東京・下北沢の「本屋B&B」は、小田急線の線路跡にできた新しいまち「BONUS TRACK」の中にある。2012年開業の同店は、独立書店のフロントランナー的存在で、ここで開かれている「これからの本屋講座」をきっかけに本屋を始めた人も多い。コロナ禍においてはイベント集客が困難となり苦しんだが、コロナ収束とともに復活。現在はリアルとオンラインのハイブリッドイベントが好調、開業時から取り扱ってきた個人出版物(リトルプレス・zine)の市場も成長を続けている。2022年、店長に就任した伊藤淳さんにお話を伺った。
公募で店長に就任
伊藤淳さんは、LIBRO、ブックファーストを経て、2022年に公募でB&B店長に就任されたとのこと。これまで働いてきた書店とB&Bでは、仕事のやり方がかなり違うのではないですか?
それぞれまったく違いますね。LIBRO池袋店は自由というか、本が好きな人が集まっている店でした。先輩方には辻山良雄さん(東京・荻窪「本屋Title」店主)、矢部潤子さん(『本を売る技術』著者)、小国貴司さん(東京・駒込「BOOKS青いカバ」店主)がいらっしゃいました。ブックファーストは、指揮系統がしっかりしていて、より高い組織力を目指している職場でした。チェーン全体で連携をとりながらしっかり本を届けようとする取り組みがとってもすてきでした。どちらも学ぶことが大変多かったし、楽しかったですよ。
B&Bはビジネスモデルが大きく異なります。普通の書店の主軸である雑誌やコミックをあまり扱わず、書店売り上げとともに、ほぼ毎日行うイベントを収益の支えにしています。
仕事の内容は、一般的な本屋の書店員なら、レジ、発注、品出しが中心となりますが、B&Bではそれ以外にもやれることがたくさんあります。お店が小さいので、一人ひとりのスタッフがやっていることが、そのまま売り上げにつながっていると実感します。
日々の運営体制はどうなっていますか?
書店業務は社員を含め約10人程度が携わり、イベントの企画については外部委託スタッフも含め協力していただいております。本の仕入れは社員を中心に行っています。
コロナ禍ではリアルの集客ができなくなり、ずいぶん大変だったそうですね。
コロナ禍をきっかけに来店参加に加え、オンラインでご参加いただける配信イベントも始めました。僕が入った22年にはようやく回復の兆しが見え、現在ではリアルとオンラインのハイブリッドイベントがうまく回っています。
イベントが好調
どのくらいの集客があるのですか?
リアルの定員は50人~60人ですが、配信の参加者は100人から200人に上ることが月に複数回あります。たまに400人、500人になることも。以前なら配信で50人を超えると「すごいね」だったものが、ありがたいことに、今は100人を超えることが珍しくなくなっています。
伊藤さんが店長になってから、一番集まったイベントはどれくらいですか?
あるエッセイストが登壇した日には、2000人を超えました。単に有名な作家を呼べば人が集まるわけでもなく、生のおしゃべりを体験したいというファンの心理が後押ししたようです。もっとも配信の視聴というのは飽きられやすく、50人のリアルイベントがあって初めて、配信の集客が成り立っていると思います。
イベントのチケットを扱っているpeatixの当店のフォロワーは4万6000人になっており、それも集客を下支えしています。
当店は新刊発売記念のイベントが多いので、それに合わせて本をたくさん仕入れておきます。今年の2月に、さまざまな方々が影響を受けた本やお薦めの本を紹介するイベント(「文化系トークラジオLife 文化系大新年会2024――2023年のオススメ本はこれだ!」)を行った時には、さまざまなジャンルの本を約30分で80冊くらい、ご参加いただいた方だけでなくご登壇者さまにもご購入いただき、大にぎわいでした。
取次経由の一般書籍と、それ以外の出版物の売上比率はどれくらいですか?
取次(トーハン)経由の本と直取引の本の比率は3対1ぐらいになっています。
毎年BONUS TRACKでは、日記を楽しむイベント「日記祭」を行っており、当店でも個人制作の日記を展開します。その日の店の売り上げは年間で最大になるほどで、個人出版物の人気が高いことがわかります。個人出版物は一般書籍に比べて利益率は高いですが、取引先が膨大にありますのでその分、時間はかかっています。また点数が増えてくれば、内容についてB&Bのラインアップとして適しているか、しっかりと吟味することが重要です。
こちらは新刊の棚ですね。他店ではあまり見かけない本がずいぶんあります。
そうですね。例えばこの『ル―ル?本 創造的に生きるためのデザイン』(菅俊一・田中みゆき・水野祐著/フィルムアート社)は、2021年に開かれた「ルール?展」という企画展の書籍化で、身近にあるルールを見つめ直そうという内容です。こちらの本の隣には著者のひとりである、菅俊一さん(多摩美術大学准教授)の著作、『指向性の原理』『視線の設計』(ともにUMISHIBAURA)、『観察の練習』(当店運営会社であるNUMABOOKS)という本も一緒に並べて販売しています。
お薦めの本をいくつか紹介いただけますか?
