世界トップの国が変動するとき、世界の経済、金融、通貨にどのような激変が生じるのか。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオが、過去500年間の世界帝国の興亡の歴史を研究した『 世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか 』(斎藤聖美訳)を、元世界銀行理事の大久保良夫氏が読み解きます。
「政治制度や経済制度、貨幣、帝国が、永遠に続いたことはない。それなのに、制度が破綻すると誰もがまさかと思い、慌てる」と、著者は警告する。「世界秩序はサイクルをなして変化する。投資資産価値を維持するには、このサイクルを正しく認識し、変化をもたらす根本要因を見誤らないことが重要だ」というのが、グローバル・マクロ投資を行う最大級のヘッジファンド(ブリッジウォーター)の創設者・経営者として名を成した著者の主張である。
世界秩序の変化を長期にわたって観察すると、まずは創造性と生産性にあふれる平和な繁栄の時期が長く続き、個人、会社、政府の信用による借金が経済を拡大させる。しかし、信用による支出が拡大し過ぎて、バブルが発生し、金融危機が生じる。格差が拡大し、権力を巡る争いが多発し、ポピュリズムがまん延し、それまで当然と考えられていた制度を破壊する不況・革命・戦争の時期となる。
平和の時期は比較的長く続くが、混乱の時期は短い。しかし、混乱の時期は移行期のようなもので、その後には、痛みを伴うとはいえ、新たな通貨、経済、政治制度を作り出そうという機運がみなぎり、平和で創造的な時代が再来する。
歴史を子細に観察すれば、そのようなサイクルが見えてくるはずだ。これが著者のサイクル論である。
著者は、日本も含めた準備通貨発行国の興亡に関する歴史的事象や通貨・金融・財政債務などのデータを数世紀にわたって徹底的に分析し、世界秩序を動かす根本要因を解き明かそうとした。著名な歴史学者、経済学者、政治学者などとの議論も重ねて、このようなサイクル論を導いているが、個別分野の専門家ではなかなかできない大胆な歴史分析とデータ分析とを提示し、その研究結果を「原則」と位置付けて、ぜひ次世代、次々世代に伝え、世界秩序の変化への対処を誤りなきものにしたいとしている。著者のそうした使命感は、本書の随所にあふれている。
ところで、気になるのは、もし著者の言う世界秩序のサイクル論が妥当であったとしたら、世界の主要国は現在どういう局面にあるのだろうか。著者は、米国の現状を容赦なく衰退期に近いと位置付け、最悪の事態に至らないよう警告を発している。中国についても、著者自身の歴史研究や政府高官などとの意見交換をもとに、率直な見解を述べている。米中対立などについても、米国内外からの反発も覚悟のうえ、興味深い所論を次々と展開している。また、日本の現状についても冷徹な観察をしているが、それらの紹介は差し控えたい。
原著出版後、各国の状況も刻々と変化しているが、「膨大な債務を抱えている国は、一見平穏に見えても、にわかに通貨が暴落するなどの混乱が生じ、そのうち慌てることになる」などという「原則」は普遍であろう。いずれにせよ、読者は本書を読み進むにつれて、著者の結論に賛成するにせよ反発するにせよ、自分なりの歴史観の点検や現状認識の見直しを迫られるに違いない。
本書を読んでいると、不確実な世界の中で資産運用を行うという営みは、結局のところ、自分の生きている時代について、固定観念や偏見にとらわれず、客観的に、冷徹に思考を深めることに他ならない、との感想を持つ。著者の飽くなき探求心は、変動する世界の中で、ともすれば引きこもりがちな日本に最も必要とされるものであろう。
本書では、著者が強調したい部分がハイライトされていて、翻訳も読みやすい。金融市場関係者だけではなく、自らの生きている時代を真剣に考えたい方々に、ぜひ一読を勧めたい。
元世界銀行理事
