ソニー、マイクロソフト、ナイキ、アマゾンなどで戦略分析に携わってきたブレント・ダイクス氏が、自ら実践する「意思決定者を説得・行動に促す手法」を明かした新刊『 データストーリー説得技法 データ 筋書き 視覚化で経営を動かす 』(玉利文吾訳、日経BP)。その魅力と読みどころを、スマートニュース Vice Presidentで電脳コラムニストの村上臣氏が解説する。

 生成AI(人工知能)の普及により、一昔前であれば一部の専門家だけが独占する技能であったデータ分析やデータ視覚化のハードルが劇的に下がった。喜ばしいことと思いきや皮肉にも、経営の現場では新しい悩みが広がっている。「精緻な分析資料を整えたのに、役員会の議論が動かない」「明快なグラフを示したはずなのに、現場の行動が変わらない」――。精密なデータ分析や目を引く視覚化があふれる時代だからこそ、「伝わらない」という壁が組織の意思決定を停滞させているのだ。

 本書『データストーリー説得技法 データ 筋書き 視覚化で経営を動かす』の著者ブレント・ダイクスは、ソニー、マイクロソフト、ナイキ、アマゾンなど世界有数の企業の戦略データ分析に15年以上携わってきたプロフェッショナルだ。そんな著者が本書で貫く問いはシンプルである。「なぜ正しいデータが、人を動かさないのか」。

 本書前半で象徴的に語られるのが、19世紀の医師イグナーツ・ゼンメルワイスの悲劇だ。産褥熱(さんじょくねつ・産後の妊産婦を死に至らしめる病)の発症率を、手洗いが劇的に低下させるという事実をデータで突き止めながら、伝え方を誤ったために医学界の信頼を得られず、彼の知見は長く葬られた。一方、同時代のフローレンス・ナイチンゲールは衛生データを「バラ図[ローズ・チャート、国内では鶏頭図(けいとうず)とも呼ばれる]」とストーリーにのせ、英国軍と政府を動かして軍の医療体制の劇的な改革を実現した。両者を分けたのは、データの正しさではなく「伝え方」だった。

 本書はこの差を、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンの「システム1/システム2」をはじめとする脳科学・行動経済学の知見で解き明かしていく。そのうえで「データ・筋書き・視覚化」という「データストーリーの3つの魂」や「必須6要素」「ストーリーアーク」「データ視覚化7原則」といった個別の方法論として体系化し、実践レベルまで落とし込む。経験則ではなく、人間の認知の仕組みに沿った「説得技法」を体系的に示すのが、類書には見られない本書の強みだ。

 最終章に記された、巨大組織の経営層を実際に動かした「データストーリー実話」もまた、本書の信頼性を裏打ちする。AI時代にデータを扱い、リポートを作成するすべてのビジネスパーソンに、自信を持って薦めたい1冊である。

フローレンス・ナイチンゲールのバラ図(ローズ・チャート)
フローレンス・ナイチンゲールのバラ図(ローズ・チャート)
クリミア戦争の当初戦死者の半分以上が戦闘死ではなく、予防可能な感染症などで無駄に命を失っていた事実を人々に伝えるために、ナイチンゲール自身が考案したグラフ。近代看護の母は「統計グラフィックスで変革を導いた最初の人物」と評される優れたデータ・サイエンティストでもあった。詳しくは本書で。出所:パブリックドメイン https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nightingale-mortality.jpg
<評者> 村上 臣(むらかみ・しん) スマートニュース Vice President コンシューマプロダクト担当/電脳コラムニスト
1977年生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒業。在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年ヤフー(当時)に入社。2011年に退職後2012年に再入社し、執行役員兼CMOに就任。2017年LinkedIn(リンクトイン)日本代表に就任。2022年Google日本法人検索担当ゼネラルマネージャーに就任。2024年ニュースアプリを運営するスマートニュースのVice Presidentに就任。ポピンズ社外取締役ほか複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教授。主な著書に『転職2.0』『稼ぎ方2.0』(いずれもSBクリエイティブ)、『Notionで実現する新クリエイティブ仕事術』(インプレス)など