僕は以前勤めていた店でビジネス書を担当していたので、B&Bらしくはないですが、あえてビジネス書を紹介しますね。『東大卒、農家の右腕になる。』(佐川友彦著/ダイヤモンド社)は、大型書店なら農業書のコーナーにあるかもしれません。東京大学大学院で農学を学んだ佐川さんは、環境の仕事をしようと外資系企業に就職しますが、心を病んで働けなくなってしまいます。試行錯誤を経て、ふとしたきっかけで梨農家の経営をサポートする仕事につきます。
前半分はこうした著者の体験談、後半は農家経営の詳細な実務について丁寧に(経営、総務、会計、労務など計100項目)書かれていて、判型もA5判、贅沢なつくりの本です。日経BPのメイン読者である働く人すべてにお薦めです。
『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫)は内村鑑三の講演集です。このうちの「後世への最大遺物」は起業家の孫泰蔵さんが、「ほぼ日」サイトで愛読書として紹介していたのを見て知りました。内容もさることながら、「人に何かを伝えるためのノウハウ」が詰まっている本だと思います。
この「社会変革のためのブックフェア」というのは何ですか?
デザイナーのsuper-KIKIさんと、哲学対話の活動をされている田代伶奈さんに、アクティビズムや政治、フェミニズム、クィアの本を中心に選書いただいたフェアです。super-KIKIさんは、社会運動の際に身につけることによって連帯できる布パッチを作られています。今パレスチナのことを思うたくさんの人々が、KIKIさんのパッチに出会っています。
そして今回、KIKIさんが「super-KIKI 政治的衣服」という衣服のオンラインショップをオープンされ、BONUS TRACKのギャラリー(本屋B&B真下)に3日間ポップアップストアを出店、それに合わせてB&Bでは1カ月間のブックフェアを開催しています。
フェアで紹介されている書籍を購入いただいた方にはKIKIさんのパッチをプレゼントしていまして、多くの方がこのフェアに遊びにきてくださっています。
こちらは「佐々木敦による阿部和重(仮)」というフェアです。当店のイベントで批評家の佐々木敦さんにお会いし、佐々木さんが「文学フリマ東京」で作家の阿部和重さんをテーマとするzineを販売されることを知りました。僕は阿部和重さんが大好きだったこともあり、佐々木さんから「トークイベントしようか」とご提案いただいて、実現した企画です。
ちなみに、この什器(じゅうき)は屋台です。「屋台活動」をしている今村謙人さんという方から借りています。今村さんは『日本のまちで屋台が踊る』(中村睦美・今村謙人・又吉重太編/屋台本出版)という面白い本を出しています。
POSデータに出てこない人気作家たち
この店には個人による出版物が膨大にあり、どれを選べばいいのか悩んでしまいます。とくに売れている本はどれでしょうか?
僕は当店に入ってから、POSデータに表れない人気作家がたくさん存在することを知りました。例えば、作家である小原晩さんの『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』はずっと売れており、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんのYouTubeの番組で取り上げられたのをきっかけに再燃しています。小原さんは、いまだにご自身でサイン本を持ってきてくださいます。ライター・編集者のひらいめぐみさんによる『理想』もよく売れています。
「小さな物語」の先にあるもの
伊藤さんがこれからお店でやっていきたいこと、あるいは関心分野は何ですか?
僕はもともと大きな物語より小さな物語、有名なものより無名なものに興味がありました。
例えば『街の人生』(岸政彦著/勁草書房)は大好きな本で、編集されない個人の生活史が書かれています。昨今、大手出版社が扱わないような、個人の小さな物語が出版物として発信されるようになり、面白く感じていました。ただ、さまざまなものが届くようになって、もちろんいい意味でも少し飽和しているよなぁと感じてはいます。今は小さな物語が積み重なる先にあるもの、小さな物語がもう少し大きくなるシステムや発想は何なのかを考えています。
当店代表の内沼晋太郎には、出版業界を持続可能なものにするというビジョンがあり、独立書店立ち上げのお手伝いをしてきました。全国に新しい本屋が増えてきた今、それぞれで頑張るだけではなく、もう少し大きなレベルで何かできないかを模索している段階で、そのことともリンクしてくるかと思います。
最後に、お店へ来たついでに立ち寄るといいお薦めスポットがあれば教えてください。
僕は関西出身で、当店に入るまで頻繁には下北沢を訪れることはありませんでした。ですから正直いうと、いわゆるシモキタカルチャーには詳しくないんです、すみません。しいてお薦めスポットをあげれば、当店にある2階テラスからの眺めでしょうか。ここはいい風が吹きますし、ビールも飲めます。
BONUS TRACKは駅近の一等地にたくさんの緑があり、ゆとりをもってテナントが配置されています。このゆるくてやさしい自由な雰囲気が、ずっと続いていくといいなぁと考えています。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
参考サイト 本屋 B&B【フォトギャラリー】





















