群馬県前橋市にある 煥乎堂(かんこどう) は、明治初年創業の老舗。上州の教育文化への貢献を創業理念として、書籍販売・出版事業から、外商、楽器販売、音楽教室まで手掛けてきた。萩原朔太郎や横山秀夫をはじめ地元出身者の本を豊富にそろえている。3階は広大な古書フロアになっており、群馬や前橋の資料を探すには欠かせない。店長の蛭川幸則さんに話を聞いた。

旧社屋は白井晟一が設計
資料によると、煥乎堂は明治初年の創業とのことですが。
「大火や戦争で資料が焼けてしまって、正確なことは分からないのですが、明治初年に高橋 暙(しゅん)という人が高崎で出版業を創業、明治20年に前橋に本店を移しました」
お店はずっとこの場所にあったのですか?
「いいえ。このビルは1993年にできたものです。それ以前は国道50号を挟んで向かいにある駐車場のところにありました。著名な建築家の白井晟一(せいいち)(注)が設計し、1954年に完成した鉄筋コンクリートの建物でした」

なぜ白井晟一が設計することになったのでしょうか?
「昭和17年、創業者の次男である高橋元吉が社長になりました。元吉は詩人としても活躍した人物で、武者小路実篤、柳宗悦、岸田劉生、萩原朔太郎らと交遊がありました。当時の煥乎堂は文化的なサロンとなっており、そのネットワークの中に白井晟一もいたのです。
旧社屋は解体されてしまったのですが、唯一、旧社屋にあった水道の蛇口を当ビルの入り口に残しています。それから、玄関の上に掲げてあるラテン語の文字「QVOD PETIS HIC EST LIBRARIVS MCMLIV KANKODO)は、白井晟一からの献辞で、『君が求めるものはここにある、君が求めるが故にここに1954年、煥乎堂書店がある』という意味です」

新刊書販売だけでなく、さまざまな事業部門がありますね。
「1、2階は新刊、3階は古書フロアで骨董商のテナントも入っています。4階、5階には楽器売り場と音楽教室があり、集客効果を見込んでいます。さらに外商部と合わせ、トータルで事業を行っています」
蛭川さんはずっと煥乎堂にいらしたのですか?
「はい。最初は経理畑だったのですが、その後売り場に移り、高崎店店長(現在は閉店)を経て前橋本店店長になりました」
お店の中を案内していただけますか。
「ここは郷土の本や群馬出身の著者の本のコーナーです。なんといっても前橋出身の詩人、萩原朔太郎の関連書は、近くに萩原朔太郎記念館や前橋文学館があることもあり、欠かさずにそろえています。
地元出身作家では、横山秀夫、阿部智里、武内涼、絲山秋子、門井慶喜、吉永南央、糸井重里、山田かまち、田山花袋など。地元の出版物では、上毛新聞社が刊行している歴史書や『前橋学ブックレット』、さらには『みやま文庫』(群馬県立図書館内にあり、郷土の本を刊行している会員制組織によるシリーズ)もそろえています。有名なところでは、群馬の子どもなら皆やっている『上毛かるた』も扱っています」



「この近くに創業300年の老舗である白井屋旅館があったのですが、廃業。2014年に前橋の再生プロジェクトの一つとしてリノベーションされ、 「白井屋ホテル」 として復活しました。漫画『おひとりさまホテル』にはこのホテルが出てくるので、コーナーを作って展開しています」

古書は100%買い取りで仕入れ
3階は古書フロアですね。
「2010年から古書を扱い始めました。100%お客様からの買い取りで仕入れています。古書を始める際には、広告を出したほか、当店には外商部があるので、官公庁や大学などにおじゃました時にお声がけし、仕入れをしてきました。
当店には読書好きのお得意様が大勢いらっしゃるので、良書を売っていただけます。そのため漫画などは少なく、郷土の本をはじめとした良書を多数そろえています。
古書は新刊よりも利益率が高いことに加え、本を売っていただいたお客様の書棚が空いて、また新刊を買ってもらえるという好循環も期待できます」




蛭川さんが個人的に読んで良かった本、影響を受けた本を教えてください。
「村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』(講談社)です。40年以上前の本ですが、小説ってこういうものなんだなと感動しました。映画のように情景が浮かんでくるような小説です」
煥乎堂を訪れたついでに、立ち寄るといい場所があれば教えてください。
「この近くにある『みやたや』というお店をお薦めします。内陸部の前橋にあるにもかかわらず、魚がとてもおいしい店です」
一致協力して前橋を盛り上げたい
これからどのような店づくりを目指しますか?
「群馬の方は、通勤でも通学でも車を使うことが多いので、直接車で乗り入れられず、駅からも距離のある当店は、アクセスの面で不利なところがあります。お客様にわざわざ来ていただける店になるためには、特徴のある品ぞろえや接客サービスに力を入れるしかありません。
集客ということでは、1つの店の努力だけでは限界があるので地域全体での取り組みが必要だと考えています。2022年10月に『本で元気になろう。』をテーマに行われた 前橋BOOK FES は初めての試みでしたが、2日間で4万8000人もの方々が集まったそうです。商店街だけを見ると、10月の前橋まつり、7月の七夕まつりよりも多くの人出がありました。私たちも商店街や市と協力して前橋を盛り上げていきたいです。
幸いなことに当店は長い歴史があり、お得意様に支えられてきました。今後も一番の強みである郷土の本をはじめ、特徴のある棚づくりを強化していきたいと思います」
文/桜井保幸 写真/山下裕之
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