冒険も読書も目指すところは同じ──。そう話すのは、神奈川県大和市にある「冒険研究所書店」店主で、極地冒険家の荻田泰永さんだ。2019年、事務所として借りた部屋を「冒険研究所」と名付けて一般開放。新型コロナウイルス禍を経て、21年に書店を開設。店の中央には山小屋のような形の書棚があり、冒険や旅の本、それ以外の本がぎっしりと並ぶ。遠征に使われた装備が飾られ、極地冒険資料館の趣もある。開業5年を経た今、荻田さんは何を考えているのか、聞いてみた。
本屋はもうからない
書店開業から5年たって、今の心境はいかがですか?
荻田泰永さん(以下、荻田) 5年やってみて、本屋でもうけるのはやはり無理ということですね。書店を専業で行うのは極めて難しい。書店以外に稼ぐ手段があって初めて、書店の経営が成り立つのだと思います。もちろん例外はありますが、本屋専業でできるところは少ない。私は冒険家としての活動があるので、なんとか成り立っています。
ZINEの『書店と冒険』(荻田泰永著/生活綴方出版部)によると、事務所として借りた部屋を不特定多数の人が集える場所にしようと考えたのが、お店を始めるきっかけとあります。
荻田 冒険研究所が動き始めて半年後の2020年春、新型コロナウイルスの猛威に見舞われました。近所の小中学校が休校になってしまったので、子どもたちが自由に過ごせる場所にしたらどうかと思い、冒険研究所を開放することをSNSやウェブサイトに投稿したところ、子どもたちが集まるようになりました。その延長線上で、ある日「ここで本屋をやろう」とひらめいたのです。
書店を始めたら、「なぜ冒険家が書店なのか」と、よく聞かれるようになりました。でも私には突飛なことを始めたという気持ちはありません。冒険と読書には共通点がある。別々の道をたどっていても、目指すところは同じだと思っていたからです。
それはどういうことですか?
荻田 冒険も読書も主体的な行為です。主体的とは、自分の頭で考えるということです。スポーツにはルールがありますが、冒険や登山にはありません。山は自由に登ればいいし、登らなくてもいい。冒険も同じで自分の価値観、経験を基に自分がよしと思うことをすればいい。
読書も同じです。本を読むということは、著者の答えをヒントに、自分で答えを探すこと。逆に言えば、「主体的でない読書」とは、本の中に正解を見つけるだけの読書です。著者が有名だったり、権威があったりする人であればあるほど、本の中に正解を探しがちですが、それは劣化した読書だと思います。
荻田さんの現在の生活サイクルはどうなっていますか?
荻田 2019年に若者12人と共に北極圏を旅して以降は、25年はグリーンランド最北部での徒歩遠征を行い、26年の春には約1カ月、カナダ北極圏でお世話になったイヌイットの村の知人宅に滞在してきました。それ以外は基本的に日本にいます。店にいる時間が半分、残りは講演や取材、書籍の執筆などです。
冒険家としての次の目標は何ですか? 北極点到達に再び挑戦するのですか?
荻田 いいえ。まず年齢的に、以前行った無補給徒歩旅のようなことは難しくなってきました。『考える脚 北極冒険家が考える、リスクとカネと歩くこと』(KADOKAWA)にも書きましたが、飛行機をチャーターして北極圏へ入る手段がなくなっていること、温暖化で北極圏の海氷が薄くなり、危険性が増していること、そして一番はそれらの制約がなくても、北極点到達を目指す意欲が乏しくなってきたことです。
むしろ今は北極圏の文化や生活に深く関わりたいと思っています。現地の暮らしを日本に紹介したり、日本から現地に人を連れて行ったりしたい。若者たちを北極圏に連れて行く旅も、またやりたいと思います。
お店の中を案内していただけますか。お店に入ると、まずこちらの平台に目が行きます。
荻田 こちらは新刊や定番書のコーナーです。角幡唯介さん、服部文祥さん、高野秀行さんなど当店のイベントにお招きした冒険家・作家の本や、私の自著などを置いています。
『エスキモーになった日本人』(大島育雄著/ヤマケイ文庫)は80年代に刊行された名著で、2026年2月に文庫として復刊されました。著者の大島さんは20代後半にグリーンランドの極北の村に移住して、エスキモーの女性と結婚。5人の子どもがいて、猟師として50年以上暮らしている伝説の人です。
若者たちとの北極圏徒歩旅の記録『君はなぜ北極を歩かないのか』(荻田泰永著/産業編集センター)を拝読しました。北極においては圧倒的に知識・経験を持つ荻田さんは、若者たちにとって絶対的存在、いわば「神」になってしまう。ではその「神」と若者はどうコミュニケーションをとるか、という話がとても興味深かったです。
荻田 北極では、誰も私に逆らえなくなるだろうということは予想できました。そこで同行したカメラマンの柏倉陽介さんには、私の言葉を若者たちにうまく翻訳して伝える、「預言者」の役を担ってもらいました。この本はカリスマ経営者の経営論としても読めるかもしれません。
この『21世紀の日本地図』(平井佑樹著/巡風社)は自費出版の書籍ですね。
荻田 はい。著者の平井さんは日本一周の徒歩旅行の途中、当店に立ち寄られたことがあります。北海道でも一度お会いしました。旅が終わった後、再び来店されて旅の経験を本にまとめたいという相談があり、私がアドバイスをして完成した本です。今、平井さんはモンゴルを馬で横断する旅に出ています。
お店には冒険家予備軍の若者がよく訪れますか?
