欧州でブランドづくりを行っている日本の高糖度トマト「アメーラ」は、2022年4月、欧州最大級の国際農業展示会「フルーツロジスティカ」(ドイツ)のイノベーション・アワードで、最高金賞を受賞した。アメーラ成功の背景には「引き算」の発想があった。静岡県立大学教授・岩崎邦彦氏による著書 『世界で勝つブランドをつくる』 から一部を抜粋し、世界ブランド構築の秘訣を探る。

日本発“引き算”のブランドづくり

 日本から輸出しているのは、トマトではない。欧州で売られるアメーラは、スペインでの現地生産である。輸出しているのは、「ブランド戦略」だ。

 アメーラのブランド戦略の軸にあるのが、「引き算」の発想だ。イノベーション・アワードの最高金賞を受賞したドイツの国際展示会においても、“引き算”の発想を訴求した。展示会でのアメーラのスローガンは「Wordless(言葉はいらない)」、展示ブースのコンセプトは「Less is more(引き算で価値を生み出そう)」だ。

アメーラは、フルーツロジスティカ「イノベーション・アワード」で金賞(最優秀賞)を受賞
アメーラは、フルーツロジスティカ「イノベーション・アワード」で金賞(最優秀賞)を受賞
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強いブランドが誕生するきっかけは何か

 ブランドづくりを学ぶために、強いブランドが“今何をしているのか”を研究することは、あまり意味がないかもしれない。なぜなら、そのブランドは、“すでに”強いブランドだからだ。
 知るべきは、そのブランドが“強くなるきっかけ”は何かである。

 たとえば、
・アップルが今、何をしているのかではなく、アップルが強いブランドになるきっかけは何か
・スターバックスが今、何をしているのかではなく、スターバックスが強いブランドになるきっかけは何か
・ユニクロが今、何をしているのかではなく、ユニクロが強いブランドになるきっかけは何か

を知ることが、ブランドづくりを学ぶためには欠かせない。

共通点は「引き算」にある

 強いブランドになるきっかけをみると、その多くに共通することがある。

 それは “引き算”の発想だ。

 一度アップルを追い出されたスティーブ・ジョブズが1997年にアップルに復帰すると同時に行ったのは、製品のラインナップの“引き算”だ。

 マッキントッシュだけでも10種類あまりあったものを、「一般消費者」「プロ」「デスクトップ」「ポータブル」の4種類に絞り込んだ。プリンターもサーバーも引き算した。

 「何をしないかを決めることは、何をするかを決めるのと同じぐらい重要だ」
「何かを捨てないと前に進めない」(スティーブ・ジョブズ)

 スターバックスは、創業時の「コーヒー、ティー、スパイス」の3本柱から「ティーとスパイス」を引き算し、「コーヒー」に絞ったことがブランド化のきっかけだ。コーヒーに絞り込むことによって、イメージが明快になった。イメージが明快になれば、ブランド力は強くなる。

 アマゾンが世界のブランドになる原点は「書籍」への集中だ。書籍を軸に、ユーザビリティ、在庫、配送などシステム拡充の投資を続け、圧倒的な競争力を作り上げた。

 現在のロゴに書かれているように「AからZまで」オンラインで対応できる全ての商品に広げるようになったのは、ブランドが確立したあとだ。もしも、創業時から、幅広いジャンルを扱うネットショップだったとしたら、今のアマゾンはなかったはずだ。
 日本発の企業も同様だ。

 ユニクロがブランド力を高めたきっかけは、フリース一点に絞って展開したキャンペーンである。

 「何か商品を絞って訴えないかぎり、お客様には来ていただけそうにない」(柳井正)

 CoCo壱番屋(ココイチ)も同様である。スタートは、1974年開業の「喫茶バッカス」。ブランド化のきっかけは、喫茶店メニューを引き算し、カレーに集中したことである。

 その後、アジア各国、アメリカなど世界にも進出し、世界最大のカレーレストランチェーンとしてギネスブックにも登録されている。今や、カレーの本場のインドにも出店している。カレーがおいしい喫茶店のままでは、世界ブランドにはならなかっただろう。

危険な「足し算戦略」 

 もしも、スターバックスが、「足し算の発想」で、「コーヒー、ティー、スパイス」から「コーヒー、ティー、スパイス、ホットドッグ、ハンバーガー」と品ぞろえを増やしたとしたら強いブランドになっただろうか。

