15万部のベストセラーを快走中の 『整える習慣』 (日経ビジネス人文庫)。本書の担当編集者・酒井圭子と日経ビジネス人文庫元編集長・桜井保幸、営業担当・今井勇太がヒットの裏側を語る鼎談(ていだん)の後編。書店と一丸となって多種多様な帯を展開、売り手に「自分たちの本」と捉えてもらえたことが、より広範な読者の獲得につながった。
装丁を替えるメリット
酒井圭子・日経BOOKSユニット 第1編集部(以下、酒井) 『整える習慣』の装丁は、今井さんの「混迷期こそ王道で」の一言で、まずは王道のデザインから始めました。
今井勇太・日経BPマーケティング リテール営業ユニット(以下、今井) 最初の装丁ではビジネスユースの読者を取り込めたと思います。で、その次はもう少し実用書に近いイメージで、女性に手に取っていただけるようにしました。
酒井 それでできたのが、紀伊國屋書店チェーン限定の帯(高帯)ですね。帯を替えるメリットは新たな読者層にリーチできることと、制作段階から書店と一緒に考えていくことによって「自分たちの本」と捉えていただけることです。
紀伊國屋書店チェーンとの打ち合わせでは、「なんとなく調子が出ない」というフレーズが先方から出て、それをそのままコピーにもってきました。ちょうど東京オリンピックの時期で、「ゴールテープ」という言葉も打ち合わせで出た記憶があります。
TSUTAYAチェーンからは「自分の空間(スペース)を守る。自分のペースを取り戻す」というコピー案をご提案いただきました。書籍を読み込んでいろいろなアイデアを考えていただいたんですよ。書店の皆さんがそれぞれの視点で提案してくださるので、個性が出て面白かったです。
桜井保幸・元日経ビジネス人文庫編集長(以下、桜井) この「忙しいときほど『ゆっくり、丁寧に』やる」という帯コピーも書店の提案ですか?
酒井 はい。これは書籍内の項目の1つなのですが、書店での本の売れ行きに関するデータをもとに、「この読者層を目指しましょう」とご提案いただきました。
今井 今回はヒットの起爆剤となる要素がたくさんありましたね。
桜井 本づくりの段階から書店員さんに関わっていただけると、「自分事」として本気で売ってもらえますね。
酒井 そうですね。 『やりたいことを全部やる!時間術』 (臼井由妃著/日経ビジネス人文庫)のとき、年末年始に帯替えをして効果的だったので、『整える習慣』もこの時期に帯を替えようと生まれたのが「年末年始帯」です。これは装丁家の井上新八さんに「家計簿と一緒に買ってもらうイメージで」とお伝えしました。
今井 井上さんは100本ノックのように、ものすごくたくさんの案を出してくれたんですよね。
酒井 いずれも完成度が高く、迷いました。その中から営業の皆さんが「ちょっと懐かしさも感じる温かなもの」と選んだのが、この帯です。現場の目は確かで、ここで爆発的に売れました。
今井 21年12月に「年末年始帯」にして、10万部に到達しました。
酒井 「年末年始帯」の次が、さわやかなグリーンを使った「春帯」。さらに、書店限定バージョンの有隣堂チェーン帯と続きます。
有隣堂チェーンからは「おしゃれな女性を意識した帯」と要望があり、複数案を提案したところ「黄色い髪の女性のイラスト」を使った一番とがったデザインとなりました。これで15万部突破となりました。
うれしいことに八重洲ブックセンター本店では21年「文庫1位」、22年上半期も「文庫1位」となっています。ここまで伸びたのは書店、営業の皆さんのおかげです。関係者一人ひとりがこの本を大事に思ってくれたのが本当にありがたいです。
ヒットを生み出す2つの「理論」
桜井 そして、こうしたヒットを生み出す背景には、酒井さんなりの「理論」があります。理論その1は「ビジネス書は10年ごとにテーマが入れ替わる」。われわれ編集者は一度企画を立てたら忘れがちですが、読者は常に入れ替わっているから、繰り返し同じテーマを投げれば、そこにマーケットがあると。
酒井 理論なんて大変おこがましいですし、そもそもみんな考えていることだと思うのですが、最近は10年ではなく5年周期かもしれません。「時間術」も「整える」も普遍的なテーマなので、読者に刺さったのかと思います。
『整える習慣』は、7年前に出た本を文庫としてリメイクしました。文庫の面白さは、今の時代に合うように再編集して、「意義の再設定」ができるところです。
桜井 理論その2は「普段はあまり本を読まない人を意識する」。
酒井 もちろん個人的には本が好きで仕事をしていますが、もしかしたら、自分はすごく小さい世界にいるのかもしれないなと。だから、日常的にはあまり本を読まない人に手に取ってほしい。「もしかしたら、あなたが悩んでいることの答えがこの中にあるかもしれませんよ」という思いで本をつくっています。本当におこがましいですが…。
今井 その理論を押さえつつ、今回は編集側の熱意がしっかり読者に届いたように感じます。当たり前のことを丁寧にやった結果がヒットにつながった気がしますね。
酒井 「バンバン売れればいいのに」みたいな、よこしまな気持ちはなかったかもしれません(笑)。「コロナ禍の生活必需品ですよ。どうぞ」と、そっと手渡したような気持ちです。
『整える習慣』の第2弾として、22年8月に 『リセットの習慣』 (日経ビジネス人文庫)を発売しました。著者の小林弘幸先生が、「『整える習慣』の時期はコロナ禍の混乱期だとしたら、今はじわじわと精神がむしばまれている時期。だから生活を大きくリセットするのが大事だ」とおっしゃって、このタイトルになりました。
桜井 最初は『小さな幸せの習慣』にするはずだったのに、いつの間にか変わってましたね…。
酒井 すみません、事後報告で(笑)。こちらも小林先生が定年や介護の問題など実体験も含めて書かれた1冊です。この本を読んだ営業の男性が「木曜日はリセットデー」と決め、在宅勤務に切り替えたそうです。発売1カ月半で4.5万部、こちらも帯替えなどいろいろと展開したいですね。
桜井 楽しみですね。それにしても今回は、いろいろと手の内を明かし過ぎたんじゃないかなあ(笑)。
取材・文/三浦香代子 写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)
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