2019年夏、東日本では集中豪雨による浸水や土砂崩れなどの自然災害が相次いだ。『 地形と日本人 私たちはどこに暮らしてきたか 』(日経プレミアシリーズ)は、地形と日本人の暮らしとのかかわりを、防災を意識しながら解説したものだ。金田章裕さんとのインタビューを一問一答方式でお届けする(日経ビジネス電子版より転載)。

本来の地形がわかりにくくなった

日本人は日本列島の地形や土地とどう付き合い、暮らしてきたのでしょうか。

金田章裕氏(以下、金田氏):私たち日本人は、長い間地形や土地の環境に適応して暮らしてきました。しかし、現代においては道路や川の堤防、斜面もみなアスファルトやコンクリートで固められています。そこに高層の建物が連なっているため、本来の地形がどのようなものなのか、極めてわかりにくくなっています。

 土木技術と重機の発達によって、河川には強固な堤防が築かれ、河川沿いの土地が活用されるようになりました。私たちは、私たちの都合の良いように地形を改変してきて、もう大丈夫だと安心していたわけですが、当初想定していた以上の雨が続いたりすると、これが意外にもろいことがわかってきました。

 地理学の1分野に地形学があります。地形学の成果を私たちの生活と結びつけて語るために、私は歴史と空間を一緒にとらえる歴史地理学の方法を活用しています。

地形が変化する時間と、人間の生活の時間には大きなギャップがあるとのことですが。

金田氏:地形の基盤が変化する時間は、地震などがなければ1000年で1センチメートル単位です。また気候変動に伴う海水面の変化は何千年から1万年に数から数十メートルという単位です。この変化が長期にわたって継続するだけでは、私たちの生活の時間内にはまず影響してきません。しかし、近年のような未曽有の大雨が発生すると、緩やかだった地形の変化が一気に進行し、変化の時間が私たちの文明生活の時間とリンクしてしまうのです。

 しかし、すべての場所が影響を受けるのではなく、影響を受けやすい土地と受けにくい土地があります。それを見定めるために土地の由来を知る必要があります。

『地形と日本人 私たちはどこに暮らしてきたか』(日経プレミアシリーズ)
『地形と日本人 私たちはどこに暮らしてきたか』(日経プレミアシリーズ)

遊水地の再評価

近代以前の霞堤や遊水地など、あえて河川の水をあふれさせることによる治水の事例があるそうですが。

金田氏:農林水産省や国土交通省は、遊水地の再評価を始めています。水田地帯にある遊水地、すなわち浅くて大きな池は、川が氾濫したときに水を分散させて、水勢を下げる機能を持っています。

 群馬県板倉町の渡良瀬川遊水地はその代表例です。かつて日本各地にあった遊水地は開発によってどんどんなくなっていますが、利根川と渡良瀬川の合流域にあるこの遊水池は、周囲に住む人々によって水場を活用した生活が成り立っており、文化財としての重要文化的景観にも選定されています。

海岸線や湖岸は動いているのですか?

金田氏:はい。海水面や湖水面の変化とともに、堆積や浸食によって変化します。もともと日本の平野はほとんど河川による浸食と堆積作用でつくられました。また、海岸や湖岸には、人工的な干拓地や埋め立て地もたくさんあります。

 例えば、河川の上流から流れる土砂が少なくなると、沿岸流に乗って海岸に達する砂の量が減るので海岸が後退しやすくなります。日本の川はどこも上流にはダム、堤防はコンクリートで固めているので、海岸への土砂の流入が減っているところが多い。

 和歌山県の白浜では自然のままでは砂浜が狭くなるので、他所から砂を持ってきて埋めています。京都府の天橋立も沿岸流が運ぶ土砂が減ってしまったので、本来阿蘇海に流入して天橋立の砂を供給していた野田川の代わりに、沿岸流の上流側から流し、砂州の景観を維持しています。

先生は海外にも調査に行かれていますが、地形と人々の付き合い方を考えるとき、日本と外国の違いはありますか?

金田氏:ひと言で説明するのは難しいです。西ヨーロッパの平野は構造平野という平たんな地層の上にあります。パリ盆地はその一種のケスタと呼ばれる崖と緩やかな斜面が交互に配列する地形です。セーヌ川でもライン川でもヨーロッパの川は傾斜が極めて小さく、ゆったりと流れています。大雨が続いても、日本のように川面の水位は一気に上昇せず、じわじわと上昇するので、避難する時間が十分あります。

「大雨が続いても、ヨーロッパの川の水位は一気に上昇しません」
「大雨が続いても、ヨーロッパの川の水位は一気に上昇しません」

 低地と運河の国であるオランダは、17世紀の世界貿易で稼いだ富を使って、北欧から松材を輸入、住宅が傾かないように地盤に長い松杭(くい)を打ち、都市をつくってきました。よくみるとアムステルダムの古い家々は少しずつ傾いてきています。

 雨が少なく、砂漠や半砂漠地帯が多いオーストラリア大陸では、川の幅が極めて細くなっています。そのため、いったん大雨が降ると、川がすぐ氾濫し、大洪水になってしまいがちです。

防災は河川流域全体で考えよう

日本の大都市がある低地には多くの人が暮らし、様々な施設が建てられています。水害のリスクを考慮した国土利用の見直しが必須ですね。

金田氏:限られた範囲の自治体ごとに検討するのではなく、河川の流域全体で考えていくべきです。

 例えば、新潟県を流れる信濃川は、上流の長野県では千曲川です。人口の多い新潟市の旧市街は砂丘の上にあり、水害のリスクは比較的低い地域です。2019年の台風19号で千曲川の堤防が決壊し、JRの車両基地が浸水した長野市穂保地先の地は、何度も水害に襲われてきたところでした。今年、私は現地を見学してきました。車両基地から少し離れたところにはリンゴ畑があり、浸水しましたが、土砂をかぶった畑以外は被害が少なかったようで、今年はリンゴが実っていました。

 要するに、河川流域全体で、水害、浸水のリスクを考慮し、どのような建物・施設を配置し、どのように土地の利用をするのがいいのか、改めて検討する時期に入っていますね。

金田先生の生家は富山県の砺波平野にある散村(広大な耕地の中に散らばる民家で屋敷林を持つ)の一軒とのことですが、水害のリスクはどうですか?

金田氏:私の生まれた家は段丘化した扇状地のはしっこにあります。屋敷の土地は少しだけ高いところで、また氾濫した川から離れたところなので、小学生の頃の大水害のときには100メートルほど先まで水が来たこともあったようですが、幸いに被害を受けたことはありませんでした。

取材・文/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/木村輝

日経ビジネス電子版 2020年10月27日付の記事を転載、一部改変]

先人たちの地形・土地との付き合いに学ぶ

私たちは、自然の地形を生かし、改変しながら暮らしてきた。近年頻発する自然災害は、単に地球温暖化や異常気象だけでは説明できない。防災・減災の観点からも、日本人の土地との付き合い方、地形改変の履歴に学ぶ必要がある。歴史地理学者が、知られざるエピソードとともに紹介する、大災害時代の教養書。

金田章裕著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

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