ソフトバンクの孫正義さんの下で、数々の“むちゃぶり”をスピーディーに実行してきた池田昌人さん。大きな仕事を効率的に進めるための小さな習慣を紹介した著書『仕事は1枚の表にまとめなさい。』を基に、「表」を活用することで結果を出し、さらには人を動かしていく仕事術について、じっくりと掘り下げます。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
ソフトバンク、PCR検査センター設立へ動く
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 引き続き、『 仕事は1枚の表にまとめなさい。 』の著者、池田昌人さんをお迎えしています。今回は、具体的な「表」の使い方について伺います。表を活用した事例として、ソフトバンクが手掛けたPCR検査センターの話が出てきます。このセンターは、どのような経緯で立ち上げられたのでしょうか。
池田昌人(以下、池田) 忘れもしない2020年、横浜に停泊していたクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号で感染者が出て、新型コロナウイルスという初めて聞く言葉が報道されました。当時、ソフトバンクの孫正義は、新型コロナウイルス感染症という病気はこれから日本でパンデミックを起こす可能性がある、と話しました。無症状の人が悪意なく周囲の人にウイルスをうつしてしまうことがあり、症状がある人を隔離するだけでは感染拡大を止められない可能性があると、関係者から聞いたそうです。
この状況をなんとかしなければならないということで、2020年3月11日、孫はSNSで「100万人に無償で簡易PCR検査の機会を提供したい」と表明しました。多くの方にPCR検査をすることで、無症状の方の悪意なき感染拡大を防ぐ実例を作ろうという話が、社内に出てきたのがきっかけです。そしてその後、PCR検査センター設立のプロジェクトが立ち上がりました。
尾上 会社としてPCR検査センターの事業をやるというのも、かなり思い切ったことですよね。
池田 孫は、いわゆる経営者や実業家、資本家として報道されることが多いですが、1人の人間として世の中のために何かしなきゃいけないという、とても熱い思いを持つ人です。コロナ禍のときも、自分の私財やソフトバンクの様々な資産を使ってでも、どうにかしてパンデミックを食い止める必要があるという強い信念にかき立てられ、行動に移したのだと思います。
尾上 ソフトバンク社内では、どのような反応でしたか。
池田 当時は、PCRという言葉が何を表すのか、何をすることなのかも分からないという感じでしたね。医療に関係することですし、社内でもそんなことをやっていいのだろうかという議論がありました。とはいえ、世の中のために何かしなきゃいけないということで、実際に検討が始まりました。ただ、専門家がいるわけでもない状況で「池田がやれ」と言われたときには、右へ行けばいいのか左へ行けばいいのか、何を用意したらいいのか、誰と相談したらいいのかも、さっぱり分からない。それでも、PCR検査について考えなければ──というのが、当時の状況でした。
センター設立に向けて「表」を入り口に
尾上 このときも、池田さんは表を活用されたのでしょうか。
池田 はい。ただ活用する以前に、自分たちが何をしたいのかが明確になっていなかったので、まずはそれを整理するために、本書でも紹介している「5W1H表」という方法で表を作り、自分たちがやりたいことをまとめ上げたのが最初の一歩でした。
尾上 どのような表だったのですか。
池田 目的は「感染拡大防止」、場所のところには「検査センターができる場所を探す」と書きました。あとは、センターの規模や検査するための試薬などをどのようにするかなどについても、分からないながら自分たちのアイデアを書き留めていきました。
そうすると、自分たちがやりたいことは何なのかまったく分からなかった状態から、こういうことなのかもしれないという1枚の表が出来上がります。この表はいわゆるドラフトですが、5W1Hの企画案ができると、例えば製薬会社や検査をやっている会社の方々にアポイントを取って、「自分たちはこういうことをやりたいのですが、何をしたらいいですか」、もしくは「どういうところが非現実的ですか」と質問しに行けるようになる。これが、PCR事業の入り口になりました。
尾上 その表は、何人かで一緒に作られたのですか。
