アマゾンで次々にイノベーションが起こるのはなぜなのか。『Amazon Mechanism(アマゾン・メカニズム)──イノベーション量産の方程式』は、アマゾン独自のイノベーション・メカニズムの全容を、日本企業が再現可能な形で紹介した一冊。1回目となる今回は、アマゾンが成長を続けてきた理由について、著者の谷敏行さんに伺いました。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
イノベーションを起こす仕組みとは
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 『 Amazon Mechanism(アマゾン・メカニズム)──イノベーション量産の方程式 』の著者であり、元アマゾンジャパンのエンターテイメントメディア事業本部長を務めていた谷敏行さんにお話を伺います。では、まず自己紹介をお願いできますか。
谷敏行(以下、谷) 大学卒業後に入社したソニーでデジタルオーディオのエンジニアを務めた後、米国へ渡ってアーサー・ディ・リトルでのコンサルティングやネットワーク機器関連会社でのベンチャー投資などを経験しました。その後、2013年にアマゾンジャパンへ入社し、既存事業の成長を担いつつ新規事業の立ち上げに従事してきました。2019年に退職し、現在はイノベーションコンサルタントとして日本企業の支援を行っています。
尾上 ソニーを退職されたのが1992年、今から約30年前ですね。当時から、開発や新規事業に携わってこられたのでしょうか。
谷 はい。影も形もないゼロの状態からデジタルオーディオ製品をチームでつくり上げていき、そのなかでどのようにイノベーションを起こしてエグゼキューションしていくのか、ということに取り組んでいました。
尾上 ソニーを退職した後、20年以上の年月を経てアマゾンジャパンにたどり着かれたそうですね。この本の「はじめに」には、ソニーの技術者だった頃に抱いていた疑問の答えがアマゾンで見つかったと書かれています。
谷 私がソニーを退職した1992年ごろは、社内でイノベーションが起こりにくくなっていると感じていました。バブルがはじけた直後だったので、時期的な要因もあるのかもしれませんが、理由はそれだけではない気がしていました。社内に、「新たなイノベーションを起こしていこう」という雰囲気はあったんです。それにもかかわらず、なかなか前に進めない。私も真剣に考えていたのですが、理由が分かりませんでした。
そうして20年以上にわたって「いかにイノベーションを起こすのか」を考え続けていたわけですが、アマゾンに入社すると、そこに答えがあることに気がつきました。
「Day One」の意識が生み出すもの
尾上 この本に掲載されている「アマゾン・イノベーション年表」を見るとよく分かりますが、2005年にサービス開始となったアマゾン・プライムをはじめ、以降もずっと新たなサービスや製品を出し続けていますね。
谷 アマゾンには「毎日をはじまりの日と考えて、顧客のために新たな価値を生み出す」という思いを込めた「Day One」という言葉があります。全社員がそうした意識でいつでも新しいことを考え、ボトムアップでイノベーションをつくり出していく。だからこそ、連続してイノベーションが起こっていくのです。
経営者には、会社の方向性を示す「タイムテラー」と、動かしていく仕組みをつくる「クロックビルダー」という2種類のタイプがいます。ベゾスの場合、初期は「タイムテラー」でした。しかしそれでは継続性がない。そこで「クロックビルダー」として、ボトムアップでイノベーションが起こる仕組みをつくっていった。それがアマゾンの素晴らしいところです。
尾上 「タイムテラー」から「クロックビルダー」になり、つくり上げた仕組みを組織に浸透させ機能させていったわけですね。
谷 これはベゾスの偉業だと思っています。この本では、どのようにして彼がこの偉業を成し遂げたのかを解き明かし、その背景にある仕組みについて解説しています。そして私は、この本で紹介しているアマゾンのスタイルを日本企業も実現できるはずだと信じています。
妥協のない「顧客優先」
尾上 第1章「『普通の社員』を『起業家集団』に変えるアマゾンの仕組み・プラクティス」にあるPR/FAQの項は、とても印象的です。
谷 PR/FAQとは、プレスリリース(新商品や新サービスについてのメディアリリース)とフリークエントリー・アスクド・クエスチョンズ(プレスリリースに対する想定問答集)のこと。一般的にこれらは、新商品や新サービスをローンチするときに用意しますが、アマゾンの場合はそれだけではありません。
「3年後にこういうサービスを出したい」というプランがあるのなら、3年後に出すプレスリリースを想像して作成する。そうして「本当に顧客が求めるサービスになっているのか」を検討する材料にするのです。
尾上 先ほども「顧客」というキーワードが出ましたが、アマゾンでは顧客の視点を大切にする考えが浸透しているのですね。
谷 アマゾンでは「Customer Obsession(顧客を起点に考え、行動するという原則)」を行動規範の一番上に置いています。例えば、売り上げが足りないときに顧客満足度と売り上げのどちらを優先するかというと「絶対に顧客だ」と言い切れる会社は少ないのではないでしょうか。私自身、「そうはいっても、アマゾンも苦しくなったら売り上げを優先するんじゃないか」と思っていました。しかし、そんなことは一切なかったのです。
尾上 顧客としては価格の安い商品が欲しいし、選択肢を増やしてほしいし、デリバリーのスピードも速くしてほしい。そうした思いにアマゾンが最大限応えたいと思っていても、並行して企業として利益を上げ続けるのは難しい面もあるのではないでしょうか。
谷 そうした難局にあっても、アマゾンは決して妥協をしません。だからこそイノベーションにつながっていくわけですね。このような問題は結局、新しいことをしなければ解決できませんから。
とにかくアマゾンは顧客をないがしろにしない。そのうえで企業としての利益も追求する。どんなことがあっても「今期は顧客よりも利益を優先しよう」といった考えにはならないのです。
尾上 企業としてなかなかできないことですよね。
谷 そうですね。でもアマゾンはそれが実現できたからこそ、長期的に企業価値を上げることができたのではないでしょうか。2000年にITバブルがはじけ、衰退した企業も多くあるなかで生き残って成長を続けられたのは、幹部はもちろん、すべての社員が顧客満足を第一に考えてきたからだと思っています。
構成/谷和美
