「王」と呼ばれることにまんざらでもない表情を見せるドナルド・トランプ氏。2024年の米大統領選挙に勝利してから1年が過ぎました。「平和の調停者」を自称し、2期目のレガシーをつくろうと精力的な外交を繰り広げています。4月に『 信望なき大国 日本人が知らない「トランプのアメリカ」 』を書き下ろした日本経済新聞社米州総局長の大越匡洋氏が「トランプのアメリカ」の現在地を解説します。

「王」に刺さるサナエノミクス

 2025年10月28日。USAコールに迎えられたトランプ米大統領と親指を立てながら登壇した高市早苗首相。米海軍横須賀基地に停泊する世界最大級の米原子力空母「ジョージ・ワシントン」に日米首脳は並び立ちました。

 「この女性は勝者だ。だからすぐに親しい友人になった。きょう、日米の株価が史上最高値を更新したのは我々が正しいことをしている証拠だ」。トランプ氏は盟友だった故安倍晋三元首相の後継者として高市氏を認識し、懐に入り込むことをあっさりと許しました。

 積極財政と金融緩和を志向するとみられる「サナエノミクス」がトランプ氏にとって共感しやすい政治上の好みであることも大きいでしょう。

米原子力空母「ジョージ・ワシントン」に並び立つトランプ氏と高市氏(AP/アフロ)
米原子力空母「ジョージ・ワシントン」に並び立つトランプ氏と高市氏(AP/アフロ)

 首相に就任したばかりの高市氏は全力を傾けたトランプ氏との首脳外交に成功したといえますが、少し引いた立場から見てみると、トランプ氏にとっては中国を相手にした取引(ディール)外交での手持ちのカードを増やしていくための一手だったといえます。

 日米首脳会談の直後、トランプ氏は韓国にわたって中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と会いました。制御不能に陥りかけた対中貿易戦争を一時休戦に持ち込むには、日本との連携を深め、中国を取引に引き込む圧力を増す手が必要でした。

 24年11月の米大統領選挙での勝利から1年がたつのを間近に控え、トランプ氏は地政学上の最大のライバルである中国との取引の成立を最優先課題としていたわけです。

対中貿易戦争、分の悪い手札

 トランプ氏は首脳間の派手なディールを熱望しています。その執着心を逆手にとってじらす中国。そんな膠着状態がずっと続いてきました。

 「中国と良好な関係を築く。ただし現在とは異なる関係だ」。こう話すトランプ氏は関税を武器に中国に貿易戦争を仕掛けました。ところがその手札はかなり分が悪いのです。

 戦闘機F35は400キログラム以上、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦は2トン以上、バージニア級原子力潜水艦は4トン以上――。米国の兵器の製造は大量のレアアース(希土類)が要ります。その世界生産の7割を握る中国は、米国への輸出を絞りました。

 代替調達先はすぐに見つかりません。トランプ流ディールは弱者には効きますが、経済規模が米国の3分の2に迫る中国が相手だと、米国が浴びる返り血も大きくなります。

 それでもトランプ氏はディールをやめられません。戦後の自由貿易で「米国はカモにされてきた」との不満が岩盤支持層「MAGA(米国を再び偉大に)」を結びつけてきたからです。「米国第一」という言葉は単なる孤立主義を意味するのではなく、日本など同盟国にも服従を強い、世界との関係を力ずくで正すという公約にほかなりません。

 トランプ氏の性格も大きいといえます。決して敗北を認めず、場当たり的な「勝ち」で虚栄心を満たす傾向があります。つまり、ディールの目標はトランプ氏の頭の中で揺れ動き、ほかの人にはなかなか判然としないのです。

強者が弱者に沈黙を強いる悪夢

 「法の支配」より「力こそ正義」を好むトランプ氏の世界観は、19世紀型の「勢力圏」の発想が色濃くにじみます。当時の欧州列強のようにカナダやデンマーク領グリーンランドを属領扱いし、中南米諸国の内政に平気で口を挟む――。つまり西半球を自分の縄張りとみなしています。

