東京の東急目黒線・不動前駅近くにある「フラヌール書店」は、フリーランス書店員として、書店の立ち上げや書棚づくりの仕事に携わってきた久禮(くれ)亮太さんが、2023年3月に始めた「ひとり本屋さん」だ。フラヌールとは、フランス語で「遊歩者」を意味する。その名の通り、自由で気まま、でもこだわりが感じられる本が並ぶ。今回は出版社志望のインターン学生とともに、久禮店主の話を聞いてきた。
“フリーランス書店員”になるまで
私が初めて久禮さんにお目にかかったのは2018年、ブックカフェ「神楽坂モノガタリ」で行われた新井見枝香さん(元書店員)とのトークイベントでした。当時、久禮さんは長年勤めていた書店チェーンを辞め、フリーの書店員として活動されていました。改めてそのいきさつを教えてください。
私は大学生の時、あゆみBOOKS早稲田店でアルバイトをして以来、書店に関わってきました。当時、バイトから社員になろうとしたのですが、店長から「やめておけ」と言われ断念。三省堂書店の契約社員になった後、拡大時期に入っていたあゆみBOOKSに正社員として入ることになりました。
あゆみBOOKSは、会社然としておらず、親しい家族のような職場でした。とくに80年代から働いている先輩は、ざっくばらんな方ばかりでした。
久禮さんはその後、小石川店長などを経てあゆみBOOKSを退社、“フリーランス書店員”として書店サポートの仕事を始めます。
私があゆみBOOKS小石川店長を務めていたのは2010年半ばから14年まで。近くには東京大学や中央大学があって、物書きや研究者など、本好きのお客様に恵まれていました。一方で、あゆみBOOKSはチェーンストアの要素が次第に強まるようになりました。人も入れ替わり、私は会社の強みが失われていくような気がしました。経営方針への違和感、自分と妻とのワークライフバランスを整えたい、40歳になる前に独立したいなどの理由から、14年に退職しました。
退職してとくに何をするかはっきりと決めていなかったのですが、知り合いを通じて「好きに選書をしていいので棚を作ってほしい」「現場社員の教育をしてほしい」「空き家があるので本屋を立ち上げてほしい」等々の依頼があり、お手伝いをすることになりました。ミシマ社の営業マン(当時)で、同世代の友人でもある渡辺佑一さんが、「“フリーランス書店員”という肩書はまだないだろう」と言うので、その肩書を使うようになりました。
3年たたないとわからない
2020年コロナ禍をきっかけに仕事が激減、そこから書店開業に至るわけですね。
コロナ禍当初は街に人がいなくなりました。駅ナカ書店から請け負っていた業務がなくなり、出張の自粛で地方書店の仕事も縮小しました。2021年には、リヤカーに本を積み、電動アシスト自転車で運ぶ出張販売をやりました。その頃から新店の立ち上げを具体的に考えるようになり、23年3月フラヌール書店の開業となりました。
開業して1年半弱、手応えはいかがですか。
売り上げは伸びていますし、肌感覚としてもだんだん認知されてきている気がします。でも、書店チェーンでの新店立ち上げ経験からいえば、最低3年はたたないと、経営が軌道に乗るかどうかはわからないものです。今はまだ様子見の最中です。
どのような書店を目指していますか。
選書を特化させ自分のセンスを押し出すよりは、ジャンルのバランスよく新刊をちりばめた店にしたいと思います。まとめると、「小さいけれど、総合書店」となりますが、現実はできていないこともあるので、キャッチフレーズが一人歩きするのは違う。コンセプトありきではなく、自分のやれるスタイルがこうなっているということです。
店内の案内をお願いできますか。
真ん中の「島」には、時々の新刊の中から、お客様にお勧めしたい本や知ってもらいたい本、長く売れている本を、ジャンル問わず並べています。それ以外の棚は一般的な書店チェーンと同じく、芸術、文芸、人文、ビジネス、生活、文庫、コミックというようにジャンル別に配置しています。
