2020年4月施行の改正意匠法で導入された「建築物・内装の意匠権」は、建築設計者やデザイナー、店舗運営に関わる事業者であれば押さえておくべき事項です。『建築 意匠権対策マニュアル』は、その基礎知識や実務ノウハウを紹介する1冊。3回目となる今回は、意匠権をいち早く取得したトップランナーたちの思いについて、著者の池谷和浩さんに伺いました。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

意匠登録第1号は佐藤可士和さんら

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 1回目と2回目では、建築物の著作権や意匠権にまつわる事件を紹介していただきました。今回は、これから意匠権がどうなっていくのか、そして、意匠権をいち早く取得しているトップランナーのお話などを伺います。

 『 建築 意匠権対策マニュアル 』では、2020年4月に改正意匠法が施行された後、ユニクロや蔦屋書店などが第1弾として意匠登録を行ったことが紹介されていますね。

池谷和浩(以下、池谷) 第1弾として認められた4件の意匠登録のうち2件は、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんが手掛けたデザインでした。「ユニクロPARK横浜ベイサイド店」と「くら寿司 浅草ROX店」で採用された意匠ですね。

改正意匠法の施行後は、個性的な建築物を手掛けた多くの企業やクリエイターが意匠登録へと踏み切りました
改正意匠法の施行後は、個性的な建築物を手掛けた多くの企業やクリエイターが意匠登録へと踏み切りました
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尾上 佐藤さんといえばクリエイティブディレクターとして有名ですが、建築物や内装などのデザインも手掛けていらっしゃるのでしょうか。

池谷 『日経アーキテクチュア』の取材で佐藤さんにお話を伺ったのですが、彼にとって最も大きな仕事はコーポレートアイデンティティーの構築であり、ロゴマークをはじめとするデザインワークのディレクションです。そうしたなかで、仕事の領域が店舗の内装といった空間デザインにも広がっていったのだそうです。

 佐藤さんが手掛けた「くら寿司 浅草ROX店」のデザインは、意匠登録の第1号となりました。こちらは、くら寿司の旗艦店として位置づけられているとても立派な店舗で、その内装デザインを佐藤さんのチームが手掛けています。

尾上 「ユニクロPARK横浜ベイサイド店」も、佐藤さんが手掛けられたのですよね。

池谷 「ユニクロの店舗を公園にする」というビジョンを佐藤さんが構築し、基本構想とデザイン監修は建築家の藤本壮介さんが担当されています。ユニクロの事業全体のデザインをディレクションする佐藤さんが、藤本さんを起用したというかたちですね。

 この意匠登録については佐藤さん自身が旗振り役というわけではなく、「後から聞いた」とおっしゃっていましたが、ご自身の仕事が独自性のあるものとして認められたということですから、とても喜んでおられました。

意匠法の改正と同時に出願「蔦屋書店」

尾上 さらに本書では、蔦屋書店の意匠登録についても紹介されています。

池谷 蔦屋書店を手掛けるカルチュア・コンビニエンス・クラブは、改正意匠法の実現に大変尽力してきました。特に、同社の法務を担当していた中路星児さんは国の審議会で発言するなどして議論をリードしてきた人物です。

 彼は改正意匠法の施行直前に、同社が意匠登録の出願をすることを明言してくれましたので、当時はそのことを記事にしています。

尾上 この本にも「日付が変わると同時に、代理人弁理士が意匠登録、デジタル出願した」と書かれています。第1号として出願手続きをされたわけですね。

池谷 同時に手続きをされた方が他にもいらっしゃるかもしれませんが、そういうことですね。

 代官山の蔦屋書店などは、当時すでにデザインのテイストを模倣されるといったことがありました。店舗のデザインは物販ビジネスの重要なポイントだという自負が、彼らのなかにあったのではないでしょうか。以前から自分たちが生み出したものを守っていきたいという議論があったそうです。

多くの意匠権を取得「大林組」「積水ハウス」

尾上 この本では、建築界のフロントランナーとして大手建設会社の大林組も取り上げています。

池谷 「J-PlatPat」という特許情報のプラットフォームがあるのですが、「大林組」で検索をかけてみると、頭一つ飛びぬけたすごい数の出願履歴がヒットします。

 そのことについて取材をしてみたところ、「建設会社は工場も機械も持っていないし、現場でつくり上げたものも引き渡してしまう。財産として保持できるのは知的財産だけなのではないか」というお話をされていました。スーパーゼネコンの本当の価値は、知的財産にこそあるのだとおっしゃっていましたね。

 設計や生産のノウハウは、いわば知的財産です。ですから会社の方針として、その部分の意匠権を積極的に取りにいくことを決めたのだそうです。

尾上 大林組のほか、ハウスメーカーでは積水ハウスが非常に多く出願されているとのことですね。

池谷 意匠権の取得数でいうと、ゼネコンでは大林組、ハウスメーカーでは積水ハウスが突出しています。こうした権利を数多く保持することは、大規模なビジネスを展開するうえでの一つの方策だと思います。

 そのほか、商業施設の意匠権についても今後出願が増えていきそうですね。斬新なデザインのものなどは特に、プロジェクトがスタートした段階から意匠権の出願を見据えて設計することも多くなるのではないでしょうか。

尾上 今後も議論は続いていくのでしょうね。

池谷 そうですね。「権利を意識するばかりでは、社会の発展に寄与できないのではないか」という点も含めて、まだまだ議論は終わっていません。

 例えば公共建築物の場合は、意匠権を取得せず、むしろ「まねしてください」という姿勢で先導するほうがいいという考え方もあります。しかし建築家にしてみれば、自身の作品が模倣され埋もれてしまうことは、やはり避けたいのではないのでしょうか。

尾上 確かにそうですね。今後、建築物の意匠権の議論がどのように展開していくのか、注目していきたいと思います。

構成/谷和美

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