 習氏は11年前、「アジアの問題はアジアの人々が解決を」と唱えました。トランプ氏は「ボス同士が互いの縄張りに干渉しなければあとは構わない」と考えます。いま世界が備えるべきなのは米中の対立より、談合による混沌ではないでしょうか。強者が弱者に沈黙を強いる悪夢が世界を覆うように思います。

 こんな場面に出くわしました。7月下旬、トランプ氏は首都ワシントンで「米中関係は良好だ」とまくし立て、隣に座るフィリピンのマルコス大統領が「秩序を一方的に変えようとするもの」に対抗しようと訴えた言葉を完全に無視しました。

 それからおよそ3週間後の8月11日。南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)付近では、放水銃を撃ちながらフィリピン沿岸警備隊の船を追い回していた中国海警局の船が中国海軍の駆逐艦に激突し、航行不能になりました。同礁はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)にありますが、領有権を主張する中国の船がフィリピン船を威嚇する危険行為が日常となっています。

 同日、トランプ氏は対中追加関税の停止期間をさらに90日延ばし、その前に半導体の対中輸出規制も緩めました。台湾の頼清徳(ライ・チンドォー)総統が米国に立ち寄るのも拒んで「私の在任中に習氏は台湾統一に動かない」と繰り返しています。

トランプ氏のエゴと次世代の思想が共鳴

 実際は日本、台湾、フィリピンの防衛線が崩れると、米国は中国の太平洋進出を阻む関門を失います。では大豆やレアアースなどを巡るディールのために同盟国が米国に寄せる信望を犠牲にしかねないトランプ氏が去れば、米国は「正気」に戻るのでしょうか。

 「新保守」と呼ばれる米国の政治潮流の参謀役がいます。シンクタンク「アメリカン・コンパス」創設者のオレン・キャス氏。28年次期大統領選挙の共和党候補の最右翼、バンス副大統領を理論面で支える人物です。

次世代の「MAGA」を率いるJDバンス副大統領(著者撮影)
次世代の「MAGA」を率いるJDバンス副大統領(著者撮影)

 キャス氏に「トランプ後の国際秩序」を直接問うたことがあります。答えはこうでした。「米中が軍事、経済で支配的な大国である二極構造となる。互いの勢力圏を認め、尊重し合うことが最善だ」。キャス氏は42歳、バンス氏は41歳。米一極支配と称された冷戦後に20年にわたるアフガニスタン戦争の挫折を見て、既存の政治に失望した世代です。トランプ氏のエゴと次世代の思想が共鳴し、大きなうねりをつくりつつあります。

 8年前、トランプ第1次政権は「大国間競争」の時代認識を示しました。近く公表する第2次政権の国防戦略では対中抑止より西半球防衛を重視するといわれています。

「G2」という米中談合、阻む壁は

 ウクライナ侵略を巡り、トランプ氏はロシアのプーチン大統領とウクライナの頭越しに談合しかけましたが、欧州首脳がそろって寸前で羽交い締めするように阻止しました。

 アジアはどうでしょう。米国人の7割超は習氏が世界の課題に正しく取り組むと信じていないのに、米中談合を阻む厚い壁は、皮肉にも中国側の米国に対する根深い不信くらいしか見当たらないのではないでしょうか。

 トランプ氏は習氏との会談で台湾問題を「一切議論しなかった」と言い放ち、26年4月に訪中すると公言しています。

 冷戦下、政治学者ケネス・ウォルツは二極構造が世界を安定させると説きました。21世紀のいまはロシアやインドが多極化を志向し、中国も同調して米国の力をそごうとしています。トランプ氏は米中首脳会談後、何のためらいもなく「G2」という言葉を使い始めました。米国と中国が勢力圏を分け合う談合は安定ではなく、支配の固定化を意味します。

(写真:HISTOCK/stock.adobe.com)
(写真:HISTOCK/stock.adobe.com)
第47代アメリカ大統領に返り咲いた“暴君”ドナルド・トランプがもたらす「冷たい内戦」の正体とは? トランプ信者、反トランプ主義者、マイノリティ、不法移民ほか、多数の現場取材から描き出す。日本には届かない生の声を現地特派員が丹念に拾った渾身のルポルタージュ。

大越匡洋(著)、日本経済新聞出版、2640円(税込み)