東京・神保町。靖国通り沿いのビルの3階に、韓国語の本と翻訳書が並ぶ韓国専門書店「 CHEKCCORI(チェッコリ) 」がある。同店は韓国の本を日本語に翻訳出版し、版権の仲介も行っている「クオン」が運営、今年で9年目を迎えた。店主の金承福(キム・スンボク)さんに、チェッコリ開店の経緯やお薦め本などを伺った。

イベントができる場を作りたかった
チェッコリは出版社「クオン」が運営しているとのことですが、どういうきっかけで書店を始められたのですか?
私は日本の大学に留学した後、広告業界で働いていました。韓国の本を日本に紹介したいと、2007年に出版社「クオン」を立ち上げました。実際に最初の本を刊行したのは2011年です。その間は、韓国の出版社と日本の出版社をつなぐエージェントの仕事をしながら、出版のことを学んでいました。
立ち上げ当初は、韓国の翻訳本を日本の本屋さんに置いてもらうのにとても苦労しました。東京の大手書店や地方書店に営業をしました。書店からはよく、「どこに置けばいいの?」と聞かれ、私は「それはあなたの仕事でしょ?」と思いました。でも後から考えれば、やんわり断られていたんでしょう。

韓国で有名な作家も、日本では無名です。そこで本を出した後は必ず著者を日本に招いて、日本の作家との対談イベントなどを行いました。しかし、イベント会場の確保が大変だったので、自分で書店をやれば会場にできると思ったのが、チェッコリを始めた動機です。でもちょっと甘かった。書店の仕事は思ったより大変でした。
韓国文学は1ジャンルとして定着
現在は韓国、中国、台湾などアジアの文学作品がずいぶん紹介されるようになり、ブームのようになっています。韓国文学もブームなのでしょうか。
アジアの文学がブームになっているのはとてもうれしいことです。でも英語圏の文学に比べればまだまだではないですか。韓国の文学は今、ブームというより、1つのジャンルとして定着してきたと思います。韓国語を学んで自ら内容を判断できる日本人編集者が増えてきたのもその表れです。韓国の文化はドラマや音楽などのサブカルチャー、コスメや食べ物が先に日本へ入ってきて、ようやく文学が受け入れられたんだと思います。
韓国の文学というと、かつては金芝河(キム・ジハ)のように政治色が強く、難解なイメージがありましたが、最近は政治色が薄れ、読みやすい作品が増えている印象ですね。
それは韓国社会が大きく変わってきたからだと思います。金芝河や黄晳暎(ファン・ソギョン)のように民主化運動に関わってきた作家は、政治的なテーマを取り上げざるを得ませんでした。それが、民主化の進展につれて、作品のテーマは「私」や「個人」になっていきました。

韓国の翻訳本からベストセラーも生まれています。
小説の『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳/筑摩書房)は29万部、エッセーの『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン著/吉川南訳/ワニブックス)は58万部売れました。『私は私のままで生きることにした』は、作家ではないイラストレーターの30代の女性が書いたエッセーですが、こういう本が受け入れられるということは、韓国の書き手と日本の読者の感受性が近くなっているんだと思います。
韓国文学好きなら「ハン・ガン」を知っている
こちらはクオンが刊行している本のコーナーですね。
これは「新しい韓国の文学」シリーズで、主に2000年以降のイデオロギー色が薄く、普遍的なテーマで書いている作家の作品を刊行しています。最初に出したのが、ハン・ガンの『菜食主義者』。3つの短編の連作で、ある日主人公の女性が、「木になりたい」と言い出し、肉をまったく食べなくなる話です。2016年に本作で英国のブッカー国際賞を受賞したことで、世界的に有名な作家になりました。韓国文学を読む人なら皆、ハン・ガンを知っていると思います。ハン・ガンは1970年生まれ、詩人でもあり、ソウルで書店も経営しています。
そうそう、「新しい韓国の文学」は読者が並べたくなるように通し番号を振りました。


これはK-POPが好きで、韓国語を読む10代、20代の読者に向けたシリーズです。短編作品の原文と日本語訳を収録、QRコードを付け韓国語の朗読を聞けるようになっています。以前「KCON」という韓国の美容、食、音楽などKカルチャーが一堂に集まるイベントが千葉県の幕張で開催され、2日間で6万人(2017年当時)もの韓国好きの若者が集まりました。私たちもブースを出したのですが、「厚い本ではなく、薄い本が欲しい」という声があったので、作ってみました。

