アマゾンで次々にイノベーションが起こるのはなぜなのか。『Amazon Mechanism(アマゾン・メカニズム)──イノベーション量産の方程式』は、アマゾン独自のイノベーション・メカニズムの全容を、日本企業が再現可能な形で紹介した一冊。2回目となる今回は、大企業が陥りがちな「落とし穴」を回避するアマゾンの仕組みやプラクティスについて、著者の谷敏行さんが解説します。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)
大企業が陥りがちな6つの落とし穴
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回は、『 Amazon Mechanism(アマゾン・メカニズム)──イノベーション量産の方程式 』の第2章で紹介されている「大企業の『落とし穴』を回避するアマゾンの仕組み・プラクティス」についてお伺いします。
ここでは、①新規事業のリーダーが既存事業と兼務で、社内調整に追われる、②既存事業が優先され、新規事業にリソースが回されない、③新規事業の失敗が担当者の「失点」になる、④既存事業の無難な目標設定がチャレンジを避ける組織文化を作る、⑤聖域化した「過去のコア事業」の幹部が権力を持つ、⑥ルール優先で社員が指示待ちになる──という6つの項目が、大企業によくある落とし穴として挙げられています。アマゾンには、これらの落とし穴を回避するための仕組みやプラクティスがあるということでしょうか。
谷敏行(以下、谷) 成功している既存の事業が足かせとなってイノベーションが起こりにくくなるというのは、大企業ではよくあるケースです。これは企業の規模や国籍にかかわらずいえることで、ドラッカーの著作『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社)でも、そのように述べられています。
イノベーションを起こし続けるためには、先ほどの6つの状態を避ける仕組みを構築する必要があります。企業にとって成功した事業は大切ですし、その功労者の意見が通りやすくなるのは当然のことかもしれません。しかし、そういう人たちが当時の考え方のままリーダーであり続けることが、いつしか障害になってしまうのです。
尾上 ベンチャー企業の場合はそういったことが少ないので、新たな発想でイノベーティブなものを生み出し、まっすぐに走っていけるともいえますね。
谷 その通りです。大企業の場合は、まっすぐに走ろうとすると既存事業とのカニバリゼーションやリソースのなどの問題にぶつかりがちです。こういった状況を分析すると、既存事業で実績を残しているリーダー格の人を、新規事業のリーダーとしてアサインしているケースが多くみられます。しかし、そのようにアサインされた人は大きな既存事業を任されていて、やるべきことや考えるべきことがすでにたくさんある状態です。
尾上 確かにそうですよね。
谷 そのため、兼務したところで新規事業に回せるだけの十分な余力がないのです。ですからアマゾンでは重要な新規事業には、目標の達成には両立が難しい他の責任を負わない1人の人物が1つのプロジェクトを統括するシングル・スレッド・リーダーをアサインし、その人が100%の力を新規事業に注げるようにしています。そのうえ、リソースなどの意思決定は他部署に相談せずに行えるようにする。そうすることで、既存事業に力を奪われず新規事業に集中できるのです。
リーダーが集中できる環境づくりを
尾上 この本では、稼ぎ頭だった書籍のオンライン販売事業の責任者を、電子書籍の責任者にアサインしたエピソードも紹介されていますね。
谷 紙の書籍の売り上げがアマゾンを支えていた当時、ベゾスはそのリーダーを電子書籍に異動させて専属にしたうえ、「紙の書籍のビジネスを潰すつもりでやれ」と言ったのです。アマゾンではこのようにトップクラスの人材を新規事業のリーダーにアサインして、100%の力でコミットさせています。
尾上 なかなかできないことですよね。
谷 結局これは、大半の株は自分が持っているから意思決定ができるというような、起業家と同じ環境なんです。自分の力すべてをその事業の成功のために使って、突っ走っていける。アマゾンはそんな起業家と同様の環境をつくり上げているのです。
長期的な視点でリターンを考える
尾上 そうした姿勢で事業に取り組める体制を整えているからこそ、アマゾンはイノベーションを可能にしていけるのですね。
谷 すべての新規事業にシングル・スレッド・リーダーが必要というわけではありません。しかし、ここぞというときにはこのような体制が必要だと思います。リーダーが他の事業に気を取られていたり、他の部署に相談しなければ意思決定ができなかったりするようでは、同じことをやっているベンチャー企業に負けてしまいますから。
尾上 前回お伺いしたような、顧客にファーストプライオリティーを置く考え方は、どのようにつながってくるのでしょうか。
谷 前回、PR/FAQについてもお話ししましたが、例えばPRでは「この新規事業は顧客にとってニーズがあるのか」を徹底的に議論します。そして、顧客満足を最優先にしつつ、長期的にはリターンがあり利益が出るように考えていく。ベゾスは、事業全体にインパクトを与えるほどのリターンを出すには7年ほどの時間がかかると言っています。短期間で簡単に利益を出すことは期待していないのですね。
尾上 なるほど。そうして大企業の落とし穴に陥らない仕組みやプラクティスが確立されていくのですね。
谷 そうですね。アマゾンにはこのように会社全体として、既存事業においても新規事業においても、イノベーションにチャレンジしていくための仕組みが整えられているのです。
構成/谷和美
