もしかしたら、発達障害かもしれない──子ども、身近な人、自身について、そんな不安と生きづらさを感じていたら、まず手に取ってほしい『発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて』。ありそうでなかった「発達障害の教科書」として、多くの人に読まれています。本書の著者であり、発達障害を持つ息子を育てる黒坂真由子さんを迎え、お話を伺います。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

障害かどうかは時代と環境によって変わる

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、『 発達障害大全 』の著者、黒坂真由子さんをお迎えしてお話を伺います。まず、本書の序章に書かれている「障害になるかどうかは生きている時代と場所による」ということについて教えていただけますか。

黒坂真由子(以下、黒坂) 私は眼鏡がないと本も読めないし、目の前の人の顔もよく見えません。眼鏡がない時代はそれが障害とされていたかもしれませんが、時代が変わり、道具が変わったことで、今は障害ではなくなりました。障害というのは、環境との作用、関係性によって変わる面もあります。

発達障害を持つ子どもたちや家族にとって重要な、学校、そして教育。「インクルーシブ教育」「特別支援教育」とは?/『発達障害大全 ― 「脳の個性」について知りたいことすべて』画像クリックでAmazonページへ
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尾上 環境の点では、発達障害の人にとって困難が発生しやすいのは、小学校入学直後、就職直後などでしょうか。

黒坂 そうですね。例えば小学校の決まりや枠にはまらないと、障害と見なされてしまう可能性があります。

尾上 そういう場合、特別支援学校、特別支援学級といった教育形態もあると、第1回にお話しいただきましたね。

黒坂 はい。特別支援教育という大きな枠組みがあり、学校として独立しているのが特別支援学校で、普通校に設置されている学級が特別支援学級です。そして、普通学級に在籍しながら数時間、その子の発達に合った指導を受けられるのが「通級による指導」です。発達障害の教育として多いのが通級による指導です。

尾上 発達障害を持つ子や家族にとっては、大事な場所ですね。

黒坂 そうですね。どんな学校や学級に所属するかは小学校入学の段階で決めるにしても、途中から移動もできるので、最初に情報を仕入れておくことが大事です。

 今、国連などが日本に求めているのは「みんな一緒に学ぶ」という、インクルーシブ教育です。特別支援学校や学級は分けた形での教育ですが、インクルーシブ教育にも特別支援教育にも、どちらにも良い面があります。ただ、特別支援教育をやめていきなりインクルーシブ教育に、とするのは今の段階では難しいと思います。

尾上 日本の学校はきっちりとした枠組みで、きっちりとしたことをやらせようとする方向性がある気がします。ただ、日本でインクルーシブ教育を無理やりやろうとしても、おっしゃるように今すぐにはできないかもしれませんね。

黒坂 特別支援教育もインクルーシブ教育も、目指しているところは一緒なのかなとは思います。インクルーシブ教育構築のためには、特別支援教育を着実に進めていく必要があります。

 特別支援教育はその子に必要な教育を行うので、教えている先生はやりがいがあり楽しいという話も聞きますね。「こうすればこの子は伸びる」「この子はこういうことが好きだからこれを」「この順番でやればスムーズに学べる」など、先生はたくさんの工夫をしながら教えています。いわゆる普通学級はいろいろなレベルの子に一斉に教えるので、その中で特別支援教育を受けておらず、つらい思いをしている子もいるはずです。

尾上 そうですね。

黒坂 だから、普通学級がその子の学習進度や興味に合わせた教育を行う形に変わっていけば、インクルーシブ教育も特別支援教育も、同じになるんじゃないかなと思います。

社会に出る前に「自分の苦手」を言語化

尾上 学校教育が終わると、今度は社会に出て働くというフェーズになります。

黒坂 発達障害や精神障害を持つ人の就労を支援するKaienの鈴木慶太さんは、「絶対に向いていない仕事を知ることが大切」と言っています。発達や能力に凸凹があると、本人も親も良い部分のほうに注目して「ここを生かそう」と思うものですが、実は、すごく苦手なところをまず回避することが、仕事を見つける、続けるうえで重要だと。なるほどなと思いました。

尾上 発達障害の人の仕事が続かない原因の1つに「向いていない仕事をやらざるを得ない」があるのですね。そこを避ける、向かない仕事をしない、という話は示唆に富んでいます。

黒坂 本書に登場する沖田×華(おきた・ばっか)さんは看護師になり、借金玉さんは金融機関にお勤めしましたが、やはりどうしても向かなかったそうです。そして、先ほどの鈴木さんは「自分に何が向いているか、向いていないかが分からないのも、発達障害の特徴の1つ」だと言っています。就職前に「自分は○○が苦手」と言語化しておくといいと思います。

発達障害を知ることは、社会のためになる

尾上 発達障害という個性を持っている人は、思っているより多いのでしょうか。

黒坂 そうですね。日本の人口の5~10%という話もありますし、10%となると10人に1人です。すでに同じ職場で働いている可能性もありますよね。

 発達障害の人への対応は大変なのではと考える企業もあるかもしれませんが、結局、発達障害の人が働きやすい職場は、みんなにとって働きやすい職場なのです。これから先、多様な人材を採用するに当たって、会社の文化や制度を考えるきっかけにもなります。発達障害を持つ人をどう生かすかに注目していくことで、結果として誰もが働きやすい企業文化を作れるのではないでしょうか。

尾上 この本の「おわりに」にもそのようなメッセージを書かれています。本書が、社会や会社、身の回りを変えていけるきっかけになるといいですよね。

黒坂 ありがとうございます。もしかしたら、10年後、20年後には発達障害という言葉は使われなくなっているかもしれませんね。誰しも当たり前に得意・不得意を持っていますし、無理なく働ける社会になっていればいいなと思います。

 例えば、一緒に働く人や得意先の人が発達障害だとして、それを知らないときは「ひどいことをされた」と思ってしまうようなことがあるかもしれません。でも、発達障害について知ることで「いや、そうじゃないんだ」と分かりますし、イライラも減っていくと思います。実際、「発達障害は周りの人のほうが大変」という声も聞きますから、知らないと余計に大変です。知っていることが増えれば相手の気持ちを想像できるようになり、「悪気はないんだ」と納得できたり対応も分かったりするので、自分のためにもなりますよね。

 最初にお話ししましたが、私も息子が学習障害だと分からなかったときは、漢字をちゃんと書けないとずっと叱っていました。怒ってばかりでイライラして、息子は漢字練習のたびに泣いてしまって。でも学習障害を知ることで、「じゃあ、大きく3回だけ書こう」とやり方を変えてみるなど、お互いにとって良い方向に進めるようになりました。それは、知識がなければ対応できなかったことです。まず知ることで、発達障害の人にとっても、周りの人にとっても、大きなプラスになっていくと思います。

文/三浦香代子 構成/山崎 綾、市川史樹(日経BOOKプラス編集)

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