2020年4月施行の改正意匠法で導入された「建築物・内装の意匠権」は、建築設計者やデザイナー、店舗運営に関わる事業者であれば押さえておくべき事項です。『建築 意匠権対策マニュアル』は、その基礎知識や実務ノウハウを紹介する1冊。2回目となる今回は、著作権や意匠権にまつわる3つの事件について、著者の池谷和浩さんに話を聞きました。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
意匠権侵害が認められた事例
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 前回は、建築物の著作権や意匠権についてお聞きするなかで、積水ハウスのモデルハウスに著作権が認められなかったという事件を教えていただきました。
『 建築 意匠権対策マニュアル 』では、「ワンダーデバイス」と呼ぶ戸建て住宅商品にまつわる事件も紹介されています。住宅フランチャイズグループのアールシーコアが、戸建て住宅「ワンダーデバイス」のデザインを模倣されたとして意匠権侵害を訴え、勝訴したものですね。この事件は、前回お話に出た積水ハウスの「グルニエ・ダイン事件」とはどのような違いがあるのでしょうか。
池谷和浩(以下、池谷) 積水ハウスは著作権、アールシーコアは意匠権を争ったというのが大きな違いです。
建築物の著作権は、非常に認められにくいもの。というのも、著作権というのは自然に発生する概念なのです。例えば文章にしても絵にしても、つくったものをわざわざ登録しなくても自然と著作権が発生します。それは建築物も同様なのですが、建築物に関しては特に、模倣との区別をしにくいという難点があります。
尾上 その点、意匠権はどうなのでしょうか。
池谷 意匠権は、創作者などが自分の意思で特許庁に出願をして、認められれば権利を得られるものですから、著作権と比べてその権利を主張しやすくなっています。
意匠権は、かつては物品に限って認められるものでしたが、画像なども登録できるようになりました。ビジネスに役立つデザインで新規性があるものは登録を認め、積極的に保護しようというのが意匠権の制度です。
不正競争防止法で訴えたコメダ珈琲店
尾上 それでは、2020年に改正意匠法が施行された後は、建築物も意匠登録によって権利が保護されるようになったのですね。
池谷 そうですね。
尾上 この本で取り上げられている裁判例に、「コメダ珈琲店事件」があります。店舗の内外装を模倣されたとして訴えたものですね。
池谷 コメダ珈琲店といえば、レンガをあしらった特徴的な洋風の造りで知られています。大きな屋根の軒先にはロゴが入ったバーが掲げられており、コメダ珈琲店であるということが一目で分かるようになっています。
尾上 建築物そのものが看板の役割を果たしているわけですね。
池谷 そうですね。だからこそ、この内外装を模倣されるということは看板を盗まれるようなもの。そうなれば、ビジネスに大きな影響を及ぼしますから、コメダ珈琲店側は不正競争防止法によってそれを阻止したのです。
尾上 改正意匠法が成立する前の事件ですから意匠権を争うことはできませんでしたが、店舗の内外装の模倣については、不正競争防止法に違反することが認められたのですね。
元従業員が模倣「タコの滑り台事件」
池谷 著作権の話でいうと、「タコの滑り台事件」もありました。これは、公園の遊具として設置されているタコを模した滑り台の著作権を争ったものです。
この滑り台は1971年以降、ある会社が全国の自治体の求めに応じてつくり続けていたものなのですが、あるとき、その会社から独立した人が少し形をアレンジした滑り台をつくったのです。ビジネスとしてつくっているわけですから、著作権法違反にあたるとして古巣の会社が訴えを起こしましたが、認められることはありませんでした。
尾上 著作権が認められるには、高いハードルがあるということでしょうか。
池谷 著作権には鑑賞的価値が問われるため、ハードルが高いといえるかもしれません。タコの滑り台の場合は、子どもたちが遊んで楽しめる独自の遊具という点で価値があるわけですが、鑑賞的価値という点では、その要件を満たさないと判断されたのです。
尾上 では、例えば今後、タコの滑り台を意匠登録しようとしたらどうなるのでしょうか。
池谷 これから登録をするのは難しいでしょう。意匠登録にはいくつかの条件があって、なかでも重要なのが「新しい、広く知られていない」というもの。そのため、タコの滑り台のように何十年も前からあるものは、残念ながら登録することができないのです。例外規定として、本人が発表して1年ほどのものであれば申請が認められるといった措置はあるのですが、それ以前から存在するものを意匠登録するのは難しいですね。
尾上 意匠登録は、これから世に出る新しいものを対象としているのですね。
池谷 はい。意匠登録制度は、まだ知られていないものを普及させるにあたって、保護することで独占権を与えるものであり、特許と同じような性質を持っています。意匠登録をしようと思うなら、新たなものをつくる必要があるわけですね。
構成/谷和美
