいくさまを、SNSに淡々と投稿しました。ALL REVIEWSの後ろ盾があったので、最初は空きが目立っていた棚も、7月ごろには埋まりました。今は空きが出ると棚主を募集して抽選していますが、競争倍率は40倍にもなります。テレビや新聞などに取り上げていただいたのが追い風になりました。
PASSAGEは362人の本好きが集まるコミュニティーになっています。読書好きの濃いコミュニティーに参加しながら、大人の本屋体験ができるというのが魅力だと思います。
客層は想定していた以上に若く、特に20代の方がたくさんいらっしゃいます。週末には強めの明るい音楽を流していることもあって、お店の中はぎゅうぎゅう詰め、クラブのようになります。若い人は本を読まない、買わない、なんてウソだと思います」
店舗デザインがすてきですね。

「モチーフはパリの商店街PASSAGE(パサージュ)です。PASSAGEは小さな専門店が連なっているアーケード街で、PASSAGEのデザインそのままに棚の上にアーチをつけ、パリの通りの名と番地をつけました。お客様はアーケード街を回遊するように、それぞれの棚にある本を探していくことができます」
リアルでもネットでも販売可能
システム面の特徴とは具体的にどういうものですか。
「当店では本1冊1冊に独自のバーコードを付けています。現金は取り扱わず、電子決済です。棚主は管理画面からバーコードを選んで印刷し、本に貼って商品登録します。本の仕入れは直接持ち込んでも、郵送でも受け付けていますので、棚主は北海道から沖縄、海外在住の方もいらっしゃいます。
本が売れるとメールで通知が届きます。ネットとリアルで同時販売もできます。現金のやりとりがないので、レジはスマホやタブレットをつなぐのみ、無人店舗も可能です」

ブックショップトラベラーの和氣正幸さんは、シェア書店の課題として、棚主や店主が棚をきちんとメンテナンスしていないと、店が荒れてしまうとおっしゃっていました。
「うちは、いつでもスタッフが2人いて、棚にある本の整理整頓を常時行っています。スタッフはアルバイトや棚主による日替わり店長です。本が売れてある冊数以下になれば、スタッフは棚主にリマインドメールを送ります。そこまでやらないと、シェア書店は維持できないと思います。
シェア書店の中には、人手を確保できず、週2、3日しか開けないところや、逆に棚主が店に入り浸りになってしまってオーナーが困ってしまうという問題も起きているそうです」
開店してから、困ったことはありましたか?
「あえて言えば、キャッシュレスにしたことで、『どうして現金じゃダメなんだ』とキレるお客様(おじさん)がいらっしゃることでしょうか。店頭には『現金使えません』という張り紙を、かなり目立つように掲げています。『これは店の方針ですから』と言っても納得してもらえず、3時間ぐらい議論したこともあります(笑)。最近ではそういうことはなくなりましたが」
棚を案内していただけますか?
「人の目線に近い、2つ分のスペースがある棚は、ALL REVIEWSに参加している書評家や作家、研究者の棚です。普通の書店は店のみが販促しますが、シェア書店はそれぞれの棚主がSNS上でお客様を呼んできてくれるので大変ありがたいです。実際、SNSで『こんな本が入荷しました』『売れました。ありがとうございます』のように、こまめに発信する棚主の本はよく売れる傾向にあります」


付箋の付いた本も売れる
「この本は付箋を付けて売っています。メルカリやamazonで古書を売ると、価格の競争だけになりますが、これは棚主による付箋があることが付加価値となっています。通常、書き込みがある古書はまず売れませんが、実はある特定の人の書き込みであれば、欲しがる方がいるのです。

白水社、国書刊行会、草思社、青土社、集英社など、出版社の棚も10数カ所あります。小版元の場合、ショールーム的に使えるのがいいと思います。本好きのお客様に面出しした本を見てもらえるので、1カ月5500円の棚代は、広告効果を考えれば安いのではないでしょうか」



PASSAGEのシステムを他の書店に提供したい
これからやっていきたいことはありますか?
「PASSAGEで構築したシステムを、地方の書店に提供できないかと思っています。店の一部を棚貸しするハイブリッド型書店にすれば、経営の安定につながりますし、地元の作家や研究者に棚を持ってもらうことで集客に貢献できます。また、サブスクリプション方式で、ALL REVIEWSに掲載された書評をPOP代わりに使ってもらうとか、ALL REVIEWSで企画したイベント動画のリーフレットを書店に置いて、販売してもらえないかとも考えています。
2023年の1月に同じビルの3階にシェアラウンジ兼PASSAGEの支店『PASSAGE bis!』を開設しました。3月から棚主を募集中です。こちらは荒俣宏さんや安野モヨコさん、森村泰昌さんなど、アート色の強い招待棚(お店の側から招待している棚)をそろえます。本にとどまらず、アクセサリーや食器、お酒類でも、棚主が「推したい」ものをなんでも販売できます。それから、良い物件が見つかったら、すずらん通りにもう1店オープンしたいと思っています」

素晴らしいですね。ところで、鹿島茂さんはフランス文学者でありながら、渋沢栄一や小林一三の評伝を執筆するなど、実業にも関心のある方です。そういう要素が由井さんにも影響を及ぼしたのでしょうか?
「鹿島茂という脳みその延長線上で、“ビジネスの手”を伸ばして活動している感じがします。私は仏文科出身なのですが、この分野ではとても父にかなわないと気づき、広告業界に進みました。なんだかんだで私は本が好きですので、この仕事を始めて良かったと思います」
最後に由井さんのお薦めの本を教えてください。
「『サピエンス全史 上下』(ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳/河出書房新社)です。人間のおぞましさを再認識させられた本です。ニワトリを小さな檻に閉じ込め、食糧生産の機械にしているというようなエピソードが出てきます。それでも人類は、前に進もうとしているのだと感銘を受けました。それから、『ツァラトゥストラはこう言った 上下』(ニーチェ著/氷上英廣訳/岩波文庫)。大人になって再読したのですが、『こんないいことを言ってたんだ。強く生きていこう』と思いました」
文/桜井保幸 写真/木村輝
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