AIを使いこなせなければ生き残れないと多くの企業が意識しています。しかし、競合他社も同じようにAIを使いこなせるようになったとき、はたして自社の強みはそのまま競争優位として残り続けるのでしょうか。多くの企業が抱える疑問にヒントをくれる新刊『 AIに潰されないための 競争戦略 5つの武器(モート) 』(城田真琴著、日経BP)の読みどころを、AIスタートアップのCTOである松本勇気さんが読み解きます。
AIによって、あらゆる産業は変わります。遅かれ早かれ、です。そのとき自社のMoat(競争優位性を決める堀)がどこへ移るのか。本書は、いま時点のAIの全容を踏まえて、その移動先を描き出した経営の地図です。
私たちがMoatの安心の根拠にしてきたものが、そのままではよりどころにならないという指摘が本書にはたびたび登場します。データを持っているから、リアルな現場があるから、お客様を抱えているから安泰。そう言える時代は終わりつつあります。AI Nativeな競合は、この堀をやすやすと超えてきます。実装の速さも画面の美しさも、競争に勝つための必要条件ではあっても決定打ではなくなりました。
本書が突きつけるのは、「持っていること」と「効いていること」の差です。既存のデータや顧客基盤、現場が、AIの判断を支えるナレッジになっているか。業務を最後まで完了させるワークフローになっているか。顧客との継続的な接点として機能しているか。
既存資産は安泰の証ではなく、AI時代のMoatへ再設計すべき素材です。そう読み替えると、本書の5つのMoat、つまりマスターデータ、ワークフロー、ディストリビューション、エコシステム、スケールは一気に自社の話に翻訳できるようになります。
AIによる自社の効率化それ自体も、競争優位ではありません。誰もが同じモデルと同じ機能を使える世界では、効率化で空いた時間と人と金を何に再投資したかが差になります。5つのMoatは、AIで何をより強くするのかを決めるための枠組みとして読むのがよいと思います。
現場も、規制対応力も、長年の信頼も、AIが現実世界に作用する最後の地点を押さえているという意味で、依然として強い資産です。ただし、それをデータと責任を伴う運用構造へ変換できたときにだけMoatになる。ここを混同したまま「AIを入れたので大丈夫」と言ってしまう組織が、いちばん危ういと思います。
私が自社で日々ぶつかっているのも、この変換の難しさです。業務を最後まで閉じきり、つまり、AIの出力を次のアクションにつなげ、結果を記録し、改善に戻すループを設計し、例外と責任まで引き受けたときに、AIはようやく資産に変わります。
今までのMoatを何が埋めてくるのか、その上にどのようなMoatが築かれようとしているのか。自社の5年後を、構造から考え直すときが来ています。何を変革し、何を強化し、何を捨てるのか。本書はその点検に使えます。潰されないためだけではありません。AIは広大な新規市場を生み出し、そこで自社が成長する機会も創り出します。
問うべきは、「AIを導入したか」ではありません。競合が明日、同じAIを導入したとしても、自社が勝ち続ける理由はなにか、それを明らかにし続けることではないでしょうか。