池田 CSR担当のメンバー5人で表を埋めていきました。そして項目ごとに、場所についてはAさんがこれを確認して、試薬についてはBさんが検査センターに問い合わせをして、と担当を分けながら確認やフィードバックをして、それを表に反映していく。この表がそこにいる全員の共通認識、ある種の帰る場所になりますので、正しく機能させておくことで、チームワークが乱れずに前へ進めるようになります。
尾上 それを基に進めていくと、具体的な内容や課題がどんどん見えてくるわけですね。
池田 5W1Hで、When、つまりいつ始めるかという選択肢は、実はたくさんあります。例えば、本書ではPCR検査センターを7月に竣工すると書いていますが、そもそも7月がいいのか、はたまた1カ月前の6月、それとも1カ月遅らせて8月がいいのかと、選択肢は様々です。こういった検討・議論をするには、「効果分析表」を使うと効果的です。
効果分析表では、例えば先ほどの6月、7月、8月ではどれがいいか、評価軸に置きます。今回は検査ですので、検査精度が時期によってどれくらい成熟しているかが1つのポイントになります。2つ目は経済効果、つまり世の中に対する効果が高いのはいつか。さらには、ソフトバンクが社会貢献をするという意味で、世の中にもたらすインパクトが大きいのはいつか──そのような軸を置いて、6月、7月、8月という時期を評価していくわけです。
そうすると、当たり前ですが、早ければ早いほど経済効果があり、インパクトもある。しかし検査の精度については、6月に検査センターが立ち上がるのかさえ不安な状況では、きちんと検査ができない可能性があることから、精度のところに「×」がつきます。そうなると、経済効果やインパクトがいくらあっても、検査精度が高くなければ世の中に出す価値はありません。7月になると検査精度は「○」、インパクトは「◎」から「○」に落ちるのですが、世の中に対して早いタイミングという意味で経済価値はある。8月になると、検査精度はさらに上がるものの、経済効果やインパクトは1段階落ちて「△」になってしまいます。
尾上 なるほど。
明確な合意形成を図るためにも「表」は効果的
池田 これらの相関関係を表にしっかりまとめれば、孫と議論をする場で示し、「最速でやって一定の担保ができるのは7月なので、我々としては7月でやりたいと思うのですがいかがでしょうか」と提案できます。
効果分析表のいいところは、判断軸、つまり先ほどの評価軸について、合意を図る相手と冷静に、同じ目線に立って話し合いができることです。例えば、孫の頭の中では急ぎたいという気持ちばかりがあったとしたら、検査精度のことなんか忘れてとにかく急げとなって、世の中に迷惑をかけるようなサービスを出しかねない。
尾上 確かに、一刻でも早いほうがいいという感じになりそうですからね。
池田 それを単純に「いいえ、早いだけではダメです」と口答で言うだけではうまく伝わらず、「何を言っているんだ。急げ」という返事になってしまい、指示をのまざるを得なくなってしまいます。特に新しいことや初めてのことに取り組む際、冷静に周囲の判断を仰ぐためにも、この効果分析表と、何をしたいのかという5W1H表を交互に用いながら議論をするのが、難しい問題を解決するためには有効だと思っています。メンバー一人ひとりが、優先順位や様々な角度からのチェックポイントを評価軸に立て付けていけば、みんなの思いが相手にしっかり届く内容になると思います。
尾上 結果として、孫さんが3月にメッセージを発してから4カ月後の7月に、PCR検査センターを立ち上げられたわけですね。
池田 当時はまだ内部的な検査でしたけれども、唾液による検査が始まり、9月には一般の法人向けにサービス提供が始まりました。大変早いタイミングでスクリーニングというPCR検査を世の中に提供できたのは、このような意思決定の迅速な実現があったからだと思っています。
尾上 確かに、非常に難しいことや、やったことのないことをきちんと進めていこうとするときは、時間をかければできるかもしれない。だけど、「時間軸」が大事なものの1つだとしたら、価値観の共有も含めて、進めていくうえでは表はとても有効なツールですね。
池田 曖昧に合意形成をしてしまうと、後で相手にちゃぶ台をひっくり返されるリスクもありますよね。ですから、表で明確に選択肢を示して、着実に意思決定をしていくことが、物事を進めるうえでは大変重要だと思います。
文/佐々木恵美 構成/山崎 綾、市川史樹(日経BOOKプラス編集)