 アップルが、冷蔵庫も洗濯機もファックスも売る総合家電メーカーを志向したとしたら、ブランドになっただろうか。

 ブランドの失敗事例をみると、その多くが「足し算」だ。

 かつてアパレルのグローバルブランドが、洋服だけでなく、バスタオル、シーツ、トイレのスリッパ、ボールペンなどにブランドを拡張した結果、ブランドの輝きは失われた。

 ユニクロが、かつて野菜ビジネスに参入して、成功しなかったのも、足し算の発想だったからだろう。アパレル企業が、野菜を扱っても、消費者の共感は得にくい。

 かつて、ケンタッキーフライドチキンがビーフバーガー、ポークバーガーを発売し、うまくいかなかったのも「足し算」の発想だからだ。チキンにビーフ、ポークを足し算することによって、逆に、売上は引き算された。今は、ビーフバーガーも、チキンバーガーも扱っていない。

 日本の総合家電メーカーが、世界でのブランド力を下げたのも同様かもしれない。「総合(いろいろ)」だからである。「いろいろ」と聞いてイメージが浮かぶだろうか。「いろいろ」という色はない。

日本は、引き算の国

 日本はもともと「引き算」の国である。

 たとえば、日本の国旗を思い浮かべてみよう。世界一シンプルだ。白地に赤い丸が一つ。線も一本もないし、星も一つも描かれていない。究極の「引き算」である。

 ここで質問。

日本の国旗の赤の面積は、全体の何パーセントだろうか?

 人々に聞いてみると、多くの人が30~40%程度と回答する。実際は、赤の面積はわずか18.8%だ。全体の8割以上は白色である。日の丸は、我々に「引き算が力になること」や「余白の重要性」を教えてくれる(岩崎邦彦 『引き算する勇気:会社を強くする逆転発想』 )。

 簡素に美しさを見出す「禅」や「茶道」。四畳半の「茶室」や枯山水の「日本庭園」は何とシンプルだろう。自然を生かすシンプルな日本庭園は、自然に手を加え豪華さを演出する西洋庭園とは対照的である。

 わずか17文字からなる世界で一番短い文学「俳句」。余分なものを加えず、素材そのものを活かす「和食」など、いずれも引くことによって、人の「心」に訴えてくる。

 日本人は、昔から「足し算」ではなく、「引き算」に価値を見出してきた。「引く力」は、日本人が伝統的に持つ強みである。伝統の中にこそ、日本が世界でのブランドづくりに成功するカギがあるはずだ。

世界の共感を生む、日本発の引き算

 日本発の“引き算”のコンセプトは、海外の人々にも共感されやすい。

 たとえば、シンプルなデザインと機能が魅力の「無印良品(MUJI)」の製品が、日本の標準仕様で世界の人々に受け入れられていることも、引き算の発想が共感されているからだろう。

引き算の発想でデザインしたアメーラのヨーロッパのパッケージ
引き算の発想でデザインしたアメーラのヨーロッパのパッケージ
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 アメーラのヨーロッパ進出においては、「引き算」をブランド戦略の軸に据えている。「引き算」のコンセプトは、スペインのマーケティングチームやデザイナーからも、理解と共感を得やすかった。

 スペインのメンバーに“引き算”の発想を伝えるために利用したのは、日本の国旗「日の丸」だ。
 アメーラのヨーロッパのパッケージやロゴも、日の丸をベースとしている。色は赤と白のみ、大きな余白をとっている。このシンプルさが「日本的なイメージ」と「力強さ」を生み出してくれる。
 シンプルは、パワフルなのである。

輸出したのはトマトではない、「ブランド戦略」である!

 静岡の小さな農業者グループがつくる日本発のトマトが、なぜ、トマトの本場スペインで 最も高く売れるようになったのか?

 どうすれば日本発のブランドを、世界ブランドに育てられるのか?

 ブランドの「軸」づくり、市場調査、イメージの訴求に始まり、ネーミング、ロゴ、パッケージデザインまで、実践プロセスと理論を“掛け算”しながら、その答えを探索し、具体的に提示する。海外市場を目指す企業、必読の書!

岩崎邦彦(著) 日本経済新聞出版 1870円(税込み)