こちらはコロナ禍の最中に、世界の詩人108人に呼びかけて作ったアンソロジー詩集です。2011年3月の東日本大震災では、私も鬱のようになりましたが、詩を読んで元気になったことがありました。新型コロナも大きな災難ということでは同じだと思うので、読んでいただければと思います。


北朝鮮の内情が分かる小説
こちらは翻訳小説ですね。ずいぶんたくさんあります。お薦めを教えてください。
これは1980年代に書かれた北朝鮮の小説です。日本に北朝鮮の本の著作権管理をしている事務所があり、そことクオンがやりとりをして、小学館に提案し、出版されました。北朝鮮と韓国で出版され、フランスや米国でも翻訳出版されました。離婚を希望している歌手の主人公と、離婚調停にあたる判事、その家族など、市井の人たちが描かれています。北朝鮮の内情が書かれているだけでなく、文学作品としても優れています。北朝鮮ではドラマにもなったようですが、プロパガンダ色はありません。

BTSの新刊の英語版は初版100万部
世界的なスターになったBTSの本もありますね。
「BTS本」という言葉があります。BTSの熱狂的ファンはBTS関連の本はもちろん、BTSメンバーが読んでいる本も積極的に購入します。それで多くの書店には「BTS本」のコーナーができています。この『BEYOND THE STORY』(韓国版)はBTS自身をインタビュアーが取材したBTS本の決定版。世界9カ国で発売されたばかりで、英語版の初刷りは100万部。日本語版は新潮社から出ています。

どんなお客様が多いですか。
日本在住の韓国語が読める方、韓国に関心がある方です。日本人が全体の9割ほどですが、在日韓国人、台湾、中国、イタリアの方なども。研究者や韓国の資料を探している方もやってきます。
毎週土曜日に来店し、本をたくさん購入される中国の朝鮮族の方がいらっしゃいます。名刺交換をしたところ、医学博士でした。ある時その人から「詩とはどのようなものですか?」と聞かれました。おそらく詩を読んだ経験がなかったのでしょう。とても難しい質問でしたが、私は自分の好きな詩集を選んで、「これを3回ほど読んでみてはいかがですか」と言いました。
その人はその詩集を読んで「少し分かった気がします」と言い、買っていかれました。その後も読書会のイベントに参加していただき、私はいい仲間になれた気がしました。

日本では出版不況が長く続いています。経営は大変ですか?
誰もが「本が売れない」と言いますね。でも、本が売れないのは、立ち上げ当初からずっと変わりません。売れた経験がないので、私は「出版不況のネーティブ」(笑)。だからあえて「売れない」とは言いません。今できることを楽しく見つけていきたい。クオンは8月決算なのですが、出版部門単体では厳しいですが、版権仲介部門、書店部門の3部門を合わせバランスを取っています。書店部門はイベントの開催も大きな収益になっています。出版業は難しいというより、私が本の売り方をまだ分かっていないんだと思います。
好きな本屋さん、影響を受けた本屋さんはありますか?
神保町にはお世話になっている本屋さんがたくさんあります。出版社を始めた時は、まず内山書店に営業に行きました。また、「神保町を知ろう」というイベントでは、北沢書店の北澤一郎さんに「100年以上書店を続けている秘訣」を話していただきました。その後内山書店の内山深さんにも同じテーマで登壇いただきました。また近くの一誠堂書店には、チェッコリの場所を聞きにくるお客様がよくいらっしゃるのですが、そのたびに丁寧に案内していただいています。私はいつもこの街に守られている気がします。
これからやっていきたいことは何ですか?
毎年 K-BOOKフェスティバル というイベントを主催しています。コロナ禍でオンラインのみの開催もありましたが、今年は11月25日(土)、26日(日)に神保町の出版クラブで行います。昨年は46の出版社に出店いただき、全国140の書店で関連してK-BOOKフェアを行いました。仲間と一緒に楽しく活動をして、韓国の本がもっと定着していけばいいと思います。
実は2026年にお店を移転する予定です。この店はビルの3階にあり、階段しかなく、車椅子では上がって来られません。引っ越し先を探していたところ、近くのさくら通りにできる新しいビルの1階を紹介いただき、そこに決めました。
新しい店は80坪とずいぶん広くなります。新型コロナで休止していたカフェも再開。ギャラリースペースを拡充するとともに、イベントも広い空間で快適に行えるようになります。リアルな場所でしかできない面白いことをしていきたいと思います。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
【フォトギャラリー】