こちらは子どもの本のコーナーですね。ひらがなのテーマごとに並んでいるのがユニークです。
子どもの本は年齢別や出版社別、作家別など、さまざまな並べ方をしている書店がありますが、うちは規模感から考えてテーマ別がいいと思いました。大人のお客様または親子で見ていかれる方が大半です。
芸大生が個人出版した小説
今日は、弊社のインターンとして某大学3年生のOさんが同行しています。文学部所属で短歌などの創作もしています。彼にお薦めの本を選んでいただけませんか。
この『いっせいになにかがはじまる予感だけがする』(のもとしゅうへい)は、のもとさんが個人出版の形で出した小説です。のもとさんは東京藝術大学大学院美術研究科の院生で、本書の企画、文章、イラスト、ブックデザインすべてを担当しています。もはや商業出版と個人出版の境はあいまいになってきていますね。
昨今の若い世代の歌人も、短歌以外にいろいろな表現活動をされている人が多いと思います。短歌を創作されているのなら、この本からインスピレーションを得られるかもしれません。
当店は什器(じゅうき)の関係もあって冊子のようなzineは並べにくいのですが、本書のような上製の個人出版物はいくつか置いています。
それから、私が個人的に面白いと思っている小説が、『塔のない街』(大野露井著/河出書房新社)です。著者は日本文学研究者で翻訳家でもあります。ロンドン滞在中に書いた短編小説集という体裁で、留学生の悲哀があらゆる文学的表現を使って描かれます。大野さんは現代の澁澤龍彦みたいな人です。
日経BOOKプラスの中心読者は働いている人たちです。仕事に関連する本でお薦めはありますか?
たいていの本は仕事や人生に触れているので、読者次第で仕事に役に立つとは思うのですが、最近読んで面白かったのは、『生=創×稼×暮』(かくれんぼパブリッシング)です。農家、本屋さん、物書きなど、さまざまな職業の人が、「創ること、稼ぐこと、暮らすことのバランスをどのようにとって生きているか」について語っています。
経産省の書店支援プロジェクトへの要望
経産省の書店支援プロジェクトに対して、何か要望はありますか?
難しいですね。どの立場に立つかによって意見は違ってくるでしょう。個人書店店主なのか、チェーン書店か、チェーンでも大手か中堅かによってまったく要望が変わりそうです。
例えば地方の中堅チェーンの立場で考えれば、地域で使える図書カードのようなものを自治体が配れば、需要喚起につながるでしょう。でもこれは、根本的な解決にはならないドーピングのようなものです。
書店業界に共通している考え方は、「本の価格を上げて、その分を書店につけてほしい」ということでしょう。すると、これからも本の価格が上がっていく中で、高価になった本をきちんと選べる書店員の育成が、ますます求められます。
そう考えれば、書店が安定的にスタッフの雇用を行い、かつきちんと育成をしていけるように、何らかの助成をしてもらうほうが、即効性はありませんが、良いと思います。
これからやっていきたいことはありますか。
まずは、長く続けたいですね。この店を無理なく、安定的に続けられる空間にして、自分が直接さわることのできるスケールで仕事をしていきたい。事業として大きくしたいわけではないので、店は基本ひとりでやっていくつもりです。
最後に、当店と一緒に立ち寄るといい、近所のお薦めスポットを教えてください。
不動前駅の隣、武蔵小山駅前にペット・サウンズ・レコードというCDショップがあります。新譜だけでなく、いろいろな旧譜の音源も扱っています。推しのPOPが並んでいて、いつ行っても発見、出合いがあります。まさに、うちが本屋でやろうとしていることを、CD、レコードでやっています。本好きで音楽好きの方は多いので、当店と合わせれば、いい散歩コースになると思います。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
参考サイト フラヌール書店【フォトギャラリー】





















