かつて世界シェア5割を誇った日本の半導体産業はやがて衰退の一途をたどり、2012年、エルピーダメモリ破綻に至る。新刊『 ニッポン半導体復活の条件 異能の経営者 坂本幸雄の遺訓 』(小柳建彦著、日経BP)は苦境のエルピーダを率いてわずか1年で黒字化、世界3位のDRAMメーカーへと導いた腕利きのプロ経営者にして、その後、世界との戦いに敗れて一転“ニッポン半導体敗戦の戦犯”とされ、24年に死去した坂本幸雄氏の遺訓が記されている。台湾積体電路製造(TSMC)の新工場建設などで久々に沸き立つ日本の半導体業界を生前の坂本氏はどう見たのか。ニッポン半導体の歴史を知り、未来を語るなら避けては通れないであろう本書の読みどころを、山田周平・桜美林大学大学院特任教授がひもとく。
本書は、2024年2月に死去した坂本幸雄エルピーダメモリ元社長の生前のインタビューを手掛かりに、日本経済新聞のベテラン記者が近年の日本の半導体振興策のあり方に警鐘を鳴らした一冊である。日本の半導体産業では珍しい「プロ経営者」だった坂本氏らの発言を書籍化する予定だったが、同氏の想定外の急逝に直面し、筆者が自らエルピーダが12年2月に経営破綻に至った経緯を追加検証して完成させた力作だ。
実は、評者も日経新聞で「坂本番」記者を経験している。坂本氏がエルピーダ社長に就任するニュースを特報し、台湾駐在時代には本書にも登場する台中工場の起工式でばったり再会したこともある。中華圏の産業動向を専門とする研究者に転身して以降も、現地の半導体産業の実情について教えを請うていた。改めてご冥福をお祈りしたい。
評者は最近、中華圏や韓国の専門家から「日本の半導体振興策をどう評価しているのか」と質問を受けることが多い。「自分は日本の現状分析は専門ではなく、あくまで中華圏の企業群を分析するベンチマークとして観察しているだけだ」と断りつつ、「台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場以外は商業的な成功は難しいだろう」と回答している。
まさに、本書が坂本氏の遺訓として紹介している「メイク(製造)、クリエイト(企画・設計)、マーケット(市場)の3つを、ともにうまくできないと半導体の経営はできません」が判断の根拠だ。半導体製造受託(ファウンドリー)の王者TSMCは熊本工場の運営子会社に顧客であるソニーグループやデンソーの出資を仰ぎ、3つを確保している。
一方で、坂本氏は日本の半導体振興策を「まず先に工場を作ろうというのは順番が違いませんか。どんな需要に向かって何を作るのかという戦略があって、それから製造のことを考えるのが筋でしょう」と疑問視している。筆者はこの考え方に同意し、日本の国策会社ラピダスは「甘利(明・前衆議院議員)史観」に基づく「需要なき先端工場の建設」であると批判している。評者は両氏の見立てに100%賛同する。
坂本氏がエルピーダの破綻を回避できなかったのは事実であり、その遺訓が全て正しいわけではない。評者もその毒舌が周囲を遠ざける現場を目撃してきた。とはいえ、生き馬の目を抜く日米中台の半導体産業で揉(も)まれ続けた坂本氏の経験は、失敗を含めて参考にする価値があるはずだ。日本の半導体の来し方を事実に即して回顧し、行く末を真剣に考えたい方に一読をお薦めしたい。