荻田 はい。有望な人からそうでもない人まで、いろいろですが(笑)。山の世界なら山岳サークルや山岳会もあるので一通り教えてもらえます。でも冒険の世界には教えてくれるようなところは何もありません。だから、若者たちが気軽にやってきて相談できる物理的な場所があればと思い、冒険研究所を作ったのですが、実際たくさんの人がいらっしゃいます。
こちらの山小屋のような形の書棚は何でしょうか?
荻田 開店当初は店の中央にリンゴ箱を置いてアイランド状に本を並べていたのですが、もっと収納力を上げたいと思い、コの字形に書棚を組み立て、強度を高めるために屋根をつけたら、山小屋みたいになりました。ここに飾ってあるのは、北極で拾ってきたカリブーの角です。
冒険の世界で、ナンバーワンと言えるような存在はいますか?
荻田 冒険家を実績や実力、記憶に残るかどうかなど、いくつかの尺度で評価したとして、どの角度から見てもすごいなと思うのは、ロアール・アムンセンですね(編集部注:ノルウェーの探検家。人類史上初めて南極点に到達)。野球で言えば王と長嶋が合わさったような人です。
アムンセン自身の著作や評伝もありますが、今はどれも絶版で古書でしか手に入りません。この『アムンセンとスコット』(本多勝一著/朝日文庫)は、アムンセンとロバート・スコットによる南極点到達レースを題材にした本です。アムンセンの競争相手だったスコットは大英帝国海軍大佐という立場に翻弄された悲劇の冒険家。『世界最悪の旅』(アプスレイ・チェリー=ガラード著/加納一郎訳/河出書房新社)は、ほぼ全員が死んだスコット隊の、数少ない生存者による記録で、冒険や探検に対するスタンスを考えさせられる本です。
荻田 『ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(保苅実著/岩波現代文庫)は、歴史学者がアボリジニの村に住み込んで古老の語りを記録した名著。この村のジミーじいさんが語る物語を、どう歴史的に解釈するかがテーマです。冒頭に「尊重という名の包摂は巧妙な排除である」という一節があります。人類学的な調査では、調査対象を尊重しながらも、自分たちの文脈に沿って理解しようとしがちですが、それは巧妙な排除ではないかと批判しているのです。
ジミーじいさんは「村にケネディ大統領がやって来た」「大蛇がこの世界を作った」など明らかに事実と違うことを話すのですが、著者はこれをアカデミズムの文脈で解釈をするのではなく、その語りも歴史の1つとして聞いていきます。異文化や他者理解の真髄に迫る本です。
書店イベントに可能性あり
これからやってみたいことはありますか?
荻田 最初にお話ししたように、書店の経営は厳しいですが、書店で行うイベントには可能性があります。書店イベントの参加費は1000~2000円程度で、これは映画の料金と同じ価格帯です。映画を観てドリンクやフードを注文すれば2000円を軽く超えます。
では、日本で1年間に延べどのくらいの人が映画を見ていると思いますか? 2025年の数字を見ると、1億8000万人を超えています(編集部注:日本映画産業統計による)。仮にこの数パーセントでも書店イベントに来てもらえたら、非常に大きな数になります。
書店でイベントを行うと本が売れるので、書店や出版社は潤います。また、参加者は著者をはじめ専門家と直接交流できる上、場合によってはそこで友達を作れるかもしれません。これは映画鑑賞にはない体験価値です。
問題は、どの書店でどんなイベントをやっているのか探しにくいため、参加者が限られていること。そこで書店イベントの情報を、広く知ってもらえる仕組みができないか考えているところです。
最後に、お店を訪れたついでに、立ち寄ると良い近所のお薦めスポットを教えてください。
荻田 駅の西口側にある「もりや」というラーメン屋さんがお薦めです。家族経営のお店で、安くておいしい。店構えは古いですが、店内はとてもきれいです。それから「もりや」の少し先にある老舗の洋菓子店「ミハシ」はスイートポテトが有名で、まじめに作られたケーキもおいしいです。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
参考サイト 冒険研究所書店【フォトギャラリー】




















